テスラは5月12日、ビットコイン(BTC)による支払い受け付けの停止を発表し、すでに緊張していた市場のムードを悪化させた。
いつも通り、暗号資産市場は直接的なストーリーにフォーカスした。イーロン・マスク氏がビットコインは環境に悪いと言うならば、その他の大口投資家たちは世間の目を心配して、売りに出るだろう。そうなれば、他の人が自分は何を考えているかを推測することで成り立つ投資の駆け引きにおいては、ファンダメンタルズに関わらず、手持ちのビットコインを減らすことが、妥当な動きとなる。
イーロン・マスク氏は物事を慎重に考える前に感情的なコメントを投稿したのか?あるいは、テスラの取締役や幹部が外部からの圧力に屈したのだろうか?一歩下がって、今回の動きの背景となる動機や戦略、望ましい結果について検討してみる価値はある。
まず、テスラの発表がそれほど影響を与えるものではない理由を検討し、その次に実際に持つ意味を見ていく。
矛盾する論理
テスラは2月、15億ドル(約1640億円)相当のビットコインを購入したと発表すると同時に、ビットコインによる支払い受け入れの準備を検討中と発表した。その頃でも、ビットコインによる支払いというオプション導入は、宣伝行為のように思われた。ビットコインが「準備資産」、法定通貨の価値低下に対するヘッジだとしたら、なぜユーザーが支払いトークンとして使おうとするのか?
手数料の高さや、承認にかかる時間の長さから、ビットコインは支払いトークンとしては使い物にならないと、多くの人が主張している。しかしこれでは、世界の多くの地域では、既存のシステムよりはビットコインの方がましだという事実を見過ごしてしまう。そして実際に、ビットコインを使用した支払いのためのシステムは広がっている。
しかし、テスラがターゲットとする層の大半にとっては、ビットコインがシンプルな銀行送金や、プラチナクレジットカードよりも優れた支払いオプションである可能性は低い。ビットコインは優れた準備資産であり、かつ便利な支払い方法でもあるというテスラからのメッセージには、論理的な食い違いがある。
ビットコインが法定通貨の価値低下に対するヘッジとして保有する価値があるとしたら、なぜそれを手放すのか?テスラの電気自動車のために資金を集める必要があり、たくさんのビットコインを眠らせているとしたら、法定通貨のローンに対する担保としてビットコインを使い、借りた法定通貨で輝く新車を買うことができる。
つまり、ビットコインで支払えることを喜んだテスラの顧客の数は常に、少数かゼロとなるはずだったのだ。
そのようなオプションを取り去ることは、新たな宣伝行為のようにも思われ、しかもあまり巧みなものではない。そもそも、ほとんど誰も求めていないものを取り去ることによる経済的影響は、テスラにとっても、ビットコインに対する需要にとっても取るに足りないものである。
今回の決定の理由は「ビットコインマイニングと取引における化石燃料使用の急激な増加」とされた。これは事実ではなく、それに関してもっと詳しい情報を見つけるのは難しいことではない。さらにテスラは、現在保有するビットコインを売却することはないとした。
つまり今回の動きで、テスラはリサーチという点ではまず、怠惰で無責任と受け取られる。同社がなぜ今になってビットコインのエネルギー消費に気づいたのかを、テスラの株主たちが不思議がっても無理はない。さらに、偽善的という印象も与える。環境に良くないとされるビットコインをバランスシートで保有するには構わないのに、ユーザーの利便性を高める可能性のあるもの(その可能性は低いが)としては容認できないのか?
信頼性という点では、ツイッターの共同創業者、ジャック・ドーシー氏が先月、「ビットコインはグリーンエネルギー使用を促す」とツイートした際に、マスク氏は「確かに」と反応した。
さらに、受託者責任の不履行という可能性もあり、これはマスク氏にはお馴染みだ。今回のツイートを受けてビットコイン価格は3時間で8%近く下落、テスラが保有するビットコインの価値も大きく低下した。(これはバランスシートに影響を与えることはない。ビットコインの価値にコストと市場価格のどちらか低い方を利用するからだ)
マスク氏は時に、無責任な行動をすることがあるかもしれず、テスラの株主たちはそのようなリスクを理解し、受け入れている。しかし、彼は決して愚か者ではない。ではいったい何が起こっているのだろうか?
