今夏、東京・渋谷の賃貸マンションが「不動産セキュリティトークン」を利用した資金調達(STO)で注目を集めた。そのSTOを手掛けたキーパーソンが9月28日、イベント「セキュリティトークンで激変する『不動産』ビジネスを見通す」に集った。
セキュリティトークン(ST)は、ブロックチェーン技術でトークン化されたデジタル証券のこと。STは不動産業界にどんなインパクトを与えたのだろうか。そしてJ-REITなど、既存の仕組みと比べ、どんな違いがあるのだろうか?
この案件を手掛けた、大手不動産運用会社ケネディクス株式会社執行役員/デジタル・セキュリタイゼーション推進部長の中尾彰宏氏、三菱UFJ信託銀行株式会社プロダクトマネージャーの齊藤達哉氏、そしてアンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業のパートナー弁護士青木俊介氏の3氏が登壇、不動産STの特徴や課題、そして未来を語った。
モデレーターはbtokyo / coindesk JAPANコントリビューターの久保田大海。イベント主催はブロックチェーンのビジネスコミュニティbtokyo membersで、coindesk JAPANがメディアパートナーを務めた。
本イベントの動画は、同サイトで無料視聴できる(要・会員登録)。
J-REITやクラウドファンディングとの違いは?
不動産STが2030年に「2.5兆円市場に拡大する」と予想するケネディクス中尾氏は、不動産STは従来の仕組みに比べて、次のような利点があるとした。
・取引・決済が効率化・自動化され、コスト削減が進む。
・小規模不動産の証券化(マイクロ証券化)ができる。
・セカンダリー売買ができる(売買流動性がある)ので、長期の運用期間を設定可能。
・売買単位を低く設定することで、幅広い個人投資家が参加可能。
中尾氏は、不動産STの特徴を「不動産としての理解や親しみ、手触り感を得ながら、金融の効用である小口化と流動性をミックスできること」と述べた。また不動産STは「ミドルリスク・ミドルリターン」で「高齢化が進む中、ニーズが非常に高い商品」と位置づけた。
会場からは、J-REITやクラウドファンディングとの違いや、そのコストを、より詳しく聞きたいという質問が出た。
中尾氏はJ-REITは上場費用が高くつくため、不動産を束にして1000億円~2000億円のポートフォリオを作らないと成立しなくなっていると説明した。そのため一般投資家は、J-REITのスポンサー名や株価指数に入っているかどうかなど、より金融的な色彩でJ-REITを評価しているという。
一方で、不動産STは上場費用がないため、物件ひとつでも成立可能。投資家にとっては、何に投資をしているのか対象がわかりやすい利点があるという。中尾氏は「老後資金2000万円不足問題が話題になったが、個人投資家が投資する目的は、精神的な安心感を得るためもある」と考えを述べたうえで、「投資対象がわかりやすい個別物件で、資本市場からのノイズが入りにくい不動産STが個人投資家の開拓につながる」と話した。
また、クラウドファンディングについては、「商品性の制約があるため、現状エクイティ(株式)型は提供が厳しく、デット(債券)型になってしまう。また期中の流動性がないので、期間が長くても1~2年と非常に短期になることから、不動産に愛着を持ち、長く持ってもらう商品にはなりにくい。不動産STはそこをカバーできる新しい商品になりうる」と説明した。
コストについては「J-REITのIPOは上場費用をまかなうため、最低でも300億円ぐらいのサイズが必要だ。しかし今回の不動産STOは10分の1以下、約27億円でファンドができた。流動性小口化のコストが、ブロックチェーンを使うことで大きく低減できているということだ」などと説明した。
初案件の特徴は?
