NFTブームにジャック・ドーシーが仕かけた買収戦略

NFT(ノン・ファンジブル・トークン)が芸術や音楽の世界にもたらしている変化についてはすでに聞いたことがあるだろう。

この分野は非常に速く動いており、希少なデジタルメディア向けの経済モデルが生まれつつある。ミュージシャンのグライムス(Grimes)は、NFTの形で自らのデジタルアートを600万ドル(約6億5200万円)で売り、DJ 3LAUは暗号資産デジタルミュージックアルバムを完売させて1160万ドル(約12億6000万円)を売り上げた。

BeepleのNFTが、オークションハウスのクリスティーズ(Christies’s)で約6930万ドル(約75億円)で落札された一方で、ニフティ・ゲートウェイ(Nifty Gateway)では彼の作品の1つが600万ドル(約6億5200万円)を超える値がついた。

アルゴリズムで生成された音楽を芸術作品と組み合わせるプロジェクト、「Eulerbeats」は、オリジナルの音楽コレクション作品のオーナーに対して、最初の発行時とは別に、約200万ドル(約2億1700万円)の印税収入をもたらした。

マーク・キューバン(Mark Cuban)氏や、ゲイリー・ヴェイナチァック(Gary Vaynerchuk)氏のような現代のメディアを理解する人たちも参入している。インフルエンサーの言うことを聞いて、盲目的に従えば良いと言っている訳ではない。

例えば、ジョン・マカフィー(John McAfee)氏は2017年、トークンオファリングを非常に声高に勧めていたが、今では1300万ドル(約14億円)の詐欺容疑で告訴されている。しかし、重要な違いは、マカフィー氏は個人的な利益のためにプロジェクトを宣伝していたという点だ。

現在のサイクルにおいては、業界参加者は市場構造の中核的な変化を認識し、それを他の人たちに伝えている。その変化が何なのか、詳しく見ていこう。

経済的インパクト

インターネット革命が始まって20年以上が経つ。明らかなことは、1つの技術的変化があるのではなく、変容の波が複数あるということだ。それぞれの波には社会的、哲学的結果が伴う。

世界中のメディアへの開かれた、限りないアクセスは、私たちを解き放ってくれる素晴らしいものだと、私たちは考えてきた。結果として、知と科学におけるルネッサンスが起こるだろうとされてきた。そしてある程度までは、確かにその通りになった。しかし、それには大きなコストが伴っていた。

上のグラフを見て、音楽の需要と供給を思い描いてみて欲しい。本や新聞など、他の情報にも当てはめることができる。業界全体での、実世界における需要と供給を示すものだ。

12.99ドルなら100万枚のCDが売れるかもしれないが、15.99ドルなら50万枚しか売れない可能性がある。そのような傾斜と弾力性にもとづいて、ある合計規模の生産と商業が発生する。

ナップスターが破壊した収益プール

(P2P技術を使った音楽ファイルの共有サービスのナップスター)(写真:Shutterstock)

ナップスター(Napster)がもたらした影響を考えてみよう。ピアツーピアファイル(P2P)共有ソフトウェアの使い方を知っている人にとっては、個々のCDや楽曲の価格は0となる。人口全体では平均して0ドルではないところになるが、50%以上の収益プール崩壊が起こったことは分かっている。

「民主化」テクノロジーによって、供給カーブが再編成される。ずっと安い価格では、需要カーブはメディアがずっと多く消費される方向へと下がる。現在これには、YouTubeやTikTok、スポティファイ(Spotify)に加えて、他の小規模なサービスが含まれる。テクノロジーによって、カーブに沿って巨大な需要サイドの拡大があったのだ。

結果として、アーティストの収益プール(つまり数×価格)も激減した。スポティファイからミュージシャンが得る収益の規模を論じることはしないが、簡単に説明しておこう。1000件のストリーミングにつき4ドルを獲得するので、アメリカで生活賃金を稼ぐには50万件のストリーミングが必要となる。

P2Pの支配権を取り戻す

2000年代のデジタル権管理の取り組みは、P2Pの分配の支配権を取り戻そうとする音楽レーベルや出版社による試みであったことも指摘しておこう。メタリカの素晴らしい表現とは裏腹に、クリエイターたちに直接恩恵をもたらしたのは、アーティストによる草の根の取り組みでは「なかった」。デジタル権管理は、仲介を維持するための試みだったのだ。

現在、多くのクリエイターたちは、大量の聴衆にアクセスできることをとても気に入っており、インターネットのリミックス文化へのいかなる資本主義的覆いに対してもアレルギー反応を示す。過去20年において、テクノロジーに精通しているということは、ファイル共有賛成派であることを意味した。ウォールドガーデンの破壊、オープンソース、法的障壁の排除、所有権という概念の終焉さえも意味していた。

ブロックチェーンベースのNFTは、財産権の概念をデジタルメディア市場へと再導入するもので、それはソフトウェアが実行する資本主義的なロジックを通じて行われる。再びアートを所有することができるのだ。それは良いことか?悪いことか?それは哲学的疑問のままだ。

仮定の経済モデルの話に戻ると、市場への終わりなき音楽の提供という中核には変化がない。所有権のための新しい市場をそこに加えるのだ。聞くことによって音楽を体験することと、オリジナル作品やそこに内在する経済的な収益力を手にすることは別物である。

