ドージコイン(DOGE)ほど今の暗号資産を象徴するものはないだろう。イーロン・マスク氏のような著名な企業経営者の後押しで価格は急上昇し、一時は時価総額でトップ10に入る暗号資産(仮想通貨)になった。
米CoinDeskのデータによると、ドージコインは2020年末、0.5セントを下回っていた。今は5セント前後で取引されており、年初から10倍に上昇している。
投機的熱狂と片付けてしまいたくなるが、それでは大きな全体像を見逃すことになる。現在の緊張状態の一部を反映しているという理由だけでも、ドージコインの価格上昇に注目すべきだ。
エミリー・パーカー(Emily Parker)は、米CoinDeskのグローバル・マクロ担当エディター。
ドージコインをめぐる熱狂は、何を意味しているのだろうか?
馬鹿らしさと真面目さは紙一重
ドージコインは柴犬がモチーフになっている暗号資産だ。人気ラッパーのスヌープ・ドッグは最近、自らの顔を柴犬に変えた「スヌープ・ドージ」の画像をツイッターに投稿した。
こうしたことが馬鹿らしく聞こえるとしたら、それはその通りだ。ドージコインの生みの親たちはドージコインをジョークと考えており、馬鹿らしさはそのデザインに織り込み済みだった。
必ずしも常に真面目ではない暗号資産業界で、一部の比較的真面目な人たちは、ドージコインが人気を集めていることに気分を害しているに違いない。
そうした人たちは業界以外の人が暗号資産の仕組みをまったく理解していなくても、暗号資産は素晴らしいテクノロジーに支えられていると人々を説得することに長い時間を費やしてきた。
そして今、ついに世界が暗号資産に注目している。ほぼ毎日のように新たな企業が暗号資産に参入している。ペイパル、テスラ、マスターカード、モルガン・スタンレー、BNYメロン……。他にも多くの企業が参入し、ビットコイン価格もその動きに応えて5万ドルのレベルになった。
一方、ドージコインはビットコインが苦労して手に入れたスポットライトの一部を奪っている。これは暗号資産の外側の世界にどんなメッセージを送ることになるだろうか?
それは我々がすでに知っているメッセージだ。
つまり、多くの人にとって、以前は馬鹿らしく思えたものがきわめてシリアスなものになることがある。2016年以前、世界の大半はドナルド・トランプ氏を大統領選に勝つ可能性などなく、リアリティ番組のスターに過ぎないと考えていた。大半はトランプ氏をジョークのような存在と捉え、多くの人は今もそう考えている。だが彼はそれでも4年にわたって世界で最もパワフルな地位に就いた。
これは適切な比較ではないが、ドージコインをトランプ氏に喩えることが重要なわけではない。ドージコインの時価総額が70億ドル(約7400億円)まで「ジョーク」で達したと言いたいだけだ。これはまた、熱狂が破裂すれば、一部の人はかなり深刻な損失に直面することを意味する。
集団的信念はファンダメンタルズに勝る
こうしたことはどのようにして起こるのだろうか? 明らかに馬鹿らしく見えるものが、どのようにして紛れもない本物になるのだろうか?
その理由の1つは、現実が基盤となる事実ではなく、集団的信念によってますます形成されているように思えることだ。
こうした集団的信念は、より現実的な懸念を上回ることがある。最近までドージコインは開発者たちからほぼ見捨てられており、最後の大きなソフトウェア・リリースは2年前だった。攻撃に対する脆弱性につながる、独自のマイナーの欠如を指摘する人もいる。批評家は最近のドージコインブームはファンダメンタルな価値ではなく、完全に投機によって牽引されていると言うだろう。
ドージコインは心理主導の資産だ。だが最近は多くが似たようなものだ。価値は大衆心理によって生み出され、ソーシャルメディアというロケット燃料がパワーを与えている。
最近の最も顕著な例はゲームストップ株だろう。米掲示板「Reddit(レディット)」のユーザーが力を合わせて、空売りされていたゲームストップ株の価格を押し上げた。さらに、マーズコイン(MarsCoin)がイーロン・マスク氏がツイッターで触れた後に10倍以上も値を上げた。
ティーンエイジャーがティックトック(TikTok)で目がくらむような名声を手に入れる。数十秒の動画は国際的な称賛に値するのだろうか? そうした人たちは名声に値するのだろうか?
