イーサリアムの政治哲学を読み解く

暗号資産(仮想通貨)を理解する最善の方法は、それが生み出す経済活動ではなく、コミュニティーの構成と、それが表明する文化的価値を検証することだろう。暗号資産は実際には「暗号文化」であり、そのような文化は複数存在する。

私はクリプト文化を、独自のマイクロエコノミーを伴ったオープンソースコミュニティーと定義している。それぞれの文化はその価値をブロックチェーンに組み込む。社会技術的な取り合わせなのだ。価値とテクノロジーはお互いに混ざり合っている。

多くの人は、暗号資産文化を一枚岩の、実質的にはビットコイン文化のようなものと想定している。しかし、長期的に携わっている人たちは、それぞれのブロックチェーンを特定の視点と考えるようになっている。

ドージコイン(DOGE)はミーム、リップル(XRP)は企業、モネロはプライバシー、スシスワップはギャンブル的な投資、ポリゴンは効率性だ。開発者やマイナー(あるいはそのバリエーション)など、ブロックチェーンを管理している人たちが「ブロック政体」を構成している。

ビットコインブロックチェーンは、右派リバタリアン的な通貨のコモディティ理論に基づく、希少性についての信念を表明するよう作られている。ビットコインは法定通貨システムの崩壊を前提とした「社会理論」なのだ。

ビットコインプロジェクトは、希少なデジタルゴールドとしてのビットコイン、デジタル金属主義をめぐる議論によって支えられている。具体的には、希少性は変更困難なコードに組み込まれており、アルゴリズムによる権力が存在するのだ。

イーサリアム

ビットコインの政治哲学はよく知られているが、どんな政治哲学がイーサリアムを彩っているかが話題になることはあまりない。

イーサリアムブロックチェーンはしばしば、共有された世界のコンピューターとして概念化される。このコンピューターは、その上で起こることにはとらわれない。イーサリアムは、「私たちはインフラであり、あなたたちがどのように自らを組織するかはあなたたち次第だ」、という姿勢なのだ。

イーサリアムの共同創業者であるカナダ人コンピュータープログラマー、ヴィタリック・ブテリン氏はホワイトペーパーの中で、いくつかの用途を提案したが、それは提案に過ぎなかった。しかし、中立的インフラであることは、大いに政治的である。イーサリアムを、ビットコインのような経済的実験から、公共財供給における実験へと拡大するからだ。

政治的哲学を形式化するところまでイーサリアムが最も近づいたのは、エリック・ポズナー(Eric Posner)氏とグレン・ウェイル(Glen Weyl)氏の「Radical Markets」や急進的自由主義との関わりだ。

急進的自由主義とイーサリアムは、腐敗した民主的制度、新自由主義などの継承されてきた政治経済学を、代替的な市場の仕組みを生み出すことで再構築したいという願いを共有している。

ブテリン氏とウェイル氏は、そのような再構築の1つについて学術論文を共同執筆した。公共財提供のためのクアドラティック・ボーティング(quadratic voting)という投票の仕組みだ。

ギットコイン(Gitcoin)のクアドラティック・ファンディングメカニズムによって、これはイーサリアムにも登場した。クアドラティック・ファンディングでは、インフラ資金の広がりが多様で、コミュニティー全体を反映するものとなるようにするために、小規模な投票者たちの寄付に匹敵する資金を大きな資金プールから提供する。

インフラの提供と維持は、イーサリアムの考え方、イーサリアムクリプト文化の中心である。

相互主義的、最小国家主義

作家で哲学者のクレッグ・ウォームケ(Craig Warmke)氏は、ビットコインは集団による著作であり、ハイパーオーサーシップ(大量の共著者による著作)の一例だと主張する。ビットコインコミュニティーは集合的に、ビットコインの動きのナラティブを追っているというのだ。

イーサリアムは、ハイバーガバナンスの例だ。イーサリアムコミュニティは集合的に、新しいガバナンス形態の基盤を生み出しているのだ。これらの新しい形態は、継承されたものに代わるもので、それらに取って代わることを暗黙的に提案する。これらの代替オプションは、腐敗した民主国家と新自由主義がかつて提供していた機能を、より分散化した形で提供することになる。

イーサリアムは「最小国家主義者」である。最小国家主義とは、夜警国家を提唱するリバタリアンの立場だ。主に哲学者ロバート・ノージックと結びつけられることの多い最小国家主義は、安全に関連するもの(警察、軍隊、司法)を除いたすべての政府の機能を取り払う、ほぼ完全なアナーキストの立場である。

ノージックにとって、夜警国家は右派的リバタリアンのコンセプトであるが、イーサリアムにとっては、左派的リバタリアンのコンセプトとなる。コミュニティーは互いに共有の公共財である世界のコンピューターとしてのイーサリアムを提供、維持するが、それ以外は無干渉、つまりリバタリアニズムなのだ。

イーサリアムは国家に立ち向かっている訳ではないが、国家よりも優れたインフラを提供する潜在的な最小国家主義のバージョンを提案していると、私は考えている。

イーサリアムによるサービスは、従来の世界における中央集権型サービスにゆっくりと取って代わる。これらは、コミュニティーの幅広い分野を網羅するものだ。組織に関わるもの(自立分散型組織=DAO)、金融に関わるもの(分散型金融=DeFi)、文化に関わるもの(ノンファンジブル・トークン/ソーシャル・トークン)などだ。最小の相互ガバナンスである。

ハッシュ、バッシュ、キャッシュ

様々な目的を実現させるにおいてクリプト文化を団結させるのは、分散型組織の「ハッシュ、バッシュ、キャッシュ」モデルだ。ユーザーはブロックチェーンを、共有された文化的真実の中心として扱い、その状態を維持させることで、ハッシュ(合意)を実現する。

バッシュとは、コミュニティー内で社会的に表明される対話や文化的価値のことだ。キャッシュとは、クリプト文化体験における、投資、取引、利益確定など、通貨の中心的役割を表している。これらすべてが、コミュニティーを文化として結合させるのだ。

私たちが「ハッシュ、バッシュ、キャッシュ」する理由は様々であり、1つのクリプト文化における前提は、別のクリプト文化では通用しない。

イーサリアムの場合には、コミュニティーは共有の世界のコンピューター、公共財インフラを提供・維持するために「ハッシュ、バッシュ、キャッシュ」する。それが相互主義だ。このインフラがハイパーガバナンスにおける実験に場を提供する。それが最小国家主義だ。イーサリアムの政治哲学は、相互主義的最小国家主義なのだ。

ポール・J・エニス(Paul J. Ennis)博士は、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのビジネス・カレッジで助教授を務めている。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Ethereum’s Political Philosophy Explained