ブルームバーグの報道によると、米司法省はステーブルコインを発行するテザーの幹部を刑事告発するべきか検討している。テザーが世界中で銀行口座を開設する際に、事業の性質について虚偽の申告をしていたことが原因のようだ。
新たな疑惑と円滑な引退の可能性
テザーは声明を発表し、ブルームバーグの報道は「古臭い申し立てを『ニュース』としてまとめ上げ直す、決まりきったやり方に従う」ものだとコメントしたが、告発の可能性を認識していることは否定しなかった。
テザーの姉妹企業であるビットフィネックス(Bitfinex)のCEO、フィル・ポッター(Phil Potter)氏が、銀行へのアクセスを維持するために「巧みな手口」を使ったことを公に認めるなど、既知の情報をもとに判断すると、そのような刑事告発の可能性には信憑性がある。
テザーはまた、暗号資産(仮想通貨)関連の顧客に代わって同様の銀行詐欺に関与したとされる、現在では閉鎖された影の銀行Crypto Capital Corpとも関連していた。
今回の報道は、テザーの財政の安定性にまつわる長年の懸念をさらに厳しいものにする。テザーは、発行するドル連動型ステーブルコインは、自社が保有する同価値の資産によって裏付けられていると主張。しかし、繰り返しの約束にも関わらず、完全に監査を受けたバランスシートを発表したことは一度もない。
2月には、準備金について過去に虚偽の情報を伝えた疑いに関連して、ニューヨーク州司法長官に対して1850万ドル(約20億円)の和解金を支払った。トークンのテザー(USDT)は現在、様々な資産によって裏づけられているとされているが、その不透明さや質についての批判はくすぶり続けている。
ニューヨーク州司法長官との裁判でその主張の正しさが証明されたにも関わらず、テザーを疑う人たちは、暗号資産トレーダーたちから激しい抵抗に遭っている。
少なくともその一因は、USDTがトレーダーにとって資金を安全かつすばやく動かすための重要なツールとなっているからであり、約5年間ほどにわたり、優れた代替オプションが存在していないからである。
しかし状況は変化し、暗号資産市場はテザーの崩壊によって深く動揺することは必ずしもなさそうだ。より厳しく規制を受けたステーブルコインがここ数年で大きく伸びてきているのだ。特にサークル(Circle)が手がけるUSDコイン(USDC)は、時価総額270億ドルと、テザーの流通高の約半分まで急成長した。
つまり、テザーが現時点で停滞したら混乱は生じるだろうが、壊滅的な被害は出ないということだ。
そうなると、テザーが穏やかかつ円滑に引退するというシナリオもあり得る。この老犬はよく働いたのだから、田舎でゆったりと過ごすに相応しい。
企業幹部の刑事告発に関して興味深いのは、原則的に、企業そのものはそのままで、自由に運営できる状態に残すことができる点だ。これは昨年、暗号資産デリバティブ取引所ビットメックス(BitMEX)の元CEO、アーサー・ヘイズ(Arthur Hayes)氏と、残り2人の創業者たちに対する刑事告発でも見られた。同取引所はいまだに事業を継続しており、告発後に、目を見張るような取引高を記録したほどだ。
しかし、テザーを取り巻く不信感が長年渦巻いていること、いくつかの心配な疑問が解消されないこと、そしてより優れた代替オプションが簡単に利用できることから、テザーの場合には異なる結果になるかもしれない。
テザーは機能面では銀行に非常に似ており、USDTは預金伝票のような働きをしている。トレーダーがテザーの保有を希望する際、テザーに通貨やその他の資産を渡し、テザーがUSDTを発行する。トレーダーがテザーを必要としなくなれば、USDTは現金に戻すことができる。
準備金としての社債への疑念
これまでになくテザーユーザーが直面している問いは、その換金プロセスがどれほど信頼できるものになるかだ。さらに分かりやすく言えば、テザーの準備金は本当に、流通する610億ドル相当のトークンに匹敵するのか、ということだ。
そうでなければゆくゆくは、USDTを換金するための資金が底をつく事になる。こうなると、取り付けに走る動機が生まれ、幹部に対する刑事告発は、それが準備金に直接関連するものでなかったとしても、さらなる恐怖心を煽ることとなる。
