投資アプリを手がけるロビンフッドは今月、新規株式公開(IPO)の計画を発表。そして、IPO評価額見込みが明らかとなった。約330億ドルである。この数字が衝撃的なのは、超人気の投資アプリに見込まれていた400億ドルの評価額より20%近く低かったからである。
評価額見込みの低さは、市場において感情やムードが果たす役割について大切なことを伝えてくれる。経済学者のケインズは1936年、これを「アニマルスピリット」と名付けた。
ケインズが持ち出した、一般の投資家たちのムードという漠然としたものは、いわゆる古典派経済学の中心となるホモ・エコノミクスのコンセプトに真っ向から反するものだ。ホモ・エコノミクスという架空の人間は、市場の情報すべてにアクセスでき、現在の状況だけではなく、未来の予測にも基づいて、資産価格について客観的に正しい判断を行えることになっている。
このような全知のホモ・エコノミクスは、効率的市場仮説(EMT)の中核となっている。EMTでは、市場(特に株式市場)が提示する裁定取引の機会が、市場では知られていない情報を持ったトレーダーを惹きつけると考える。EMTによると、そのようなトレーダーと彼らの持つ情報が、資産の「適正」価格を市場が発見する手助けとなる。
しかし、ロビンフッドのIPO評価額の低さは、EMTの欠点の多くを包含しており、経済学で幅広くこの理論の見直しが行われている理由が見えてくる。おそらくどの企業よりもロビンフッドは、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する18カ月のミームトレーディングと、政府からの給付金が促進した投機の恩恵を大きく受けてきたはずだ。
短期的市場が値下がりすることによって、長期的投資となるべきものへの熱気が冷める中、諸刃の剣の反対側を味わうことになりそうだ。
コインベースの3倍の謎
ロビンフッドの330億ドルの評価額を、コインベースが4月に受けた858億ドルのIPO評価額と比べてみよう。すべてを細かく見ていくことはしないが、基本的なビジネスモデルとユーザー数という点では、コインベースがロビンフッドの3倍近くの価値があるのは理にかなっていない。
1点比較してみると、ロビンフッドは先日、銀行口座とつながった2250万のアカウントを抱えていると発表した。上場企業として初の四半期報告書の中でコインベースは、5600万のアカウントを報告したが、アクティブユーザーはわずかに610万人であった。
ロビンフッドはまた、より安価な取引手数料を提供する競合に駆逐される深刻なリスクに直面しているコインベースより、はるかに強い競争的モートを持っている。そのような競合には、ロビンフッドも含まれる。ロビンフッドは現在、ビットコイン(BTC)、イーサ(ETH)、ライトコイン(LTC)、ドージコイン(DOGE)の取引サービスを提供しているが、容易に対応コインを拡大することができる。
それらすべてを考慮すると、コインベースはどうやってロビンフッドの3倍近いIPO評価額を手にすることができたのか?
IPOのタイミング
シンプルな答えはこれだ。IPOはタイミングが重要だ。資本市場を読み解く一般的な方法では、そうであるべきではないと考えられていても。
事実は上手く噛み合う。コインベースのIPOは、同社が重点を置いている暗号資産の強気相場のさなかに行われた。そのことは、ファンダメンタルズに基づいて、著名なあるアナリストが妥当だと考えた181億ドルの約5倍の評価額を稼ぐのに役立ったのかもしれない。
対照的にロビンフッドは、過熱気味の株式市場が冷え込んでいこうとする時に株式公開されることになっている。ダウジョーンズ工業株価平均が3%安となったという恐ろしいニュースがあったばかりだ。その一因は、コロナウイルスのデルタ株が、世界的な経済回復を遅らせるという懸念だ。最大でも6〜12カ月の逆風だが、IPOが4カ月前に行われていれば、集められていた何億ドルもの資金をロビンフッドが逃す要因の1つとなっている。
これは資本市場にとって大切で、おそらく恐ろしい教訓となるだろう。効率的市場仮説によれば、IPOのタイミングを図るというのが当たり前のことであるべきではないからだ。
EMTでは、投資家はIPOのような長期的投資を行う際に、短期的な市場や経済の状況を完全かつ正確に無視することができるはずだ。つまり、EMTの考えでは、4月にコインベースに投資した投資家は、幅広く確立された歴史的パターンに基づいて、暗号資産市場が頂点に達しようとしていることを直感的に読み取ることができたはずだ。しかしもちろん、このように表現すると、そのバカらしさは明らかだ。
より現実的なEMTの解釈では、市場が資産の「本当の」価値を見極める際の一定のタイムラグを考慮に入れる。各投資家が個々に完璧に合理的だとは推定せず、情報が広がるに連れて、市場が合理性へと収束していくと考えるのだ。IPO以来コインベースの株は30%以上値下がりした。初期の買い手たちは数字をより良く検討し、気が変わったのかもしれない。
株価の値下がりと同じくらい重要なのは、暗号資産市場における広範な下方傾向へのシフトである。暗号資産市場自体が非常に投機的で、感情によって大いに動かされている。
つまり、値下がりそのものが、現実の受け止めと同じくらい感情的であるのだ。IPO時から30%下がっても、コインベースの評価額は450億ドルと、ロビンフッドのIPO評価額をはるかに上回っている。タイミングと感情が、長期的観点を持つ市場の合理性を打ち負かしたのだ。
ホモ・エコノミクス再考
コインベースとロビンフッドのIPO評価額のかい離は、市場の不合理性の例の1つに過ぎないが、現在では多くの経済学の学派が、効率的市場やホモ・エコノミクスという考えに意識的に背を向けたり、少なくともより複雑な考えへと転換している。そのような再評価は、経済学における最高の賞、ノーベル経済学賞がここ10年間で2度、EMTとホモ・エコノミクスに伴う問題を浮き彫りにした学者たちに贈られるほどにまで進んでいる。
ノーベル経済学賞は2011年、ダニエル・カーネマン氏に贈られた。人間の「ファスト&スロー」な思考システムに関するカーネマン氏の取り組みは、常に最高値で買って、底値で売ってしまう、衝動的で欲深く、怯えたトレーダーという不可解な人たちを理解するための説得力のある方法を提供している。
2013年には、ロバート・シラー氏がノーベル経済学賞を受賞した。ナラティブの経済的影響に関するシラー氏の取り組みは、現代の金融バブルや強気相場を理解する鍵となる。
終わることのない強気相場というナラティブが壊れる中、2人の研究は検討の価値がある。ロビンフッドは、市場のワイルドな獣が正しい方向に突進しているときに、その力を解き放てるほどはやく動いておけばよかったと願っているはずだ。
デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)はCoinDeskのコラムニスト。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:How $33B Robinhood Ended Up Being Worth Less Than Coinbase