「次こそは勝てるはず!」そう思ってビットコインを買ったものの、予想に反してじわじわと値下がりし、ついには損切ラインを超える。すでに損失は数十万円――。頭を抱えてチャート画面を見つめる今回の主人公・広瀬さん(仮名、29歳)。彼は、自分が「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」に陥っていることを知るよしもなかった。
「次は勝てるはず」という安易な判断が、損失を積み上げる結果に
広瀬さんは、ネットニュースを見るうちに、暗号資産に興味を持つようになった。長期間にわたって株式を保有し、株価に一喜一憂するような投資は、自分には向いていない。短期的に、大きな利益を出したい。そう考える広瀬さんにとって、暗号資産の値動きの激しさは魅力的に映った。
暴落のニュースを見て投資すれば、手間をかけずとも、簡単に利益を出せるのではないか。
そう思い、広瀬さんは投資を始めるために口座を開設。ちょうど暴落のニュースが出たタイミングで、20万円をビットコインに換えた。その後、数時間で相場は急回復し、元手の1.5倍になったタイミングでビットコインを日本円に換えて利益確定した。
たったの数時間で、10万円のプラス。コツをつかめたと感じた広瀬さんは、次の暴落のニュースが出るのを待って、50万円をビットコインに換えた。
しかし、今度は思うように相場が回復しない。じわじわと損失がふくらんでいく。広瀬さんはやむを得ず含み損を抱えた状態で損切した。まだまだこれからだ。広瀬さんは、その後も短期投資を繰り返すが、負けが続く。すでに損失の累計額は数十万円。だが、負けるほどに「これだけ負けが続けば、次こそは勝つだろう」という期待から、ビットコイン投資をやめることができない。
広瀬さんは、知らぬ間に「ギャンブラーの誤謬」に陥っていた。
冷静な状況判断で、反転のタイミングを見極め
時を同じくして、ビットコイン投資を始めた川崎さん(仮名、35歳)。値動きの激しさを利用すれば、短期的に大きな利益を出せるのではないかという期待感があった。
まずは口座開設し、暴落のニュースを待つ。大きく値下がりしたタイミングで、日本円をビットコインに換えた。その後、数回にわたって負けが続いたところまでは広瀬さんと同じだった。
しかし、川崎さんは「これだけ負けが続けば次こそは勝てるのでは?」という希望的観測を打ち消し、原因分析を行った。まず、暴落後にすぐに日本円をビットコインに換えるのは危険だ。少し待って、相場が反転したタイミングをねらおう。
次に暴落のニュースが出た時、川崎さんははやる気持ちを抑えて様子見に徹した。その後、相場回復の兆しが見えたタイミングで日本円をビットコインに換えた。流れに乗れた川崎さんは、見事に利益を出すことに成功した。
“次こそは”という思考が危険――ギャンブラーの誤謬とは?
これだけ負けが続けば、次は勝つだろう。失敗続きだから、次こそは成功するだろう。いい加減、運が向いてくるだろう――。
実は多くの人が、無意識にこのような考え方にとらわれている。これを「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」と呼ぶ。
たとえば、コイントスをしている状況を思い浮かべてみよう。1回目から6回目まで、表が出た。7回目に表が出る確率と裏が出る確率は、どちらが高いだろうか?
これまでずっと表が出ているんだから、7回目は裏が出る可能性が高いのではないか。こう思ったとしたら、「ギャンブラーの誤謬」にとらわれていることになる。
冷静に考えれば、表が出る確率も裏が出る確率も、どちらも2分の1だ。1~6回目の結果によって、表と裏のどちらかが出る確率が上がるわけではない。
しかし、私たちの多くは「ギャンブラーの誤謬」を実感として経験したことがあるだろう。ギャンブラーの誤謬が起こる理由は、私たちが「大数(たいすう)の法則」を当てはめて考えているからだ。
「大数の法則」とは、試行回数を増やすと、確率が限りなく理論値に近づくことをいう。たとえば、6回しかコイントスをしなければ、6回とも表が出て1回も裏が出ないということも起こりうる。
しかし、10万回コイントスをしたらどうなるだろうか。試行回数が増えると、自然と表が出る確率も裏が出る確率も、理論値の2分の1に収束していく。これが大数の法則だ。
大数の法則は、試行回数が少なければ成立しない。しかし私たちは、少ない試行回数でも、無意識に大数の法則を当てはめて未来を予測しようとする傾向がある。これが「ギャンブラーの誤謬」を生み出すことにつながるのだ。
ギャンブラーの誤謬に陥らないために
広瀬さんは「ギャンブラーの誤謬」に陥り、負け続けているにもかかわらず投資を続け、損失を積み重ねてしまった。そうならないためには、どうすればよかったのだろうか。
大切なのは、原因を分析し、判断基準を増やすことだ。
1 原因を分析する
なぜ負けているのか、原因はどこにあるのかを分析する。投資のタイミングが問題なのか、損切ルールが厳しすぎるのか、損切ルールを守れていないのか。負けている理由を冷静に分析することが大切だ。
2 判断基準を増やす
直観的な判断に頼らず、判断基準を増やすことで、根拠を持って投資できるようになる。判断基準を増やすには、テクニカル分析等を学ぶのも効果的だ。
同じ時期にビットコイン投資を始め、失敗した広瀬さんと、成功した川崎さん。きちんと負けた原因と向き合っていれば、広瀬さんも「ギャンブラーの誤謬」に陥ることはなかったかもしれない。
希望的観測に惑わされず、冷静な状況判断を心がけよう。
【投資で勝つ心理学 全5回】
第1回 ビットコイン投資で“資産5倍”と“半減”──2人の投資家の明暗を分けた「確証バイアス」
第2回 「みんなビットコイン投資しているから大丈夫」の根拠とは──投資に勝つために理解したい「同調圧力」
第3回 「ビットコイン投資の大損は単なる不運」は本当か?──関心度で情報のとらえ方と行動が変わる
第4回 「負けが続いたから、次は勝つだろう」にひそむ罠──ギャンブラーの誤謬
第5回 行動にブレーキをかける「認知的不協和」──知らずにチャンスを逸失?
|文:木崎 涼
|編集:濱田 優
|画像:Maksim Kabakou / Shutterstock.com