持続可能エネルギーとビットコイン
私は人の心が読める訳でもなければ、今回の発表に至る思考過程について内部情報も持ち合わせてはいない。しかし、衝動的なミスとは思えない。
公式ウェブサイトの「企業情報」のページによれば、テスラのミッションは「世界を持続可能なエネルギーへ」となっている。テスラは5月上旬、同じ業界の他企業と比較した環境、社会、コーポレートガバナンスのスコアに基づいて株式を選択する、S&P 500 ESG指数(当記事執筆時点では年初以来9.8%高く、S&P 500よりも少し好成績)に加わった。
そして先週にはロイターが、出来すぎたほどのタイミングで、テスラが数十億ドル規模のアメリカ再生可能燃料クレジット市場への参入を狙っていると報じた。テスラは持続可能エネルギーとビットコインに大きく投資している。テスラブランドの「グリーンな」ビットコインマイニングを目にする日も近いのか?
ビットコインによる支払い受け入れ停止の発表によって、マスク氏はビットコインは環境に悪いという議論を1段階引き上げた。彼のツイートに寄せられた反論の嵐は、始まりに過ぎない。しかし、マスク氏のツイートと大幅なビットコインの値下がりに伴い、コミュニティーはツイートするだけでは十分ではないということをますます痛感するようになっているのは間違いない。レポートを書くだけでも十分ではない。この議論は、政策にまで引き上げる必要がある。
高まる機運
それはどういうことか?エネルギーの研究開発にもっと資金を費やさせるための財政的インセンティブから、エネルギーミックスが特定の基準を満たさなければ事業を完全に禁止するという措置まで、政策は多岐にわたり得る。エネルギー助成金の変更というツールもある。
インセンティブはおおむね優れた効果を発揮し、禁止はそれほどでもないが、その目的はマイニング企業のエネルギー移行を促すことにある。そして多くの企業は、すでにその方向に進んでいる。
政府関係者たちも、暗号資産関連の企業を自らの地域に誘致することがもたらす可能性に気づき始めている。ビットコインマイニングは多くの場合、優れた天然資源を抱えながらもインフラ予算の限られた、経済が低迷する地域での経済活動に活気をもたらすことができる。
暗号資産が抱えるチャンスを利用することにおいて、政府関係者や規制当局にとっては困難な時期が待ち構えている。彼らの多くは、まだまだ学びの途上にある。環境にまつわる問題は複雑なもので、しばしば誤解されており、「シンプルな」解決策は実際には、シンプルとは程遠いことは誰もが知っている。
分散型自律通貨という物議を醸すコンセプトをその複雑な世界に投げ込めば、社会的優先事項を守ることは言うまでもなく、それらを見極めることすらも大いに困難となる。
しかし、政策レベルでビットコインマイニングの議論が活発になるほど、マイニングは産業活動としてより「容認できる」ものとなる。政治家たちは、禁止するだけではマイニング活動が別の地域に移動するだけであると気づくようになる。
マイニングが秘めた可能性がより良く理解されるほどに、汚染というマイナスイメージを取り去るのに役立つ解決策を考え出すことへの、政治家に対するインセンティブは高まる。マイニング業界が再生可能エネルギー構想に関与すればするほど、マイニング業界のイメージもクリーンなものとなり、ビットコイン市場へのより幅広い投資を妨げる大きな潜在的障壁が取り払われることとなる。
このようにしてテスラの今回の決定は、最終的にビットコイン価格にとってプラスになる。投資への障壁を取り去り、社会の多くの根本的エリアでビットコインが果たすことのできる役割をさらに検討、発展させることを促すような、切望される議論を拡大させることによって。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto Long & Short: Why Tesla’s Reversal Is Good for Bitcoin