暗号資産のビットコインがすでに6万8000ドル(約717万円)の大台を超えている国がある。アフリカのナイジェリアだ。
ナイジェリアでブロックチェーンプロジェクトのデザイナーをしている、アウォシカ・アヨデジ(Awosika Ayodeji)氏は、この高い価格に不満を抱いてるわけではない。朝起きて、非公式の米ドル為替レートを使って見積もられたビットコイン価格を見るのを楽しみにしている。ビットコインでの利益を自国の通貨に交換したときに、ドルに対してより多くのナイラを受け取ることができるからだ。
しかし同時に、「(ビットコインを)購入することは以前よりコストをともなうようになっている」とアヨデジ氏は指摘する。
2月19日、米ドルに対するナイジェリアの公式為替レートは、1ドル約380ナイラ。このレートを使うと、ナイジェリアのピアツーピアプラットフォーム「ローカルビットコインズ(LocalBitcoins)」で約260万ナイラで取引されているビットコイン(BTC)は、6万8246ドルになる。表面的には非常に高い24%のプレミアムが乗っているように見える。ここで言うプレミアムとは、世界平均と比べてはるかに高い、特定の地域におけるビットコイン価格のことを指す。
通貨危機
ナイジェリアにおいて、このようなプレミアムは一貫していない。ピアツーピアプラットフォームの「パックスフル(Paxful)」でのビットコイン価格は、1ドル約475ナイラという為替レートに基づいている。このレートだと、ビットコインの価格は5万4736ドルで、平均取引価格にずっと近づく。事実、19日のナイジェリアの非公式市場におけるドル為替レートは、約478ナイラ。パックスフルでのレートやローカルビットコインズでのビットコイン価格を反映している。
通貨危機に直面している新興市場において、ビットコイン価格は実は、米ドルの非公式市場に光を当てることができる。アルゼンチンでは、南米の暗号資産(仮想通貨)取引所「ビットソー(Bitso)」において19日、ビットコイン価格が870万993アルゼンチンペソだが、公式為替レートの1ドル約89アルゼンチンペソを使うと、驚きの9万8000ドルになる。しかし、ビットソーなどの取引所に上場されているビットコイン価格は、ドルに対する非公式のレートを反映して、1ドル約150ペソというレートに基づいている。
取引所は、非公式のドル為替レートを利用している可能性が高く、そのために地元通貨でのビットコイン価格が吊り上げられていると、ソーシャルペイメントアプリ「バンドル・アフリカ(Bundle Africa」)のイェレ・バデモシ(Yele Bademosi)CEOは語った。ビットソーでアルゼンチン担当マネージャーを務めるアンドレス・アンダラ(Andrés Ondarra)氏によると、実際の市場で利用されている為替レートは通常、アルゼンチンでの公式為替レートよりも高い。
「非公式の米ドルレートと公式レートとのギャップが存在する。アルゼンチンにおける公式と非公式のドルレートの差は約70%である」と、アルゼンチンの暗号資産取引所「ブエンビット(Buenbit)」の広報担当者、エミリアーノ・リミア(Emiliano Limia)氏はコメントする。
ローカル通貨の米ドルに対する本当の価値が、ビットコイン取引を通じて明らかになっているのかもしれない。また、ビットコイン市場が政府の支配下で動いていない事実は、取引所が公式ではなく非公式のレートを使う背景にありそうだ。
シカゴ大学のジーナ・ピーターズ(Gina Pieters)経済学教授は、ビットコイン取引が為替レートが操作されている可能性や、資本規制の検知に一役買っているとする内容の論文を発表している。ピーターズ教授は、ビットコインプレミアムが発生する理由は複数存在すると述べる。
「名目為替レートルートで操作が行われていない限り、価格がそれほど高くなる可能性は低い」と、1つの通貨での価格と他の通貨での価格の差に言及して、ピーターズ教授は指摘する。
事実、ピーターズ教授の2016年の論文の主題は、ビットコイン取引を非公式為替レートの見積もりに使うことができ、「その見積もりを、資本規制や為替レート操作によって引き起こされるゆがみの存在や、その規模を検知するのに使うことができる」というものであった。
非公式の為替レート
