米証券取引委員会(SEC)のゲーリー・ゲンスラー委員長は8月3日、SECは既存のルールを用いて、積極的に暗号資産市場を規制していくと示唆した。恐ろしい響きだが、市場はほとんど反応しなかった。
ビットコイン(BTC)に至っては、わずかではあるが値上がりしたほどである。業界の有力者やアナリストも委員長の発言を受け入れ、好意的な反応すら見られた。
規制に抵抗することに慣れた同業界にしては驚きの反応であり、ブロックチェーンと暗号資産の可能性と、それらの基盤となるテクノロジーに対するゲンスラー委員長の知識の深さに対する信頼を反映するものに他ならない。
ゲンスラー氏は4日、米テレビ局CNBCとのインタビューの中で、自らの「親イノベーション」的な姿勢を認めた。そして暗号資産界の多くの人たちが、彼を信じているようだ。
ICOに焦点
ゲンスラー委員長は、アスペン・セキュリティー・フォーラム(Aspen Security Forum)に参加し、とりわけハウェイテスト(Hawey Test)の揺るぎない重要性を繰り返し主張した。
ハウェイテストとは、金融商品が他人の努力からのリターンを約束するものであれば、それは証券であり、SECによって規制され得るというものだ。
「現在の暗号資産市場では、多くのトークンが未登録の証券となっている可能性がある」とゲンスラー氏は強調した。これは特に、ICO(新規コイン公開)に向けた発言だ。ICOとは、システム構築の前に投資家にトークンを販売して資金を調達する方法。ICOをめぐっては、悪質な事業者が虚偽のプロジェクトを立ち上げ、トークンを販売するなどの詐欺行為が蔓延している。
そのような詐欺行為を理由に、トークン発行者が訴追された事例は数多く存在する。「分散化」であれば、規制を受けない証券を発行しても問題ないというアイディアにしがみつく人たちはまだ多くいるが、その数は減少傾向にある。
ゲンスラー委員長は、虚偽の低価値なコインに重点を置き続けるだろうと捉える人たちもおり、それはおそらく業界全体にとってプラスだ。
ゲンスラー委員長の発言を支持する反応の中でもとりわけ驚きだったのは、強力にリバタリアンな「Satoshi Roundtable」の創業者ブルース・フェントン(Bruce Fenton)氏の反応だ。同氏は「証券市場が正常に機能し、資本形成、そして事業や雇用の創出を助けることが必要だ」と述べた。
その発言が寛容に受け入れられる様子は、ゲンスラー委員長が暗号資産業界の有力者から集める固有の尊敬を大いに物語っている。2008年の世界金融危機を受けた後のCFTC(米証券先物取引委員会)のトップとしての実績と、MITで教授としてブロックチェーンについて教鞭をとった3年間がその理由だ。
暗号資産コンサルタントのジェフ・バンドマン(Jeff Bandman)氏が1月、ゲンスラー氏は「分かっている。多くのレベルでこの分野を理解することに必死に専念したことは明らかだ」と評した言葉が、業界全体の見解を見事にまとめている。
しかし、ゲンスラー委員長が、ICOに対するSECのゆっくりとしたモグラ叩き的なアプローチを、より体系的で一貫したものにシフトできるかどうかはまだ不透明だ。
ビットコインを保有するソフトウェア企業マイクロストラテジーのCEO、マイケル・セイラー氏は、「規制の明確さはビットコインにプラスとなる」とツイート。これは明らかに、自社の保有するビットコインにとって有利となるという話だが、セイラー氏にはしっかりとした拠り所がある。
ビットコインは別枠
ビットコインは生みの親が関与せず、公正な立ち上げが行われたおかげで、証券に分類されるのを回避するのに、暗号資産界では最も良い位置につけている。
ゲンスラー委員長自身も、ビットコインについては一目置いているようだ。MITで暗号資産の研究を行った後、「暗号資産の世界では、本物のフリをした過剰宣伝が横行しているが、サトシ・ナカモトのイノベーションは本物だと私は考えるようになった。さらに、金融と通貨の世界で、変化の触媒となっており、これからも触媒であり続ける可能性がある」と述べている。
ゲンスラー委員長はCNBCとインタビューの中で、ビットコイン誕生の話を語り、「その部分は問題ない」と結論づけさえした。ビットコインを証券とはみなしていないという強力なメッセージだ。さらに長年夢見られているビットコインETF(上場投資信託)に向けた道のりも説明した。
しかし、暗号資産業界の他の分野を緊張させる発言は多くあった。「ステーブルコインも証券かもしれない」とゲンスラー委員長は指摘。これに対し、批判的な人たちからは疑問が上がった。価格が変化しないことを意図しないことが明言されているコインが、利益の見込みを伴うと判断するのは困難であることが一因だ。
ゲンスラー委員長はまた、コインベースのような取引所に対する深刻な逆風も示唆した。証券ブローカーとしてライセンスを受けていない取引所が多いが、ゲンスラー委員長はライセンスを受けるべきと考えているようだ。「50〜100のトークンを扱っている(暗号資産取引)プラットフォームに証券がゼロである可能性はきわめて低い」とゲンスラー委員長は述べた。
気に入るかどうかは別として、ゲンスラー委員長のコメントは幅広い影響力を持つという点では意見が一致している。CoinDeskのコラムニスト、ニック・カーター(Nick Carter)は、SECにとって「触媒的」なもので「意図を大いに示すものだ」と評した。
このようなメッセージが別の規制当局から発せられたとしたら、パニックとなっていたかもしれない。比較のために、米議会でいまだに決議に向けて審議中の暗号資産課税法案の大失態を見てみよう。
お粗末な言葉遣いのいくつかの条文が、技術的に不可能な報告要件を課すことで業界を完全に破壊する恐れがあり、ロビイストたちは方向を正すために素早く行動に出る必要があった。同様の破滅的な失敗を回避できるほどにゲンスラー委員長は賢いという信頼に、多くがかかっている。
デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)はCoinDeskのコラムニスト。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:ゲーリー・ゲンスラーSEC委員長(CoinDesk)
|原文:Gary Gensler Speaks. The Reviews From Crypto Aren’t Terrible