行動にブレーキをかける「認知的不協和」──知らずにチャンスを逸失?【投資で勝つ心理学・第5回】

「ビットコインなんて水もの、投資の価値なし」と豪語していたものの、ビットコイン投資で新たな勝ち組も登場しているのを見て心がざわつく──。BTCが過去最高値を更新しつづける今、まさにそういう気持ちの人は少なくないだろう。このまま何もしないのか。それとも、「今からでも遅くはない」と飛びつくのか……。

最終回の今回は、そんな気持ちになった後にとった行動が違う4人に訪れた結末を紹介しよう。

過去の自分の認知が、今の自分をしばる時

選択肢1「何もしない」

野口さん(仮名、48歳)の選択は、「何もしない」だった。

ビットコインについて知った時、野口さんは「実体のない通貨の価値なんて、すぐに失われる」と考えた。その直後、予想通りにビットコイン価格は大幅に下落した。野口さんは同僚との雑談でビットコインを否定する持論を展開した。

しかしそれからしばらく経った今、ビットコインは最高値を更新し続けている。それでも野口さんは、頑なに自分の意見を変えなかった。

実は得をしている人以上に損をしている人がいるはずだ。利益を出したのはほんの一握りの運のいい人だけだ。利益を出している人も数年後にはどうなっているかわからない。本当に儲けているのは一部の富裕層だけだろう――。野口さんはそう繰り返し、ついにはビットコイン投資を始めることはなかった。

選択肢2「行動した(だけ)」

園田さん(仮名、31歳)は、すぐに行動した。しかし、“行動しただけ”だった。

SNSでビットコインを知ってすぐ、「これからの時代は暗号資産だ!」と確信。口座開設し、意気揚々とビットコイン投資を始めた。ビットコイン投資なら、子育ての合間でもスキマ時間で取り組める。うまくいったらSNSで投稿しよう。

しかし、タイミングを誤り数十万円の含み損を抱えてしまう。怖くなった園田さんは、そのままビットコインを日本円に換えて損失を確定させてしまった。

損をしたけど有益な経験だった。投資の仕組みを理解できたし、ニュースを見る習慣も身につき、自分にとってはプラスになった――。

園田さんは、投資の結果は伏せた上でSNSでビットコイン投資に関するポジティブな投稿をした。そうすることで気持ちが救われた気がした。

過去の自分にとらわれず、チャンスをつかむ

選択肢3「自分の誤りを認め、前進」

南さん(仮名、32歳)は、自分の誤りを認めることで、乗り遅れることなく流れをつかんだ。

数年前は、「ビットコインへの投資はリスクが高すぎる」と考えており、同僚や友人にそう持論を展開したこともあった。しかし、ビットコイン値上がりのニュースを見て、過去の自分が間違っていたかもしれないと思うようになった。

南さんは自分なりにビットコインについて調べ、投資の価値ありと判断。どきどきしながら口座開設し、まとまった金額をビットコインに換えた。

早めに行動したおかげで南さんは相場上昇の波に乗ることができ、数ヵ月の間に資産は約2倍になった。

選択肢4「行動し、結果を受け止めた」

梶谷さん(仮名、40歳)は、子どもの大学進学をきっかけに、空き時間で投資を始めようと考えた。以前から興味のあったビットコイン投資を始めてみたものの、タイミングが悪く数十万円の損失を出してしまった。

梶谷さんは意気揚々とビットコインに投資した自分を少し恥じた。その後、しっかり失敗と向き合い勉強するうちに、自分の読みが甘かったことを痛感。暗号資産専門メディアで情報収集し、タイミングを見極めて再び投資。その後、短期投資で利益を積み上げることに成功している。

「認知的不協和」が生じて矛盾を解消しようとする心理

以上4人の違いを比較していこう。ビットコイン投資で利益を出すことに成功した南さんと梶谷さん。一方、チャンスをつかめず成功にいたらなかった野口さんと園田さん。

まず野口さんと園田さんは共通してしばられていたものがある。

それは過去の自分の“認知”だ。

人間は、2つの矛盾する認知を抱くと不快感を覚える。たとえば、ある物事に対して過去にネガティブな意見を言った場合、そのあとに出てきたポジティブな情報・事実からは目をそむけたくなる。過去の自分の認知と、整合性がとれないからだ。

心理学ではこれを「認知的不協和(にんちてきふきょうわ)」と呼ぶ。認知的不協和が生じると、人間は認知的不協和を解消し整合性を持たせるため、自分自身の“認知”を歪めてしまう。