ナイラの購買力の低下により、ナイジェリアでは米ドルに対する為替レートが複数存在する。非公式の為替レートは通常、ずっと弱く、ナイジェリアの人たちは1ドルに対してより多くのナイラを出さなければならない。言い換えると、地元通貨は政府の公式発表よりもずっと価値が低い可能性がある。
経済学者の久保公二氏による、ミャンマーの外国為替市場に関する書籍によると、政府が「徹底的な為替規制」または、売買が可能な外国通貨の量に制限を課した場合に、非公式市場内に複数の為替レートが現れるという。
アルゼンチン政府は2020年、資本の国外流出を食い止めるために、米ドルの購入に厳しい規制を課し、国民が購入したり保有したりできる米ドルを、200ドルに制限した。その結果として、人々は富を守るためにより多くのドルを買おうと押しかけ、1ドルに対してより多くのペソを支払い、ドルの闇市場が栄えた。アルゼンチンの人々がより強力な通貨を求めてペソを手放そうとする中、このような事態は素早く暗号資産の世界に広まり、ビットコインに対する需要は2020年に急増した。
一方で、ナイジェリアは米ドル不足に直面している。地元メディアは2020年、ナイジェリアの銀行が外国でナイジェリア人が使うことの出来るドルの額を、500ドルまでに制限していると報じた。国内の需要を満たすのに十分なドルが不足していたため、人々は1ドルに対してより多くのナイラを支払うことをいとわず、ナイラの価値は国内の非公式市場で低下した。
「買い手と売り手の間で一般的に受け入れられている現在の価値が480ドルということで、それが現在の一般市場での価格となっている」と、アヨデジ氏は述べた。
非公式の為替レートが低いということは、ナイジェリアやアルゼンチンの家族にビットコインで送金することにメリットがあるということになる。1ビットコインはより多くの地元通貨と交換できる。しかしこれは同時に、地元通貨の購買力が低下していることを意味する。国外への送金は厄介だ。地元通貨はより少ないドルへと交換されるからだ。
地元での非公式ドルレートを推定するのは通常困難である。闇市場での通貨業者は1ドルに対してより多くのドルを要求してくる可能性があると、アヨデジ氏は述べる。しかし、ビットコインでの交換では、妥当な推計を計算できると、アヨデジ氏は言う。
インフレーション
それでも、為替レートの違いを計算に入れたとしても、プレミアムが生じることはある。その理由の1つとして考えられるのは、高いインフレに見舞われている国では、ビットコインに対して多くを支払っても構わないと思う多くの人の存在だろう。
「ユーロ圏においては、大きな中央集権型取引所でのスポット価格と公式レートはほとんど変わらない」と、ローカルビットコインズの最高マーケティング責任者、ジュッカ・ブロムバーグ(Jukka Blomberg)氏は話す。しかし、「ベネズエラのような国々では、かなり大きなプレミアムが生じる可能性がある」
地元通貨と交換でビットコインを売ろうとするベネズエラ人は通常、ボリバルのようなインフレ性の高い通貨を受け取るリスクを考慮して、より高いプレミアムを求める。インフレ率が2019年、驚きの1000万%に達したベネズエラでは、ボリバルの価値は米ドルに対してほぼ毎日下がり、人々はビットコインに興味を示した。事実、ビットコインに対する国内での需要によって、アルゼンチンなどの他のハイパーインフレ国よりも前に、ベネズエラでの暗号資産の普及が進んだ。
ナイジェリアもインフレが発生している国である。国民はナイラの価値の低下を切り抜けるために、ビットコインに頼るようになっている。ビットコインに対する需要は高く、ナイジェリアの中央銀行は当初、暗号資産取引と関連するすべての口座を停止するように命じた。この方策は国の金融システムを守るために取られたものだとする、5ページにわたる説明文書を発表した。
アヨデジ氏によれば、暗号資産プラットフォームにおけるナイラの為替レートは、この口座停止が発表された後に劇的に変化したが、これはおそらくその後に続いたパニックによって突き動かされたもので、ビットコインに対する需要はわずかに減少した。非公式の為替レートは1ドル410〜420ナイラであったと、アヨデジ氏は語る。
「しかし市場はしばらくすると、元の姿に戻った」とアヨデジ氏は述べた。
|翻訳:山口晶子
|編集:佐藤茂
|画像:ナイジェリア最大の都市・ラゴス(Shutterstock)
|原文:In Nigeria, One Bitcoin Can Cost $68,000. Here’s Why.