インドのミレニアル世代とビットコイン、政府方針に揺れる大国

政府が何を言おうと、ビットコインはインドのミレニアル世代にとっては、彼らの親世代にとっての金(ゴールド)のような存在になるのかもしれない。

GDPで世界第5位のインドは、暗号資産(仮想通貨)を禁止しようとする試みをめぐってニュースメディアの見出しを飾る。暗号資産に対する政府の決してフレンドリーとは言えない態度は、インドの人たちの暗号資産に対する好奇心を抑え込んではいない。

そして、その噂は暗号資産界の大物たちをインドから遠ざけることもしなかった。米コインベース(Coinbase)は3月にインドへの進出計画を発表した。バイナンス(Binance)は2019年、インド最大の暗号資産取引所「ワジールX(WazirX)」を買収して以来、事業を行なってきている。

インドの人口は14億人(中国に次いで世界第2位)で、その大部分は若く(年齢の中央値は28〜29歳)、テクノロジーに精通した人たちが占めている。ここ数十年でインドは、世界中の多くのテックプロジェクトの開発者たちのハブになってきた。

「インドは世界でも最も若い国の1つであり、28〜29歳というのは革新的な取り組みの中心となる年齢層だ」と、暗号資産支持者で、YouTubeインフルエンサーのインド人、カシフ・ラザ(Kashif Raza)氏は話す。

5億人を超えるオンライン人口

インドはまた、中国に次いで2番目に多くのオンライン人口を抱えており、5億人以上のユーザーが、世界でも最も安価なインターネットを活用している。BBCによると、モバイルデータの1ギガバイトはアメリカでは12.37ドル(約1360円)で、世界平均は8.53ドル(約938円)。インドでは0.26ドル(約29円)である。

つまり、インドには「世界で最大の暗号資産エコノミーの1つ」となる可能性が秘められていると、モハメド・ロシャン(Mohammed Roshan)氏は言う。ロシャン氏は、暗号資産取引所「ウノコイン(Unocoin)」の元主任サイエンティストで、現在はオンラインショッピングでビットコイン(BTC)報酬の獲得を可能にするアプリを運営するゴースタッツ(GoStats)のCEOを務めている。

それでも、当局が発する曖昧なメッセージは、一部のインド国民のビットコインの利用を妨げているだろうと専門家たちは説明する。チェイナリシス(Chainalysis)が国別に暗号資産の普及度をまとめた2020年の報告書では、インドは11番目にランク付けされていた。

米メディアのクオーツ(Quartz)は2018年、世界全体のビットコイン購入の10件に1件はインドで発生したと報じた。シミラーウェブ(SimilarWeb)によると、ピアツーピアビットコイン取引プラットフォーム「パックスフル(Paxful)」へのウェブトラフィックでは、アメリカに次いでインドが2番目となっている。

ロシャン氏は、インドにおける暗号資産全体へ関心は昨年、急激に高まったと指摘する。「暗号資産についてあまり良く知らなかった人たちが、今ではNFTについて話している」

ユーザー数はすでに1000万人か?

2019年にバイナンスに買収されたワジールXは、インド最大の取引所であり、同国の暗号資産市場の半分近くをカバーしている。ニシャル・シェティー(Nischal Shetty)CEOによると、ワジールXは現在、180万人のユーザーを抱える。

その数字と、アプリストアでの暗号資産アプリのダウンロード数、ウェブトラフィックのデータを基に、インドには1000万人ものユーザーが存在している可能性があるとシェティー氏は試算する。

ワジールXのユーザーの大半は、単に購入して保有するだけだとシェティー氏は話す。顧客の10〜15%は「毎日取引を行うヘビートレーダー」だが、送金手段として暗号資産を使う人は多くない。シェティー氏の推計によれば、インドにおいては約150万人が暗号資産取引を行い、約600万人は単に保有しているだけだという。

コインゲッコー(CoinGecko)のデータによると、ワジールXの1日の取引高は約5500万ドル(約60億円)。2020年の第1四半期を通じて、1600万ドル(約18億円)から1億4100万ドル(約155億円)の間で変動している。

インド全体の市場では、1日の取引高は1億5000万ドル(約165億円)から3億5000万ドル(約385億円)とシェティー氏は推計する。インド人が保有する暗号資産の価値の合計は約15億ドル(約1649億円)で、そのうち最大55%をビットコインが占めている可能性があるという。インドの人の多くにとっては、ビットコインは「デジタルゴールド」、つまり貯蓄のための手段だ。

