ビットコインの利用を変えるライトニング・ネットワークとは【後編】

ライトニング・ネットワークが未来に解き放つものとは何か?

「まだ考えもしないようなユースケースがたくさんある」と、ライトニング・ラボの共同創業者兼CEOのスターク氏は語る。すでに考えられたものはたくさんあるが、その中でも大きなものがマイクロペイメントだ。

ビットコインの利用を変えるライトニング・ネットワークとは【前編】

「オンラインでペイウォールを目にしたり、ニュースレターへの登録を求められるたびに、怒りが込み上げてくる」と、ライトニングの事業開発を担当するライアン・ゲントリー氏は語る。「これはもう解決済みの問題だ。ライトニングノードをセットアップして、10セント支払うことができる。クレジットカード情報は必要ない。メールアドレスも必要ない。必要なのは、数サトシ(ビットコインの最小単位)だけだ」

支払いは全体像の一部に過ぎない。ライトニング・ネットワークは、1人のユーザーから別のユーザーへとサトシを素早く送るための方法を提供するだけではないのだ。ネットワーク自体が、その他の目的のために活用できる。

ライトニング・ラボの事業担当バイスプレジデント、デジレー・ディッカーソン氏は、ベータ版の「Impervious AI」という新たなプロジェクトにワクワクしている。これは、分散型VPN、メッセージプラットフォーム、動画やポッドキャストのストリーミングなどのセットアップに使える「レイヤー3」ネットワークを構築するプロジェクトだ。

「中国にいても、イランにいても、検閲なしで自由に発信することができる」と、Imperviousの創業者兼CEO、チェイス・パーキンス(Chase Perkins)氏は説明する。

ビットコインの「ピアツーピア」ネットワークというと、大半の人が1人から1人という風に考えているが、「人をひどく驚かせる」のは、ピアツーピアは1人から50人、あるいは1人から100人にもなり得るということなのだと、パーキンス氏は語った。これがライトニングで可能になる。ライトニングの通貨ルートを基盤に、メッセージアプリのテレグラムやシグナル、VPNの分散型バージョンを生み出すことが出来る。

これはチャットアプリ「スフィンクス(Sphinx)」が採用するアプローチに似ている。スフィンクスはライトニングの支払いレールを使い、検閲や企業による監視抜きでテキストメッセージを送れるようにする。「テキストメッセージは、通常のインターネットを通じて送られるのではない」と、ゲントリー氏は説明する。「通貨のパイプを通じてデータが流れるのだ」

そして、メッセージを送るのに「送信」ボタンを押す代わりに、ユーザーはクリック1つで1000サトシを送ることもできる。「人々にこの話をすると『ビットコインってそんなことが出来るの?全然知らなかった』という反応が返ってくる」

新たなウェブを目指して

一般的なユーザーはプライバシーや耐検閲性、中央集権化された企業からの自由といったものをあまり気にしない可能性もある。しかし、そのような状況は変わってきているのかもしれない。

テック企業シスコ(Cisco)が2019年に実施した調査では、回答者の84%がデータプライバシーを気にかけ、80%は自分のデータを守るためにより多くの時間やお金を使うのをいとわないという結果が出た。アップルは今や、プライバシーを人気の新機能のように扱うようになっている。

オンラインプライバシーがあまりに抽象的に感じられるとしたら、中国によって廃刊に追い込まれた香港の民主派新聞「アップル・デイリー」のことを考えてみよう。ライトニングが支えるインターネットでは、Impervious AIによって、このようなメディアは政治的圧力から影響を受けずに済むのだ。

人権財団の最高戦略責任者アレックス・グラッドスタイン氏が中国による弾圧の後にツイートした通り、「だからこそビットコインは表現の自由や民主主義にとって大切なのだ」

究極的には、広告主導で企業がスポンサーとなっている、怪物のようなフレームワークからインターネットを解放するのを、ライトニングが助けることが可能なのだ。

「現在インターネット上では、ユーザーをトラッキングし、大量の情報を収集する広告ベースのモデルが存在する」とスターク氏。「健全ではないし、そのような状態である必要はないのだ」

ライトニングは、自己主権型アイデンティティ(Self-Sovereign Identity:SSID)を可能にすることができる。インターネット上のSSIDは、住所、生年月日、クレジットカード情報などの個人情報を提供せずに、ウェブサイトにログインしたり、オンラインで業者に支払いができるようになることを意味する。

私が昨年専門家に取材した時には、ほぼ全員が、SSIDは不可欠であるという意見だった。しかし、実際にどのように実現するかという点で明確性に欠けていた。そこでライトニングの登場だ。

「ライトニングは、ウェブ上でのサービスやリソースにアクセスするための事実上の支払い方法として機能する可能性を秘めている」と、ライトニングの共同創業者兼最高技術責任者オラオルワ・オスントクン(Olaoluwa Osuntokun)氏はライトニングのブログで語った。

「この新しいウェブの世界では、ユーザーが侵略的な広告を押し付けるための見えないピクセルでウェブ全体においてトラッキングされることはなく、ユーザーがメールアドレスを提供して、一生にわたってスパムやトラッキングにさらされる必要もなく、サービスに対する対価を支払い、その過程で将来的な認証やアクセスのために使えるチケット/レシートを獲得することができたとしたら?」

