ステーブルコインに潜む金融危機のリスク

エルサルバドルがビットコインを法定通貨に指定したことで注目を集めた後、通貨の世界では新たな驚く展開で6月が幕を閉じた。FRB(米連邦準備制度理事会)のランダル・クオールズ(Randal Quarles)副議長が、「ステーブルコイン」を称賛し、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に疑問を投げかけたのだ。

ひと月前に理事のラエル・ブレイナード氏が見せた姿勢とは対照的に、クオールズ氏は、決済システムの改善と「適切に作られたステーブルコイン」があれば、デジタルコインは「無用」になるかもしれないと示唆した。CBDC計画を打ち切って、ステーブルコインにすべてを賭ける時なのだろうか?

早合点は待った方が良い。

ステーブルコインと準備金の管理

ステーブルコインとは、何十年も存在してきた2つの資産に対する気取った名前にすぎない。電子マネー、あるいはマネー・マーケット・ファンド(MMF)だ。どちらも、規制と監視、あるいは救済を通じた政府のサポートを伴ってのみ安定することができる。

ステーブルコインを、デジタル通貨の国家版オプションよりも優れた、民間による巧妙なアイディアの産物のように表現することは、最近の通貨危機や金融危機の歴史を無視することだ。

ステーブルコインを支える基本的なアイディアはシンプルだ。デジタルで発行され、一部の決済には使えて、利子も獲得できるコインという、ワクワクする資産と引き換えに、退屈な(だが安定した)ドルを、受け取ってくれる人を見つける。

さらに、ドルの受け取り手(ステーブルコインの発行者)は、損失の心配も面倒もなく、いつでも1対1でステーブルコインをドルと交換すると約束してくれる。

良い話のように聞こえるが、問題がある。

ステーブルコイン発行者が準備金を適切に管理する場合にのみ、この約束は果たされる。準備金とはつまり、ステーブルコインを買う人たちから受け取ったドルのことだ。

私が立ち上げたばかりのサンバコインを100枚買うために、あなたが100ドル私に支払うとしよう。あなたはそのコインを使って、新しくリリースされたブラジル音楽をストリーミングすることもできるし、使わなければ、私がすぐにドルに換金することもできる。

いつでもサンバコインをドルに交換するという約束を破らないためには、私は受け取った100ドルをどうするべきだろうか?安全な場所に現金のまま置いておくことも、当座預金口座に預け入れて、必要に応じて引き出せるようにしておくこともできる。

サンバコインが成功し、より多くの買い手が現れれば、彼らが全員、一度にドルへの換金を求めてくることはないと想定して、ドルを短期国債に投資することもできる。

国債は通常、価値が安定して流動性があるため、(少額の)リターンを獲得することもでき、サンバコインとドルを交換して欲しい人がやってくれば、すばやく国債を売ることもできる。ここまでは順調だ。

少し大胆になって、準備金からより大きなリターンを得たいとしたらどうするか?ドルで他の暗号資産に投資したり、分散型金融(DeFi)貸付プラットフォームで、驚くような利益を得るために使うことができる。これらの投資をやめて、ドルに戻すのが難しくなってしまわない限りは問題ない。しかしドルへの換金が難しくなれば、準備金は枯渇してしまう。

こうなると、100ドルで100サンバコインを買い戻すことはできなくなってしまう。すぐに20ドル渡して、運が良ければ、次の週にまた20ドル支払うことはできるかもしれない。そうなるとあなたはおそらく、ステーブルコイン発行者、特にコインを「ステーブルな(安定した)」ものにするためにアルゴリズムを使っている発行者たちを規制するよう、政府に求めるだろう。

ステーブルコイン安定のためには?

ここでの教訓は何だろうか?

まず、いかなる代替通貨も、現在のドル紙幣でも、将来的なデジタルドルの形でも、法定通貨の安定性を再現することはできない。法定通貨には色々なおまけはついてこないかもしれないが、信頼できる中央銀行が発行していれば、その価値は長期的に安定しており、利益よりも安全性を好む人たちのニーズに応えることができる。だからこそ、ステーブルコインは法定通貨に裏付けられた場合のみ、真に安定することができるのだ。

次に、規制と監視という形での政府からのサポートは、民間発行のステーブルコインの成功には不可欠だ。すでに存在し、アメリカ国外では電子マネーとして有名な、規制を受けたステーブルコインを見てみてほしい。

EUからブラジルまで、電子マネーの発行者は、ナローバンクのような役割を果たす。彼らは、電子マネーの残高(例えばプリペイドカードに含まれるもの)を、いつでも損失なしで法定通貨に戻すことができるよう、顧客から受け取った法定通貨を安全に守るか、保険をかけるよう法律で義務付けられている。ライセンスを受け、監視されているため、規制当局によるひどい怠慢でもない限り、顧客は自らの電子マネーは安全だと信じることができる。

アメリカでは、電子マネーを規制する連邦法が存在しないため、ステーブルコイン発行者は州の送金業者法の対象となり、50の異なる規制を受ける可能性もある。顧客の資産の分離や、準備資産の完全性にまつわるルールや規制は、均一ではなく、一貫して執行されていないというのが問題だ。

現状では、アメリカのステーブルコイン発行者たちは、説明責任を回避するために、混沌とした規制状況につけ込んでいる。ステーブルコイン保有者は、発行者を盲目的に信じるか、自分で発行者の財務情報を見つけ、検討しなければならない。ステーブルコイン発行者が最近開示した財務情報は、良くても心配になるもので、最悪の場合には憂慮すべきものであった。

3つ目に、規制を受けない、安定した通貨という民間による約束は失敗に終わり、その後始末にはしばしば税金が使われる。アメリカにおけるMMFの歴史がその実例だ。

MMFは1970年代に、悪名高き「レギュレーションQ」によって課された、当座預金の利率の上限を回避するために生み出された。MMFは、保険をかけた預金と同じくらい安全で、より高い利子を獲得できるメリットを伴うとされていた。インフレ率と金利が高まる中、とりわけ魅力的だったのだ。

適切に管理されれば、MMFは1単位1ドルという安定した価値を常に維持することができると、推定されていた。素晴らしいアイディアに見えたが、シャドーバンキングシステムを促進し、2007〜2008年にかけての金融危機につながることとなった。

さらなる不安定を回避するために、FRBは金融危機のさなか、さらに、コロナウイルスパンデミック期間中も再び、MMFを支えなければならなかった。教訓は明らかだ。適切に管理され、規制を受けたステーブルコインは、特定の目的や、DeFiの世界の人など、一部のプレイヤーにとっては便利かもしれない。

しかし、ステーブルコインは、現金の形の法定通貨とも、デジタルの形の法定通貨とも同じくらい安定することは決してなく、果たされなかった約束をめぐるパニックが広がれば、救済を必要とするかもしれない。

マルセロ・M. プラテス(Marcelo M. Prates)氏はCoinDeskのコラムニストで研究者。ブラジル中央銀行で弁護士として働いている。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Stablecoins Risk a Rerun of Financial Crises Past