貯蓄文化とゴールドの存在

インドの人々には、貯蓄ツールとして実際の金を貯める習慣があり、それは文化的に強く根付いていると、YouTubeインフルエンサーのラザ氏は述べる。「インドの文化では常に、貯蓄が推奨されてきた。インドは常に、金(ゴールド)を大量に保有してきた。どの家族も、家に金を保管している」とラザ氏。

カップルが結婚したり、子供が産まれると、金(ゴールド)が贈られる。そのような家族の財産は、ジュエリーという形で、新しい世代へと受け継がれていく。

しかしインドには、外貨購入を禁止するような政策の歴史があり、南米や西ヨーロッパで人気の、インフレに備えてドルで貯蓄するという習慣はそれほど広まっていないようだ。

ライセンス・ラージ(License Raj)と呼ばれる規制のために、1970年代から80年代にかけてインドでは、中央銀行から許可証を受けてから、特定の目的のためのみに外貨の保有が許されたと、ジョージ・メイソン大学のメルカタス・センター(Mercatus Center)でシニアリサーチフェローを務めるシュルティ・ラジャゴパラン(Shruti Rajagopalan)氏はブルームバーグのコラムで述べている。政府は人々の家を強制捜査し、ドルや金塊を押収したと、ラジャゴパラン氏は加えた。

ゴールドからデジタルゴールドへ

ビットコインは、管理したり押収したりすることが難しい。一方、経済が不安定な時にも、お金を稼ぐ新しい方法を提供する。特に2020年の新型コロナウイルスのパンデミックの時には、その特徴が際立った。

「年配の世代では、投資先としては金(ゴールド)が一般的に好まれる。若い世代は(中略)ビットコインを買うことにメリットを見出している。金はより安定したものだが、ビットコインは速く変動するからだ」と、シェティー氏は言う。

暗号資産ウォレットを手がけるルノ(Luno)で、ビジネス開発責任者を務めるビジェイ・アヤール(Vijay Ayyar)氏も同意見だ。若いインド人たちはビットコインを金よりも優れた投資だと考えていると話す。

パンデミックで暗号資産はさらに人気を高めた可能性がある。何カ月も家に閉じ込められた多くの人たちや、職を失った人たちが、お金を稼ぐための別の方法へと向かった。暗号資産取引所へのユーザー登録数が増加したと、ラザ氏は述べる。ワジールXのシェティー氏によると、同取引所のユーザー数は2020年3月以降に3倍に増加し、取引高は少なくとも8倍になった。

インドの人たちが、ビットコインを受け入れているペイパルやテスラなどの米企業の動きを追っていることも、ビットコインの人気向上に一役買っている。

「インドは、アメリカからテック関連の影響を大きく受けている」と、シェティー氏は言う。 

世界最大の送金受け取り国

インドにおいて、暗号資産は送金の手段としての役割を持つようにもなっているようだ。世界銀行によれば、790億ドル(約8兆6867億円)相当の資金が2018年、インドに向けて送金され、インドは世界最大の送金受け取り国であった。

しかし、CoinDeskの取材に応じた専門家たちは、少なくとも今のところ、国境を超えた送金のために暗号資産を使っているインドの国民は多くないと話す。その理由の1つは、海外で働き、母国に居住する親族に送金を行なっているのは通常、若いインド人であり、高齢の親族は「暗号資産を受け取ってもどうしたら良いのか分からないのかもしれない」からであると、ロシャン氏は考えている。

規制上の不透明感も足かせになっていると、世界経済フォーラムのアルペン・シェス(Alpen Sheth)氏は指摘する。

「政府が追及してくることになるのなら、なぜ使うのか?(インドの中央銀行に当たる)インド準備銀行が(かつて)暗号資産の取り扱いを各銀行に実質的に禁じたことで、多くの人が警戒した」と、シェス氏は述べた。

しかし、若い世代の人たちは、ビットコインを異なる方法で使うことに抵抗がないのかもしれないと、シェス氏は話す。

「25、26歳以上のミレニアル世代は、ビットコインを長期的投資と考える傾向がある。それよりもの若いZ世代は、支払いに使うことにより関心がある。(ビットコインの最小単位)サトシを使い、銀行のカードを無くしてしまいたいと思う若者もいるだろう」(シェス氏)

禁止令は本当にやってくるのか?