同社初の不動産STO(セキュリティ・トークン・オファリング)案件について、中尾氏は(1)投資対象が単一不動産であること、(2)セカンダリーの売買価格が、資本市場の影響を受けにくく動きが緩やかな「不動産鑑定価格」を基準としていること、(3)物件入れ替え想定なしで、最終的には物件売却→ファンドを償還することなどが特徴だと説明した。
今回の対象物件である「KDXレジデンス渋谷神南」は、渋谷駅から徒歩8分、2016年に竣工したマンションで、鑑定評価額は27億4000万円。その半分をトークン発行で資金調達した。分配金は年率3.5%を予想しているという。
参加者からの「なぜケネディクスが先行できたのか」という質問に対し、中尾氏は「ケネディクスがやらなくて誰がやるんだと、トップダウンでリソースをつぎ込んだのが大きい」と語った。
プラットフォーム「プログマ」の強み
今回の不動産STは、三菱UFJ信託銀行が開発したブロックチェーン基盤のプラットフォーム「プログマ(Progmat)」で管理される。
Progmatは、金融取引を支える関係者が相互に連携するための「システムが乗るシステム」で、不動産以外にもさまざまな金融商品をSTとして扱えるという。現在ほふり(※)が担っているのと同じような仕組みを、ブロックチェーン技術によってシンプル化して運用できるのが特徴。現在はプライベートなDLT(分散型台帳技術)を使っているが、今後はオープン化を見込んでいるとした。
(※)ほふり:証券保管振替機構の略称である「ほふり」のこと。株券などの有価証券の保管や受け渡しを簡素化することを目的とする機関で、国内唯一の保管振替機関。
また、将来トークンに「付帯サービス」を付ければ、ファンビジネスにもつなげられるという。「株主優待が欲しいので株を買うようなニーズと、ある意味近いかもしれない」と齊藤氏は語った。
「産みの苦しみ」も
今回のSTO案件について、法的側面のサポートをしたアンダーソン・毛利・友常法律事務所の青木氏は次のように苦労を振り返った。
「最初の案件なので、産みの苦しみがあった。20人以上の弁護士が関与し、契約書や開示書類をゼロから作った」
「『みんなのほふり』を作るため、今までのインフラを使わず、新しいものを作り上げた。証券の受渡し、資金決済の業法の検討も必要だった。関係者は、投資運用業者や信託銀行、それから証券会社と、いろいろと業規制に縛られているので、最初の整理にかなり時間を使った」
一方で、次の案件につながりやすいように、テンプレート化・フォーマット化をテーマに作業を進めたとし、「たとえば有価証券届出書に何を書くかについて、案件によって差が生じないよう作り込んでいる。テンプレができて、どんどんやっていける素地が整った」(青木氏)と、今後の展開しやすさを強調した。
会場からは、不動産STにかかる税金についての質問も出た。
齊藤氏は前提として、セキュリティ・トークン特有の税制はないと説明。今回の不動産STは「受益証券発行信託」という枠組みで証券化したため約20%の分離課税を適用できるとし、「特定口座が使えて、税金計算も証券会社に任せられる。投資商品として優れている」と解説した。
今後の展開は?
中尾氏は「1号案件は14億円規模なので、数百人の限られた方にしか買っていただけなかった」ため、すでに2号、3号案件を進めているとして、次のように明かした。
「わかりやすい手触り感などの観点から、まずは東京にある住宅系の物件を展開していく。来年は少しサイズを上げて、数百億規模の不動産を対象にしたSTも投入していこうと考えている」
「我々以外にもSTの発行準備をしているという話も聞こえてきている。プレイヤーと商品の数が増えてくれば、市場の関心も出て、拡大フェーズになるのでは」
会場からは「セカンダリーマーケットの見通し」についての質問も出た。齊藤氏は「着実に検討を進めている。いまは証券会社内のマッチング機会しかなく、まだ上場並の流動性はない。本来トークンに期待されているのは、隣にいる人にアドレスを教えて、その場で携帯でトークン交換できるような世界観だ。セカンダリーマーケットにいたるロードマップを用意し、着実に進めている」と答えていた。
また、中尾氏は「資本市場の金融商品は流動性が命と言われる。しかし、流動性が高くなりすぎると、投機資金が入ってきてボラティリティが高くなるという問題もある。そうなると、個人投資家の長期資産形成に資するような商品を、STで実現するというコンセプトからは少し離れてしまう。STらしい流動性をデザインしていきたい」と話した。
まとめとして、齊藤氏は「我々だけでなく、法律事務所や証券会社などのパートナーと具体的に検討していく枠組みをST研究コンソーシアムという形で用意している。ゆるい段階から相談いただければ」と話した。
中尾氏は「日本の不動産市場は2600兆円規模。そのうち収益不動産は200兆円以上ある。しかし証券化されているものはそのうち40兆円ぐらい。まだ200兆円ぐらいの収益不動産が証券化されていない。そこから考えると、2030年に2.5兆円規模というのは、誤差みたいなものだ。しかしSTの市場は始まったばかりで小さい。どれだけたくさんの事業者・金融機関が参加いただけるかが大切だ。そのためには競争ばかりではなく、パイを育てる議論、協業が重要になってくる。一緒に不動産ST市場を成長させていければ」と締めくくった。
|テキスト・構成:渡邉一樹