米国、英国、日本などの各国政府が、世界最大級の暗号資産取引所バイナンスに対する監視を強めている。バイナンスの中国名「币安」が「安全なコイン」を意味することを反映してか、中国在住のバイナンスユーザーの多くは、自らの資産の安全性にたいする懸念をさほど抱いていないようだ。
表面的には、意外な事態のように思えるかもしれない。バイナンスは明らかに、世界中の規制当局に監視の的になっており、いくつかの国では禁止され、タイでは刑事告発にさえ直面している。
一方、中国における暗号資産関連の一連の規制当局による最近の動きは、業界全体を揺るがし、暗号資産価格の下落につながった。しかし、中国のトレーダーはおおむね、中国で事業を行う取引所に対する最大の脅威と考えられる中国当局の動きに、バイナンスは影響を受けないと考えている。
中国の規制当局が先日、中国のeコマース大手アリババほど強力な企業を非常に素早く、厳しく屈服させたことからも、当局が中国企業にとって大きな脅威であることは間違いない。
バイナンスは2017年、経営と保有資産を中国から移動させたために、中国当局による規制の動きからは比較的安全だと考えられている。中国規制当局からの距離、そしてバイナンスでのみ利用可能な投資商品を理由に、トレーダーは他の国々でバイナンスが直面する問題には目をつぶり、中国に経営や幹部を残している競合よりも好んで利用している。
「人々は(中国の規制当局の)容赦のなさを恐れている」と、シンガポールにある暗号資産ウォレットサービス企業コボ(Cobo)の副社長、アレックス・ツォー(Alex Zuo)氏は語る。
同氏は、暗号資産取引所のオーケーエックス(OKEx)が昨年、突如すべてのアカウントでの出金停止を余儀なくされた事態に言及して、次のように語った。「少なくともバイナンスのプラットフォーム自体には安全性の面でリスクはほとんどない」
中国と密接な関連のあるオーケーエックスは、秘密鍵保有者の1人が、中国の公安当局の捜査に協力して連絡が取れなくなったために、すべての出金サービスを一時停止した。別の競合フォビ(Huobi)では、主要幹部の少なくとも1人が、同取引所の相対取引(OTC)サービスに関連する捜査のために中国で行方不明になった。
結果として、中国で人気トップ2のオーケーエックスとフォビの中国人ユーザーの多くは、バイナンスへと押し寄せた。
事情に詳しい関係者によると、バイナンスは2017年9月、中国がICO(新規コイン公開)、および法定通貨と暗号資産の中央集権型取引を禁止した時に、完全に中国から移転した。しかし、フォビとオーケーエックスは、中国での大量のユーザーベースのために、従業員と事業の一部を中国に残したままにした。
「人々は主に、自分の資産の安全を心配している」とサンフランシスコにある暗号資産ヘッジファンド、トレード・ターミナル(Trade Terminal)のCEO、リンシャオ・ヤン(Lingxia Yang)氏は話す。
「フォビとオーケーエックスのスタッフ、特に幹部はほとんどがまだ中国にいる。彼らが(中国当局の)管理下に置かれれば、ユーザーの資産が安全である保証はない」(ヤン氏)
中国にとってのバイナンスの重要性
これまでのところ、中国とすっぱり距離を置いたバイナンスの動きは、皮肉なことに、世界でも最大級に活発な暗号資産コミュニティーとユーザーベースを抱える中国における同社事業にとって賢い選択となっている。
一方、業界関係者によると、中国にルーツを持つバイナンスは、中国語のプラットフォームやカスタマーサービスなど、中国人トレーダーや投資家にとって最も快適なユーザーエクスペリエンスを提供している。
中国の「トレーダーにとって、バイナンスはいまだにベストのオプションだ」と、分散型デリバティブ取引所シンフューチャーズ(SynFutures)のCEO、レイチェル・リン(Rachel Lin)氏は述べる。「彼らはフォビとオーケーエックスを使うことにより不安を感じている」
ビットコイン先物の未決済の建玉が最も多い暗号資産取引所として、バイナンスのUSDTマージン先物商品がもたらす市場の深さは、競走するのが難しいものだと、リン氏は加えた。
中国にある暗号資産ファンドの関係者は、自社が投資している多くのプロジェクトのトークンの大半がバイナンスで取引されているため、バイナンスと連携し続けると語った。