「何もしなかった」野口さんと「行動しただけ」の園田さんの事例をみてみよう。

野口さんの場合――「ビットコインは水もの」と言った自分が足かせ・ブレーキに

認知a:「仮想通貨なんて水もの、投資の価値なし」と言った過去の自分
認知b:仮想通貨が値上がりし、利益を出した人が存在するという事実

認知aと認知bは矛盾している。そのため、野口さんは矛盾に耐えきれず、認知bを次のように変えることで、認知aと整合性を持たせようとした。

認知b

認知b’
・実は得をしている人以上に損をしている人がいるはずだ。
・利益を出したのはほんの一握りの運のいい人だけだ。
・利益を出している人も数年後にはどうなっているかわからない。
・本当に儲けているのは一部の富裕層だけだろう。

園田さんの場合――意気揚々とビットコイン投資を始めた自分がブレーキに

認知c:意気揚々とビットコインを始めた過去の自分
認知d:ビットコイン投資で数十万円の損失を出してしまった

認知cと認知dは矛盾している。そのため、野口さんは矛盾に耐えきれず、認知dを次のように変えることで、認知cと整合性を持たせようとした。

認知d

認知d’
・有益な経験だった。
・投資の仕組みを理解できた。
・ニュースを見る習慣が身につき、自分にとってプラスになった。

認知的不協和に耐え切れず認知を歪めてしまうと、現実を正しく受け止めることができない。結果的に、過去の自分に縛られて、チャンスを逃すことになりかねない。

「すっぱい葡萄」と「甘いレモン」に要注意

認知的不協和は、イソップ童話の「すっぱい葡萄(ぶどう)」によく表れている。

「すっぱい葡萄」とは

お腹をすかせたキツネは、木の上のぶどうをとろうとするが、気が高すぎて届かない。キツネは「どうせあの葡萄はすっぱいに違いない」と言ってその場を立ち去った。

これとは逆の例が、「甘いレモン」だ。

「甘いレモン」とは

レモンしか手に入らなかった人は、すっぱそうな顔をしながらも「このレモンはなんて甘くておいしいんだ」と思い込もうとする。

野口さんの事例は、「すっぱい葡萄」に近い。自分がチャンスをつかめなかったという事実を認められず「価値がない」と決めつけた。園田さんの事例は「甘いレモン」に近い。自分が損失を出したという事実を認められず、価値のある経験だったと思い込もうとした。

投資をするなら、くれぐれも「すっぱい葡萄」と「甘いレモン」には注意したい。

認知的不協和に耐え、矛盾を直視する勇気

あらゆる場面で、私たちは意見を持ち、判断を下す。その際に、自分の意見・判断に認知的不協和がひそんでいないか注意しよう。

具体的にどうすればいいのか?

それは、「自分の誤りを認めることを恐れず、事実と向き合う」ことだ。「自分の誤りを認めて前進」した南さん(選択肢3)と「行動し結果を受け止めた」梶谷さんの事例(選択肢4)をみてみよう。

南さんは、自分自身の過去の認知を疑い、情報収集をして誤りだと認めた。そうすることで、認知を歪めるのではなく、自分自身の行動を変えて一歩を踏み出すことができた。

梶谷さんは損失を出した時、その事実を受け入れとことん向き合った。認知を歪めるのではなく、行動を改善した。結果的に、失敗から学び、成功をつかみ取ることができた。

以上の事例をまとめてみよう。

  • 認知a:ビットコイン投資へのネガティブな印象
  • 認知b:ビットコインで利益を出した人がいる(ポジティブな情報)
  • 認知c:ビットコイン投資へのポジティブな印象
  • 認知d:ビットコイン投資で損失を出してしまった(ネガティブな結果)
  • 野口さん……認知bを歪めることで、過去の認知aを正当化しようとした
  • 南さん……過去の認知aを疑い、情報収集した上で、認知aを誤りだと認めた
  • 園田さん……認知dを歪めることで、過去の認知cを正当化しようとした
  • 梶谷さん……認知dと向き合い、行動を変えることで、認知dの結果そのものを変えた

「過去の自分を正当化したい」という気持ちは、時として判断力を鈍らせる。認知的不協和が生じた時は、少し立ち止まって、認知の矛盾に目を向けるといいだろう。


【投資で勝つ心理学 全5回】

第1回 ビットコイン投資で“資産5倍”と“半減”──2人の投資家の明暗を分けた「確証バイアス」
第2回 「みんなビットコイン投資しているから大丈夫」の根拠とは──投資に勝つために理解したい「同調圧力」
第3回 「ビットコイン投資の大損は単なる不運」は本当か?──関心度で情報のとらえ方と行動が変わる
第4回 「負けが続いたから、次は勝つだろう」にひそむ罠──ギャンブラーの誤謬
第5回 行動にブレーキをかける「認知的不協和」──知らずにチャンスを逸失?

|文:木崎 涼
|編集:濱田 優
|画像:Drima Film / Shutterstock.com