私たちの世界が抱える問題を解決するには、莫大な資金が必要だ。数兆ドルにも達するようなコスト予測も簡単に見つかる。
軽く資料を調べてみると、アメリカの電力網を脱炭素化するのには4兆5000億ドル(約492兆円)、気候変動の緩和にはアメリカだけでこの先10年間に3兆ドル、そして教育システムの体系的不平等を是正するのには約4兆ドルがかかるという推計だ。
23兆ドル規模のアメリカ経済にとってしても、多額のコストのように聞こえるが、地球を新しいものに取り替えたり、別の惑星に移住するよりは安く済む。
過去を振り返ると、アメリカはGDPの約17〜20%を投資しており、それは現在では年間約5兆ドルほどに当たる。この先10年間、世界で最も深刻な環境や社会の問題に対処するためには、アメリカがその投資を22〜24%近くに、つまり年間でさらに1兆ドル増やす必要がある。
直近の歴史を振り返れば、アメリカにおける投資への意欲は、特に政府を筆頭として高まっているようだが、10兆ドルの上乗せというのは、大半の政治家や有権者にとっては受け入れ難い額かもしれない。
ありがたいことに、資本は不足していない。FRB(米連邦準備制度理事会)が発表する、貨幣流通速度の最も広範な指標であるMZM(流動性預金)によると、アメリカでは記録を開始して以来最もゆっくりしたペースで貨幣が流通している。
その理由の1つは、経済に対する懸念もあるが、資産価格が高く、良好な投資機会が不足しているという見方が広まっているからでもある。
資産がどれほど高く評価されているかの指標として、周期的に調整されるS&P 500の価格/収益率は現在、1999年第3四半期を除き、記録開始以来最も高い水準だ。その結果として多くの資本は、持続可能なリターンを探しながら、様子見をしている状況となっている。
必要な投資と眠った資本の引き合わせ
理論的には、社会を変革するのに必要な10兆ドルの投資と、そのように眠った資本は好相性なはずだ。しかし、現実には投資リターンの可能性と、それを捉える機会に関して意見の食い違いがある。
楽観主義的な意見に耳を傾けるなら、社会や環境の変容に対する投資利益率(ROI)はかなり良いもので、一般的な内部収益率(IRR)は大学教育では6%、実用規模の太陽光発電投資では4〜7%、気候変動への対応では7〜10%となっている。
現実においては、そのようなリターンを獲得するためのハードルは高い。気候変動への対処が好例だ。予防や緩和への投資は、気候変動からの打撃の著しい緩和につながるかもしれないが、恩恵を受けるのは誰か?その恩恵を得るための機会を特定するメカニズムなしでは、リターンの機会は存在しないも同然だ。教育の投資や、再生可能エネルギーも同様の課題を抱えている。
再生可能エネルギーへの投資は加速しており、ソーシャルグッドへの投資の可能性と落とし穴の両方を象徴している。課題の1つは、実用規模の太陽光や風力発電投資の優れた投資機会を見極め、インセンティブや規制上の課題において地元政府と協調し、ある程度のリスクを許容できる辛抱強い投資家を見つける能力だ。
様々な投資戦略が可能であり、ますます頻繁に起こっているが、その途上には複数の障害がある。最も大きな隔たりは、規制遵守の問題と辛抱強い投資家にフィットする機会を見極めるために必要な専門知識にある。
非常に専門的で、局地的なスキルであり、磨くのには何年もかかる。機会を実現し、マッチさせたとしても、完成させて、次なる機会のための資本を確保してから手を引くまでには、さらに何年もかかる可能性がある。
石油や天然ガス、伝統的な大学ローンや災害保険などの既存業界は、1世紀以上にわたって成熟してきた。リスクを比較し、それを抑えるためのデータを山のように抱えている。リターンが低くても、市場にもたらすのにまつわる摩擦は低く、リスクを許容し、理解できる、経験豊富な投資家が大量に存在する。
3つの方法
全般的に、これと同じようなインフラが多くの非常に重要な社会投資においては欠けているか、未発達である。ブロックチェーンテクノロジーは、3つの方法において、その前進を加速させる希望をもたらす。
まずは、リターンをトラッキング、管理、確保する新しい方法にまつわるものだ。スマートコントラクトのロジックは、単独の企業の炭素排出量をトラッキングし、それをオフセット行為とマッチングさせ、2重カウントがないよう検証するといった、過去には大規模で行うのが難しかったことを可能にする。
ブロックチェーンテクノロジーとスマートコントラクト、さらにオラクルと外部監査機関を使えば、製品のライフサイクルのすべてを確認し、その過程で資産トークンに炭素排出量を取り付け、検証可能な炭素排出ゼロの製品を市場にもたらすことができる。何百もの企業が、炭素排出量ゼロを目指すことを誓約しており、これによって、それを実現するための証明可能なメカニズムがもたらされるのだ。
次に、ブロックチェーンによって、過去には不可能、あるいは複雑であった方法で資産を分割することができるようになる。不動産担保証券によって、投資家は証券のプールのリスクの一部を買うことができるようになったが、現実にリスクの評価は主観的なものであった。
ブロックチェーンベースのスマートコントラクトならば、再生可能エネルギー投資を通常のエネルギー生産資産とカーボンオフセットとを別々にトークン化し、一方をローリスクの公共事業投資家、他方を100%カーボンオフセットを誓った会社に提供することが可能だ。データフローとスマートコントラクトが結果を検証し、リターンを分配する。
過去の証券化の取り組みとは異なり、こちらはリアルタイムのシステムデータと、透明性のあるオンチェーンのビジネスロジックで支えることができる。
3つ目として、ブロックチェーン投資家はより良い世界に向けた資金調達に企業が必要としているものを持っている。リスクの許容度の高さだ。
ブルームバーグの推計によれば、2020年には5000億ドルが再生可能エネルギーに注ぎ込まれた。それでは十分ではなかっただけでなく、急にこれほどの規模になった訳でもない。それほどの資本を惹きつけるために、スキルと投資機会の構築に何年もかかったのだ。
教育の機会や気候変動において前進を加速させたければ、投資を見つけることを学び、熟達する必要のあるポートフォリオマネージャーの手に資本を預けることをいとわない、リスク許容度の高い投資家がさらに必要だ。
投資スキルから外部データ検証、スマートコントラクトの適切な構成、投資家に合うようにすべてのピースを1つにまとめるところまで、様々な課題をエコシステムが乗り越えていく中、初期は厳しいものとなるだろう。リスク許容度の高い資本をはやく注入できれば、その学習曲線を平なものにするのもはやくなる。
私は、世界をより持続可能で公平なものにしていくことには、大きなROIがあると考える楽観主義者の1人である。「もし」や「なぜ」やるか、という問題ではなく、どれだけはやくやるか、それで間に合うのか、という問題なのだ。
ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。
※見解は筆者個人のものであり、EYおよびその関連企業の見解を必ずしも反映するものではありません。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:How DeFi Can Help Make Climate Change an Investable Asset