2013年、インド初の暗号資産取引所、「ウノコイン」が運営を開始した。その翌日、インド準備銀行は国民に対して、暗号資産への投資のリスクに関する警告を発した。インドの中央銀行は国内の銀行にブロックチェーンでの実験を推奨しながらも、暗号資産については懐疑的であった。

同中央銀行は2018年4月、インドの銀行が暗号資産取引所や関連企業にサービスを提供することを禁止した。暗号資産業界は即座に反撃し、裁判でその禁止に異議を申し立てた。インドの最高裁判所は昨年(2020年)3月、インド準備銀行にとっては不利となる判決を下し、禁止措置を撤回させた。

インド政府は2017年、暗号資産規制の可能性について議論を始め、今年の1月に中央銀行が将来的に発行する可能性のあるものを除いた暗号資産を禁止する法案を議会に提出した。さらに、裏付けの取れていない報道によれば、政府は暗号資産取引所と関連のあるIPアドレスを遮断することを検討しているという。

同時に、財務省と企業省の大臣を務めるニルマラ・シッダーラマン(Nirmala Sitharaman)氏は3月15日、政府は「すべてのオプションを閉ざしてはいない」とも述べている。

「ブロックチェーンやビットコイン、暗号資産における実験を行えるよう、何らかの余地は残しておく」とシッダーラマン大臣は述べた。

さらに政府は、暗号資産を利用している可能性のある企業に目を光らせている。企業省は3月25日、企業は4月1以降、自社のバランスシートで保有する暗号資産を申告する義務があると発表した。また、インド準備銀行は、インドルピーで裏付けられた中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行の可能性も積極的に検討している。

インドの暗号資産業界は、政府が暗号資産を禁止するとは考えていない。完全な禁止は、暗号資産ユーザーだけではなく、相当数の企業にも打撃を与える可能性がある。インド準備銀行が昨年11月にまとめた報告書によると、インドには342の暗号資産商品とサービスが存在する。

「支払いはNG、取引はOK」の見立て

それでも、事態は好転しているとワジールXのシェティー氏は考えている。

「法案は前進だ。少なくとも、政府は暗号資産と規制について議論をしている。政府がこの新しいテクノロジーを確実に理解するために、業界としては多くの取り組みを進めていきたい」と、シェティー氏は語った。

暗号資産サービスにとって、規制は銀行へのアクセス(今のところ、暗号資産企業にサービスを提供する銀行はわずか一握りであるため)と、業界から詐欺を一掃することを意味する。

暗号資産の禁止の可能性が話題となったことは、「間違いなく市場で多少のパニックを引き起こした」と、ルノのアヤール氏は述べる。現在の不透明感は今後、市場を冷え込ませる可能性はある。一方で、「財務大臣はイノベーションを阻害しないことに前向きなように見える。業界は全体としてプラスの結果がもたらされるとの望みを抱いている」とアヤール氏は加えた。

事態はどちらにも転ぶ可能性がある。

「政府が暗号資産に対して非常に厳格な措置をとる可能性はある。現時点で、政府に一貫性はなく、政府内で見解の対立があるようだ」とシェス氏は続ける。この状況で、次に何が起こるのかを予測するのは非常に難しい。

規制当局が新たな現実を受け入れ、暗号資産での支払い(法定通貨と競合する通貨として使うこと)のみを禁止し、税務上の目的のために暗号資産取引による利益の申告を義務付ける方針を選択する可能性は高いと、シェス氏は推測する。

結局のところ、インドの暗号資産取引所の大半は、インドに1つ、海外に1つの拠点を持つことになる。インドが厳しくなれば、簡単に拠点を国外に移すことができるだろうと、ラザ氏とロシャン氏は結論づけた。人気の地域には、シンガポールとアラブ首長国連邦、エストニアなどがある。

将来的な暗号資産禁止という恐ろしい噂は、人々の好奇心をあおるだけだとシェス氏は言う。「私が知る多くの人は、ビットコインへの投資に興味を持っている」とシェス氏は述べた。

|翻訳:山口晶子
|編集:佐藤茂
|画像:インドの国旗とビットコイン(Shutterstock)
|原文:India’s Millennials Embrace Digital Gold Despite Proposed Bitcoin Ban