この新しい枠組みにおいては、「ライトニング・サービス・オーセンティフィケーション・トークン(Lightning Service Authentication Tokens:LSAT)」と呼ばれるテクノロジーが、「認証や支払いロジックをアプリケーションロジックから強力に切り離す」認証や有料APIのための新たな標準的プロトコルとなると、ゲントリー氏は説明する。

普通の人に分かる言葉で説明してみよう。ユーザーはライトニング・ネットワークを使ってLSATトークンを購入し、所定のウェブサイトにログインするときにそのトークンを使う。クレジットカード情報を共有する必要はない。アミューズメントパークでゲームをする時に使うトークンを買うようなものだ。

「パスワードマネジャーとクレジットカードの代わりに、ライトニング・ネットワークウォレット内にLSATマネジャーが必要になる」だけで、ユーザー側で劇的な変化は必要ないと、ゲントリー氏は語る。少し現実離れした無理な話のように聞こえるかもしれないが、エルサルバドルがビットコインを受け入れるためにライトニングを使うというアイディアも、かつてはあり得ない話に聞こえていたのだ。

ネットワークとしてのビットコイン

ビットコインネットワークにも役割がある。ビットコイン価格が上がることだけを気にかける人たちの群集心理では、人々は「資産としてのビットコイン」に固執してしまう、とスターク氏。「しかし、通貨ネットワークとしてのビットコインも極めて強力だ。2つは手を取り合って進んでいく」

スターク氏は、「情報通信ネットワークの価値は、そのシステムにつながったユーザーの数の2乗に比例」し、新しいユーザーがネットワークに加わるたびに、ネットワークの価値は指数関数的に増加するという「メトカーフの法則」を好んで引き合いに出す。「ライトニングはネットワーク効果を大幅に高める」とスターク氏。「ずっとたくさんの人を引き込み、取引できるようにする」

スターク氏が思い描く世界の中では、ビットコインは資産であるだけではなくネットワークであり、他の人にコインを送ることのできるレールとなり得るのだ。「必ずしも勘定単位である必要はない」とスターク氏。「輸送レイヤーなのだ。(中略)お金を送るための方法なのだ」

この点は、価値の保管手段以外のビットコインの有用性についてよく聞かれる懸念の1つを解決することにもなる。そんなに価値があるなら、なぜ支払いに使ってしまうのだ?というものだ。

ライトニングは人間だけではなく、コンピューターにも使われるかもしれない。暗号資産ファンなら、ビットコインは非銀行利用者層に銀行サービスを届けるという論点に馴染みがあるだろう。

しかし、スターク氏は、銀行を利用しないコンピューター、機械から機械への取引の可能性というアイディアでその考えをさらに押し進める。

「すべての機械は銀行を利用していないが、価値を保管し、取引を行うことができる」とスターク氏。テスラのOSが、充電する時に充電ステーションにサトシを送ることができないのか?(このアイディアのプロトタイプはすでに存在している)

数十億人のためのビットコイン

そして最後に、ライトニングの最もエキサイティングな側面は、ビットコイン価格とほとんど関係がないという点だ。スターク氏の持説の1つは「値上がり」ではなく「人数の増加」について考えるというものだ。国際的な普及が彼女の目指すところである。

スターク氏に初めて取材したのは5月18日。ビットコイン価格が6万ドルから下落した1週間後のことだ。スターク氏はホッとしているように見えた。「私は弱気相場が好き」とスターク氏は語った。「開発するにはぴったりの時。気が散りにくいから」

彼女はうわさ話や値動き、ツイートを量産するビリオネアたちの騒ぎには耳を貸さないようにし、イーロン・マスク氏を警戒している。「人々に力を与え、(中略)インターネットを改善してより良い場にするためのテクノロジーなの。(中略)ビリオネアのお遊びの場ではない」と、マスク氏のツイートが価格を揺るがした直後にスターク氏は語った。

「イーロンがビットコインを買ったり、ビットコインについてツイートしたり、ビットコインを売るのは構わない。誰にも開かれているものだから。参加するのには誰も許可を必要とはしない。それがこのテクノロジーがこれほどパワフルである理由の1つだから」と、スターク氏は語った。「しかし、1人の人物にここまで病みつきになることには、問題があると思う」

ビットコインにトップダウン型のリーダーが不在なのは、バグではなく特徴なのだからと、スターク氏。「サトシ・ナカモトが姿を消したのは、ビットコインに起こったことの中でも最高のことの1つ」と語るスターク氏は、「私たちは皆サトシなの。クレッグ・ライト(自らがサトシ・ナカモトだと主張したコンピューターサイエンティスト)以外は」と笑った。

スターク氏は、究極の目標を心に留めている。「ビリオネアが物事を操作したり、リッチな人たちがよりリッチになれるようにするために、私は生きている訳ではない」とスターク氏。「10億人の人たちが、暮らしを劇的に改善し、世界をより良くしてくれるこのテクノロジーにアクセスできるようにするために、私は自分の人生を費やしているの」

この主張をさらに研ぎ澄まし、彼女を特徴づけることになる精神にまとめてくれた。「数十億ドルを持つ人たちのためではなく、数十億人のためのビットコイン」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock.com
|原文:The Lightning Network Is Going to Change How You Think About Bitcoin