メディアを金融市場化する

現在、デジタルなモノ向けの非常に高価で、非常にニッチな市場が存在する。需要カーブにも変化があり、この新しい市場に参加する意欲と能力を持ったコレクターや買い手が突如出現したのだ。これらの参加者の多くは暗号資産リッチで、ステータスとバイナリーオプションを集めている。

概念上は、メディアを金融市場にももたらしており、クリエイティブな作品と年間100億ドル(約1兆862億円)規模の金融化をつなげている。伝統的市場においては、ヒプノシス・ソングズ・ファンド(Hipgnosis Songs Fund)のようなものに当たるだろう。

デジタルストリーミングサービスは時間とともに成長し、出版社が抱えていたような収益問題を解決した。大規模であれば、音楽の権利を所有することと、そこから生まれるさまざまな使用料(例えばメカニカルなものやパフォーマンスなど)から、十分な収入が得られる。

分配と生産の間の大きな非対称性も見えてくる。現在、価値の大半は店舗側で眠っている。ここに変化が訪れる可能性がある。ずっと多くの価値が、ソーシャルメディアを通じてファンとますます直接的な関係を築いているアーティストの側に置かれる可能性があるのだ。

印税の経済をオンチェーンに置き、それを分散型金融(DeFi)につながった流動市場へと転換することは、かなり大きなパラダイムシフトである。印税の流れを所有することができる。ローンを組むために、担保として利用することができる。

何らからのガバナンスの権利をもたらすモノとしてステーキングすることもできる。さまざまなクリエイティブなモノでポートフォリオやバスケットを作り、配当金を生み出すインデックスへと転換することもできる。そのインデックスをてこに、ダウンサイドプロテクションを購入することもできる、等々。

この例としてすでに、クリプトパンク(CryptoPunk)をまとめてインデックスにし、少しだけを購入できるようにしたDeFiプロジェクトの「NFTX」が存在する。

NFTの供給過剰は時間の問題

クリプトパンクは何百万ドルもの価格で売られるため、手の届かないステータスシンボルとなる。しかし、ブロックチェーンベースのオリジナルな資産への投資でポートフォリを多様化したい場合には、NFTに裏付けられたデリバティブとして、PUNK-BASICやPUNK-ZOMBIEが代わりとなってくれる。

中長期的には、トークン化されたアートの供給過剰が発生するだろう。ファンに直接売ることのできる資産を持っていると、クリエイターたちは認識し始めているが、まだ非常に新しい。

すべてのクリエイターたちがこれに気付いたら、供給は天井知らずに増加するだろう。その後にはコレクションすることの目新しさが薄れ、需要も再び落ち着く可能性が高い。価格は、現在とは違うところで均衡状態に落ち着くだろう。それでも、初期に受け入れた人たちは、分け前をつかんで、新たなプラットフォームへと向けて革新を起こすチャンスがある。

ジャック・ドーシーが仕かけた買収

例えば、スクエアがジェイ・Zからタイダル(Tidal)を買収したことも、このようなレンズを通じて見てみるべきだ。タイダルは7000万の楽曲、25万の動画を保有しており、決済処理業者のスクエアに3億ドル(約326億円)で買収された。アーク・インベスト(ARK Invest)の推計によれば、タイダルは収益約1億7000万ドル(約185億円)で運営され、ひと月に13ドル(約1400円)を支払う100万〜200万人のユーザーを抱えている。

モバイルウォレットを提供するスクエアは、なぜこの財産を保有したいのだろうか?理由の1つには、スクエアのCash Appの顧客獲得戦略が、フォロワーにビットコインを提供することを含めて、インフルエンサーやヒップホップコミュニティを通じたものであることが挙げられる。影響力を大幅に増大させるアイディアなのだ。

スクエアは独自の市場進出戦略を買っている。実質的に小規模事業を運営している多くのアーティストを、顧客として獲得してもいる。小規模企業向けの代替バンキングサービス提供会社としてスクエアは、(1)クリエーターを積み上げて収益化し、(2)クリエーターの発信力を使ってスクエアの普及を進めるための好位置につけている。

(ジャック・ドーシー氏/Shutterstock)

CEOのジャック・ドーシー氏は5次元チェスをしているのだ。同じような洞察の例として、彼がCEOを務めるもう1つの会社、ツイッターによる、コンテンツクリエーターを有料でフォローする(「スーパーフォロー」)機能追加へのロードマップを見て欲しい。

ソーシャルネットワークへと金融化を組み込む中でツイッターは、インフルエンサーをまとめ、代表する外部ツールから経済的分け前を取り返しているのだ。広告ユニットがダイレクトメッセージや芸能プロダクションへと消えていくのではなく、ツイッターがクリエイティブプラットフォームと金融プラットフォームの両方になるのだ。


レックス・ソコリン(Lex Sokolin):CoinDeskのコラムニストで、ニューヨーク州ブルックリンにあるブロックチェーンソフトウェア企業、コンセンシス(ConsenSys)のグローバル・フィンテック担当共同責任者。この記事は、ソコリン氏のニュースレター『Fintech Blueprint』を転用したものである。


|翻訳:山口晶子
|編集:佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:How the NFT Boom Explains Square’s Tidal Buy