エルサルバドルでは9月7日、ビットコイン法が施行された。しかし国民の多くはいまだに、ビットコイン(BTC)の仕組みも、どうやって使えるのかも理解していない。
ビットコイン法によって、国内のあらゆる場所で、ビットコインを支払い手段として受け入れることが義務付けられる。ナジブ・ブケレ(Nayib Bukele)大統領が3カ月前に提案して間もなく、この法案は議会で可決された。
しかし、法律の施行に備えるために、国民に対して情報提供やサポートなどの努力を政府がどれほどしたのかは、不透明である。
準備不足
首都サンサルバドルで花屋を営むジェシカ・ドミンゲス(Jessica Dominguez)さんは、ビットコインについて勉強する時間がなかったと語る。
「そのうちに、ビットコインを使っても構わないと思っている」と彼女は語り、客の中にはすでに、ビットコインでの支払いを申し出た人もいると話す。
首都から83km離れたセンスンテペケの街でクリーリング店を営むフランシスコ(Francisco)さんは、まだビットコインの支払いに対応する準備をしていない。
「ビットコイン決済が必要な場合には、店で働くスタッフのウォレットを使うことになる」とフランシスコさん。ブケレ大統領が8月半ば、アプリを持つ必要はないと言ったにもかかわらず、法律を彼なりに解釈すると、事業者はアプリを持つ必要があることになると指摘した。「大統領が言ったことと、法律が規定していることが別なのだ」と、彼は語る。
ハードウェアストアチェーン「Disensa」のサンサルバドル店は、ビットコインの使用について、現時点では知識が完全に不足していると説明する。
「どのように対応すれば良いか誰も分かっていない。銀行もサプライヤーも何も分かっていない」と、スタッフの1人はコメントした。
一方、大規模小売セクターにおいては、普及のプロセスは異なっているようだ。有数の小売チェーン「Almacenes Siman」の店舗は、開始日は決定していないが、ビットコインは決済方法として導入されるとアナウンスした。
スーパーマーケットチェーンの「Súper Selectos」の店舗も、ビットコインを使い、受け入れていく方針だ。
さらには、ビットコインビーチと呼ばれる沿岸地域が存在する。ここでは、事業者や地元住民の間で、ビットコイン受け入れに対してより積極的な姿勢が見られる。
その一例が、ビーチ沿いのエル・ゾンテでホテルやレストランなどを展開する「Olas Permanentes」だ。
オーナーのカルロス・オルティス・ノボア(Carlos Ortiz Novoa)さんは、「もう1年以上ビットコインを使っており、それを通じた追加の収入も非常に好調だ」と語った。
不透明感の広がり
ブケレ大統領の提案は、あまりに多くの不透明感を生み出したと、フランシスコさんは述べる。
「ビットコインを法定通貨とするのは、良い考えだったとは思えない。コントロールしなければならない不確定要素が多すぎるが、そのような事態が良い結末を迎えることは決してない。もっとアイディアを成熟させるべきだった」と、フランシスコさんは続けた。
しかし、エルサルバドルへの送金において、ビットコインのメリットをすでに体験する人も出てきている。これこそが、エルサルバドルが米ドルと並んでビットコインを法定通貨とした理由の1つだった。
ロサンゼルスに住むエルサルバドル人のホゼ・サンタネコ(Jose Santaneco)さんは7日、政府公式の暗号資産ウォレット「チボ(Chivo)」を使い始める。
「携帯から家族に送金できるメリットがある。2人の家族に送金しているが、これまでは、2つの別々の手数料がかかっていた」と、サンタネコさん。
以前までは、マネーグラムやウエスタンユニオンを通じて送金していたが、送金手数料が最大で18ドルかかっていた。その後、手数料が7ドルのRia Money Transfer、そして最終的には、4.99ドルのXoomとBossを利用していた。
「しかし、問題が発生することが多く、一度はアカウントを停止されたこともあった」と、サンタネコさんは振り返る。
彼の69歳の祖母は、携帯電話料金を節約するために、ソーシャルネットワークを通じて連絡を取り合おうとスマートフォンの使い方を何カ月にもわたって勉強している。
「チボのような電子送金サービスも、節約になるだろう」(サンタネコさん)
ビットコインで取引した方が安くなるのは分かっているが、なぜ無料になるのかは、サンタネコさんにはよく分かっていない。新しいウォレットを通じて、ドル建てで送金していくと、彼は語った。
「ビットコインをドルに交換するコストがあるのは分かっているが、政府がそのコストを負担するのか、どうやって私たちの負担するコストをゼロにしてくれるのかは分からない」と、サンタネコさんは述べた。