おそらく値しないが、それもあまり重要ではない。ミリオネアになっている人もいる。このことに害はないかもしれないが、インターネットで広がる陰謀論はそうはいかない。陰謀論は人々が信じるだけで成立してしまう。
集団的信念はこれまでも強力なパワーだったが、それだけで市場を動かすことはできない。だが今はソーシャルメディアが集合的信念を過去に見られないほどのスピードと規模で集団的行動に変える。
マスク氏のような有名人は巨大なファン層を刺激し、ドージコインを購入させ、その価格を押し上げるといった具体的な行動を人々に取らせることができる。
分散化を望んでいるが手に入らない
集団的信念というアイデアはお金の中心であり、それゆえ暗号資産カルチャーの中心でもある。価値に対する信念が共有されていなければ、法定通貨はただの紙であり、ただの金属だ。
中央政府はお金を印刷でき、価格に影響を与えることができる。一方、ビットコインはそうしたシステムから独立しようとしている。簡単に言うと、ビットコインの価格は人々の意思によって決まる。初期の頃、それはわずか数セントだった。現在では約5万ドルの価値がある。
ドージコインは暗号資産が本来あるべき理想を表している。
本当に奇妙で、金融システムの外に存在している。生みの親たちはほぼ関与せず、コミュニティーの管理に任せている。大手銀行は関わりたくないと考えているだろう。ゴールドマン・サックスとドージコインが並ぶ大見出しを目にすることはしばらく先になるに違いない。
ビットコインは明らかに成長し、伝統的なプレーヤーからも尊敬を獲得しつつある。これは主流の存在として普及するためには好都合で、おそらく暗号資産業界全体にとっても良いことだろう。
だがビットコインの成熟は、ある程度の中央集権化も伴っている。(クジラと呼ばれる)大口投資家や、特定のマイニングプール、取引所などが並外れた影響力を享受している。
マスク氏はビットコインのファンとしても知られており、ドージコインは「大衆の暗号資産」で、民主的な形態のお金になるべきと示唆した。これは個人投資家が大手ヘッジファンドに対抗するというゲームストップ株をめぐる騒動に見られた時代精神と似ている。
見ている分には面白かったかもしれないが、ゲームストップ騒動は金融界のパワーバランスを本当に変えるだろうか?
金融の民主化を達成することは難しい。だからドージコインが実はあまり分散化されていないことは驚きではない。マスク氏は先日、ドージコインはあまりに集中し過ぎていると指摘した。
この主張はデータサイトのコイン・メトリックス(Coin Metrics)が裏付けている。同サイトによると、ドージコインのアドレスのトップ100が供給量全体の68%を保有しているという。一方、ビットコインは13.7%だ。別の言い方をすると、ドージコインアドレスのトップ1%が供給量全体の94%を保有している。
マスク氏はドージコインの大口保有者に手持ちのドージコインを売却するよう呼びかけ、アカウントを空にすれば報酬を支払うと提案した。
ここに見られる皮肉を見逃すことは難しい。計り知れないほどリッチな人間がドージコインの価格を押し上げ、パワーの集中について文句を言い、それを自ら直してみせると申し出たわけだ。
ドージコインは真面目に捉えられるべきだ。その台頭はすぐには消え去らない緊張状態を浮き彫りにしている。関心を払おう。さもなければ、我々がジョークになる。
|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸、佐藤茂
|画像:イーロン・マスク氏(Shutterstock)
|原文:Why We Should Take Dogecoin Seriously