バイナンスはアルトコイン取引に力を注いでおり、CoinMarketCapのデータによると、1100を超える暗号資産取引ペアが取引可能となっている。さらに、取引所以外にも、複数のプラットフォームの運営やサポートを行っている。
例えば、新しいスタートアップトークンの直接上場と立ち上げキャンペーンサービスを提供するバイナンス・ローンチパッドと呼ばれるICO(新規コイン公開)プラットフォームや、多くの成功した分散型金融(DeFi)プロトコルを支えるパブリックブロックチェーンのバイナンス・スマート・チェーン(BSC)などだ。
「バイナンスはアルトコインの流動性の王様だ」と語るのはブロックチェーンリサーチ企業デルフィ・デジタル(Delphi Digital)のアシュワス・バラクリシュナン(Ashwath Balakrishnan)氏。そのため、アルトコインの流動性の変化を確かめるには、「(バイナンスから)大量の流出があることが必要だ」
バイナンスの「VIP」ユーザーの多くは、バイナンスが提供する非常に競争力の高い割安の取引手数料に価値を見出しており、特に高頻度取引戦略を実行する人にはメリットが大きいと、バイナンスのVIP顧客である中国の暗号資産ファンドの関係者は語った。
バイナンスにとっての中国の重要性
バイナンスが中国の暗号資産トレーダーや投資家たちにとって不可欠で好まれるプラットフォームであるのと同じように、いまや中国市場にサービスを提供する取引所という枠をはるかに超えているバイナンスにとっても、中国はいまだに重要な市場であり続けている。
暗号資産リサーチ会社チェイナリシス(Chainaysis)が8月3日に発表したレポートでは、2021年1月から6月にかけて、1億5000万ドル相当を超える暗号資産が、中国のユーザーの管理すると思われるアドレスへと送られた。これはアメリカに次いで第2位の規模だ。
中国政府による暗号資産取り締まり強化の中、フォビもオーケーエックスも最近、中国にある組織を解体していると報じられた。しかし、これらの動きによって、2つの取引所が中国人ユーザーの信頼を部分的に取り戻せるかどうかを見極めるにはまだ時期尚早だ。
規制当局からのバイナンスへの風当たりの強さによって恩恵を受けるのはおそらく、デリバティブ商品に特化した中央集権型・暗号資産取引所のFTXであろう。
「市場は高速で変化し、FTXが成長しているのは事実だ」と、トレード・ターミナルのヤン氏は指摘した。
暗号資産データ分析会社スキュー(Skew)のデータによれば、ビットコイン先物の未決済の建玉で見ると、FTXはオーケーエックスもフォビも追い越して、第2位の暗号資産取引所となった。
FTXは「特にブロックフォリオ(Blockfolio)買収後、個人投資家に非常にフレンドリーなものになっている」と、FTXの急速な成長を説明する中で、デルフィ・デジタルのバラクリシュナン氏は語った。暗号資産モバイルニュースとポートフォリオ・トラッキングのためのアプリを手がけるブロックフォリオは、個人投資家を主な顧客層としている。
興味深いことに、FTXに初期に投資していたバイナンスは最近、FTXへの投資を解消した。FTXのCEO、サム・バンクマン-フリード(Sam Bankman-Fried)氏が、FTXはバイナンスが保有するFTX株を買い戻したと語ったのだ。
この動きは、FTXが暗号資産取引所としては過去最大となる、9億ドルの資金調達ラウンドを発表したばかりであることを考えると、少し奇妙に映る。
しかし、「我が社の事業が業界で果たしている役割を考えれば、理にかなっている」と、バンクマン-フリード氏は述べ、規制当局との間に問題を抱えるバイナンスがFTXに影響を与えることを避けたかったと示唆した。
スキューによると、当記事執筆時点では、バイナンスはいまだに未決済の建玉で最大のビットコイン先物取引所であり、その額は31億7000万ドルとなっている。一方、第2位のFTXでは約20億2000万ドルだ。
少なくとも今のところは、バイナンスの優勢は揺るぎない。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Chinese Crypto Traders Remain Confident in Binance Despite Regulatory Woes