エルサルバドル政府は先週、同国でのビットコインと米ドルとの交換を円滑にするために、1億5000万ドルのビットコイン信託を設立することに合意したと、地元メディアが報じた。
「ビットコインが国内でどのように機能するかについて、公式な情報が十分にないと思う」と、ビットコインに投資し、そこから利益を得ているサンタネコさんは語った。
より深い懸念の理由
ビットコインの普及を進めるには、政府がチボをダウンロードした全員に付与する30ドル相当のビットコインを国民が使うことが不可欠だと、オルティス・ノボアさんは主張する。さらに、ドルへの交換が簡単に行えることも非常に大切だ。
ニューヨーク在住のエルサルバドル人、ホルヘ・コロラド(Jorge Colorado)さんも、ビットコイン法の施行に関して国民が受け取った情報の少なさに警鐘を鳴らす。
「ブケレ大統領の提案は、数カ月前のマイアミでのビットコイナーたちの集まりの場でなされた。英語でのプレゼンだったのだ。その翌日も情報はすべて英語で、国民には、表面的なほんのわずかな情報以外は、しばらく経ってからではないと伝わらなかった」と、コロラドさんは指摘する。
彼はウエスタンユニオンなどのサービスを利用してエルサルバドルの友人に送金を行っており、ビットコインを送金に利用することは考えていない。ビットコイン、イーサ(ETH)、ライトコイン(LTC)、カルダノ(ADA)に投資しているにも関わらずだ。
コロラドさんは、チボ開発の経緯についても懸念している。
「チボウォレットの契約は秘密裏に行われ、入札はなかった。税金が、私的な資金のように扱われたのだ。それを支持することはできない」と、彼は語る。
ビットコインのボラティリティに対処するために、エルサルバドル政府はどこかの時点で、米ドルに対する価値を維持する独自のステーブルコインを導入するだろうと、コロラドさんは考えている。
「政府はそこを明確にしていないが、そうなるだろう」と、コロラドさんは語った。
地元メディアは7月、エルサルバドル政府がサービスへの支払いに消費者が利用できる独自通貨を発行する計画だと報じた。
ブケレ政権は8月、ラテンアメリカのトークン化・ブロックチェーン金融インフラ企業コイバンクス(Koibanx)との合意を発表。アルゴランド(Algorand)ブロックチェーン上に同国のブロックチェーンインフラを開発するためのものだ。
コイバンクスのCEO、レオ・エルデュアエン(Leo Elduayen)氏は、アルゴランドのブロックチェーンはエルサルバドルの法定ステーブルコインに対応できるだろうが、現時点ではそのような計画はないと述べた。
コロラドさんはまた、法案が早急に可決されたことにも不信感を持っている。ちなみにこの法案は、議会で84票のうち賛成62の圧倒的多数で可決された。
「議員らは、(迅速に)法案を可決した。誰も理解していなかったことは間違いない」と、コロラドさんは語る。
エルサルバドルがマネーロンダリングの中心地となることも彼は心配している。
「ビットコインを受け取ったテロリストや国際的なハッカーらが、エルサルバドルに行って資金洗浄を行う可能性がある」と、コロラドさんは指摘する。
「エルサルバドルの経済が破綻するのではないかと心配している。ビットコインの導入は非常にリスクの高い賭けだ。小さな間違いが、大きな犠牲を伴い、多くの人の暮らしに影響を与える悲劇へと発展する可能性があるから問題なのだ」と、コロラドさんは語る。
ビットコインの利用に伴うリスクについて、花屋のドミンゲスさんは「人生においては、すべてにリスクがつきもの。リスクを取らない人は、勝者にはなれない」と話した。
コロラドさんによると、ビットコインの導入について報道したジャーナリストは、政府からの嫌がらせ、攻撃、侮辱的行為の被害にあっている。
「メディアに対して非常に感情的な反応を見せているのは、政府が多くを隠しているからだ」と、彼は語り、ビットコイン導入を声高に批判したコンピューター専門家のマリオ・ゴメス(Mario Gomez)氏の事例を挙げた。ゴメス氏は銀行詐欺の疑いで逮捕されたが、先週釈放された。
「彼は犯していない罪で告訴されると脅されたのだ。検察は彼に対し、公共の場で話をしたり、ソーシャルネットワークで発言をしたり、メディアのインタビューに答えることがないよう『勧告』した」と、コロラドさんは説明した。
自らの実名を公開することを恐れてはいないとコロラドさんは語り、次のように続けた。
「私は国外に住んでおり、ここにいれば少なくとも、当局が夜中に探しに来ることはないだろう」
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:As El Salvador Enacts Bitcoin Law, Locals Remain Confused About Implementation