市場でここまで劇的な急転換が過去にあっただろうか?
中国配車サービス大手のディディ(滴滴出行)は6月30日、アメリカでIPO(新規株式公開)を完了させ、世界中の投資家から44億ドルの資金を調達。時価総額は670億ドル(約7.4兆円)となった。
そのわずか2日後、中国規制当局は同社のサイバーセキュリティに関する取り組みを捜査すると発表し、国内アプリストアでの同社アプリの配信を禁止した。
配信禁止令は45日間続く可能性があり、同社は新規顧客を獲得できなくなる。中国の配車サービス市場の競争の激しさを考えると、影響は壊滅的かもしれない。
今回の禁止が報じられて以来、アメリカで初めての取引日となった6日、ディディ株はニューヨーク証券取引所で25%値下がり。IPO価格を下回り、時価総額は220億ドルも減少した。
今回の資産価値の減少は、中国の株式市場に深刻な長期的影響を与えるかもしれない。中国での政治的リスクを浮き彫りとしたからだ。しかし、世界中のテック企業に共通する技術的脆弱性がなければ、そのような政治的リスクも重要ではなかったのかもしれない。非常に中央集権化されたアプリストアに大いに依存しているために、その生命線が何の前触れもなく断ち切られる可能性があるのだ。
モバイルアプリの開発者たちにとって、短期的な代替オプションが何になるのかはっきりとはしないが、今回の出来事は「ウェブ3.0」の意義を改めて理解させてくれる。
ブロックチェーンテクノロジーを活用すると一般的に考えられているウェブ3.0は、プラットフォームに依存した現在のウェブを、よりオープンでトラストレス、非許可型のシステムで置き換えることになるのだ。
それには、独自の社会的、経済的トレードオフも伴うが、アプリプラットフォームの力を抑制することができれば、権威主義的政府や、テック大手に現在翻弄されている企業に、大いなるレジリエンスをもたらすことができる。
中国テック企業が抱える政治的リスク
ディディに対する措置の素早さと厳しさは、中国共産党による、激しいテック企業締め付けが続いたここ9カ月の延長線上にある。このような動きは昨年、アント・グループ(Ant Group)が計画していたIPO(新規株式公開)が中止に追い込まれ、CEOのジャック・マー氏が第一線を退かされたところから始まったと言えるだろう。
次の大きな動きは、6月だ。ビットコインマイニングと暗号資産関連取引の禁止だった。中国政府と友好的な関係を持っていた米電気自動車大手のテスラでさえも、中国版のテックラッシュをますます受けるようになっているようだ。
IPO直後という、ディディのアプリ配信禁止令のタイミングは、さらに突っ込んだ疑問を提起する。総合的に見ると、ディディにとって事態は上手く進んだ。事業の見通しが突如、急激に変化したにも関わらず、アメリカを始めとする世界中の投資家からの資金を保持できるのだから。
中国当局はすでに、ディディにIPOの延期を勧告していた。規制の状況を考えれば、IPOを進めれば、深刻な反発を招くこともあるとディディは認識していたはずだ。ジャック・マー氏の失脚も、中国規制当局への反抗的な批判コメントに続くものだった。
ブルームバーグのシュリ・レン(Shuli Ren)氏は、差し迫った中国共産党からの締め付けに先立って、情報不足の欧米投資家たちから資金を調達できることを喜び、意図的にIPO続行という挑戦的な動きをディディが見せた可能性を示唆している。(同社は、具体的な取り締まりの情報を事前に入手してはいなかったと述べている)
米テレビ局CNBCで投資情報番組を担当するジム・クレイマー氏は、今回の一連の動きを見た後でも中国のテックスタートアップに投資するとしたら「愚か者」だと言うまでに至った。
大きな力を持つ、2大アプリストア
しかし、クレイマー氏の理解に欠けているのは次の点だ。中国の権威主義は確かにリスクを大幅に高めるが、世界の大手テック企業の多くにも、同じ事態が降りかかるかもしれないのだ。
フェイスブック、フードデリバリーのシームレス、ウーバー、さらにはツイッターのアメリカでの事業も、Google PlayストアやアップルのApp Storeからアプリが削除されるだけで、わずか数日で、完全に破綻しないまでも、麻痺させらる可能性がある。この2つのアプリストアは、アンドロイドとiPhoneのエコシステムにとって、モバイルアプリの圧倒的に支配的なポータルとなっている。
(実際、おそらくアップルとグーグルからコントロールを奪いたいという思いから、中国にはアメリカよりずっと多様なアプリストアのエコシステムが存在する。例えば、テンセントのMyAppは、アプリ市場の約25%を占めている。アメリカでは、2大アプリストアに代わるものを作ろうという、サムスンやアマゾンなどの取り組みは実質的に失敗に終わっている)
ウーバーのような大手企業が、アメリカで同じくらい厳しい政府からの措置を受けるとは考えにくいと思うかもしれない。さらに、中国とは違いアメリカには、そのような政府の取り締まりに対して法的に申し立てを行える堅固で透明性のあるシステムが存在する。
しかし、グーグルとアップルが、管理されていないソーシャルメディアプラットフォームのParlerとGabを禁止した時のように、アプリストアは利用規約を盾に、劇的で一方的な措置を取ってきた過去がある。
さらにアップルは、自らが持つ検閲の力を、競争のために直接的に利用したこともある。Epic GamesがApp Storeを迂回した支払いを推奨し、30%という法外なAppleへの手数料を回避しようとしたことに対する報復として、同社の人気ゲーム「フォートナイト」をApp Storeから削除したのだ。
垂直統合による支配を打破するウェブ3.0
もちろんこれらは、規制と政治に関わる問題であり、連邦取引委員会(FTC)の新委員長リナ・カーン氏が、アップルとグーグルの複占に代わるものを推奨するための圧力をかけてくれることを望む人たちもいるかもしれない。
スマートフォンでのサイドローディングオプションの改善義務付けや、スマートフォン製造とコンテンツの垂直統合を断ち切るといった、さらに過激な手段も考えられる。
インターネットは当初、旧来の管理者を一掃すると約束していた。しかし私たちは現在、情報と革新をめぐり、まったく新たな難所を抱えてしまっている。アプリストアだ。反トラスト的な措置が概して緩かった時期に、ハードウェア、オペレーティングシステム、ソフトウェア間で垂直統合が確立されたために、アプリストアは大いに強力で、収益性の高い管理者となったのだ。
ウェブ3.0のデザインの開放性という精神は、そのような支配を打ち破ることを目指しており、大手企業がこのムーブメントをサポートし、顧客と直接つながる権利を支えるべき根拠はますます増えてきている。
デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)はCoinDeskのコラムニスト。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Didi’s Downfall and the Case for Web 3.0