米ドルで完全に裏づけられていると主張することをやめて以降、テザーは代わりに、裏づけとなる様々な資産に関する高水準のレポートを提供し始めた。懐疑派は、その約15%が企業への貸付に当たる、社債であることに注目している。
社債の価値は、債券を発行する企業の性質によって大きく異なり、業績や市場の状況によって時間とともに変化する可能性がある。テザーに批判的な人たちは特に、企業規制の波のもと激しい圧力を受けている中国の社債や、ビットフィネックスなどの関連企業の社債を保有しているかどうかに注目している。
「関連企業」という点はとりわけ心配なものである。そのような企業の債券の価格や現在の価値は、市場の力ではなく、内部の協議によって設定される可能性があるからだ。つまり、テザーの準備金バランスシートの穴を埋めるために水増しされているが、現金と交換する必要が生じた場合には申告価格で売ることは困難だ。あるいは不可能な可能性があるということだ。(破綻前のエンロンを支えた組織的な財政戦略に似たものである)
暗号資産企業によって発行された債券であれば、売ることはとりわけ困難になるだろう。テザーによる換金は、暗号資産市場の値下がり期間中に増えるからだ。ビットフィネックスやその他の暗号資産企業による債券も、簿価で換金することは極めて困難になる。そのような債券は、テザーで実際に取り付け騒動が起これば、「底辺層」となる可能性が高い。現金化が不可能となれば、USDTを最終的に保有している人たちは、自らの資金を引き出すことはできないだろう。
そのようなリスクは、テザーの経営陣の一部に対する米テレビ局CNBCの最近のインタビューで浮き彫りとなった。同社幹部がメディアのインタビューに応じることは非常にまれで、このインタビュー自体が注目に値するものだった。
インタビューの中で幹部らは、テザーは換金のために「少なくとも24時間分の流動性」を持っていると語った。安心させるための発言であったが、ブルームバーグのマット・レヴィーン(Matt Levine)氏のような金融界のベテランによる受け取りは逆のものであった。
最悪のシナリオを含め、テザーの資産についての憶測は、同社からの情報開示が不足しているために正当化できる。そのような不確実性は、サークルのUSDCがこれほどはやくマーケットシェアを獲得できた理由の1つだ。
USDC自体も透明性の不足を非難されているが、アメリカに拠点があり、規制を受けているというサークルの立場が、かなりの信頼性を上乗せしてくれている。
換金には潮時?
テザーを擁護する側は、新たな疑惑や疑念が生じるたびに、FUD(恐怖、不確実性、疑念:fear, uncertainty and doubt)を煽っていると批判し続けるが、市場の大部分はすでに、より良いオプションがあることを考慮し、テザーのリスクには価値がないと結論を出している。
ここ1年間で、USDCの総発行高はわずか11億ドルから270億ドルを超えるレベルにまで急増した。テザーの供給量も強気相場の期間中に大きく増加したが、割合という点ではずっと小さく、102億ドルから620億ドル強となった。そしてテザーの成長は約2カ月にわたって実質的に失速している。
そのことは、すでに進行中の広範な市場における転換を示唆しているが、暗号資産市場の長期的安定性にとっては吉報だ。
リスクに注意を払っているトレーダーたちは、市場からの撤退に向けた冷静な動きをとっており、テザーに対しては、完全な監査に向けて提出的できるより高品質の資産を優先して、リスクの高い準備金を手放すように圧力を強めることとなっている。
完全な監査は数カ月以内に提出されると約束されており、そうなれば、テザーに対する換金の圧力は大幅に緩和されるだろう。しかし、テザーは過去に繰り返し、完全な監査をほのめかしながらも、最後までやり切ることはなかった。
換金をためらうような素振りを少しでも見せれば、市場に恐怖の嵐を巻き起こす可能性がある状況において、テザーは換金に素早く確実に対応するよう全力を尽くはずだと推測できるだろう。安定したコインという意味のステーブルコインの安定性が着実に減少しているように見える中、換金をしておく価値はあるのかもしれない。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock.com
|原文:Tether’s Collapse Would Be Chaotic, Not Cataclysmic