ブロックチェーンはすでに、モノの動きを追跡する企業の能力を高めている。しかし、人々が仕事を体験する方法を追跡するのに使ったらどうだろうか?そうすれば、グローバルなサプライチェーンのダイナミクスに、まったく異なる視点が開けるだろう。
調達の方法を改善し、製品が製造された場所、届けられた方法、届けられた状況についての透明性を企業が高めることを可能にする新興の分散型テクノロジーを使って、ロジスティクスにおけるより効率的な未来を思い描くことは簡単だ。
これには、企業、労働者、消費者にとって潜在的メリットがあるが、課題や潜在的影響を検討することも同じくらい重要だ。
分散化した美しい未来を思い描くクリエイティブな夢想家と、安全に実現させる責任を担った、質問を繰り返す現実主義者との間で、健全なバランスを見つけなければならない。テック企業、政府、コミュニティーが一緒に作り上げることで支える、より公平な未来を作るためには、思慮に富んだ包括的な議論が鍵となる。
労働者の幸福度調査
ここ2年間にわたって、New AmericaとハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院のSustainability and Health Initiative for NetPositive Enterprise(SHINE)、コンセンシス(ConsenSys)、そしてLevi Strauss Foundationは、工場労働者の幸福度を評価するための新しいアプローチを開発するための共同の取り組みを行っている。
SHINEの幸福度調査を、対面あるいはリモートで配備できる安全なブロックチェーンプラットフォームに統合することで、労働者は職場での体験を安全にシェアすることができる。
MVP(実用最小限のプロダクト)である「Survey Assure」が労働者からの調査回答を集計し、イーサリアムブロックチェーンで保護。変更不可能な記録を作成した。システムでは、このように保護された集計データを使い、ほぼリアルタイムで工場の全労働者の意見を反映するような形で、調査結果を視覚的にまとめ上げた。
このアプローチは、典型的なサプライチェーン追跡パイロットではない。ポーランドとメキシコの工場労働者のありのままを反映した匿名調査データが、労働者、企業、人権にとって、大いなる可能性を生み出したのだ。
工場管理者が、投資によって労働者の体験を改善できる部分をよりピンポイントで見出すのに役立った。このような介入と、管理者側によるそれに続くアクションは、離職率や常習的欠勤を低減させると同時に、持続可能で生産的な方法を改善させる可能性を秘めている。
新型コロナウイルスのパンデミックから回復する中、組織が労働者の健康や福祉により重点を置く現状において、このようなソリューションは、これ以上ないほど時宜を得たものだ。コンセプトを安全かつ倫理的にテストするよう最新の注意を図ったが、大規模に実施するのははるかに困難だろう。
今後の課題
今回の実験的パイロットプロジェクトは野心的なものであった。ブロックチェーンはよりメインストリームなものとなるかもしれないが、非フィンテックの用途に活用することは、まだまだ新しい領域だ。
コスト、使いやすさ、データのデジタル化と統合、人材、能力、信頼できるインターネットの確保、調査に必要なハードウェアの不足、サプライチェーンだけではなく労働者の生活にも混乱をもたらした前例のないグローバルなパンデミックなどの課題に直面した。
しかし、イノベーションを困難にするものを特定することには、しばしば見過ごされてしまう真の価値がある。追加のリサーチや構造、投資が必要な場所を検討することを可能にしてくれるのだ。私たちは経験から、サプライチェーンの改善を超えて適用できるシビックテック開発に関して、いくつかの教訓を得た。
デジタルインフラへの投資:高帯域幅のインターネット接続とデジタル化された正確な記録が、主に先進国だけに制限された場合には、ブロックチェーンテクノロジーがもたらす影響は大いに限られたものになってしまう。テクノロジーとデータへのアクセスが、依然として課題だ。データプラットフォームStatistaによれば、世界人口の約40%は、インターネットへのアクセスを持たないままだ。データを正確にデジタル化することには、コストも時間もかかり、何よりも慎重に行われなければならない。ブロックチェーンが、開かれた民主的なテクノロジーとしての潜在能力を完全に発揮するためには、先進国と発展途上国のどちらにおいても相互運用可能だが、保護されたデータへの官民の投資が必要不可欠だ。
安全かつ効果的なアイデンティティソリューションの開発:ブロックチェーンベースのプラットフォームには、ユーザーを認証し、アカウンタビリティを維持するために、統合されたアイデンティティ管理ソリューションが必要だ。検証可能なアイデンティティを提供することで、補助金の分配、土地の登記、金融サービスを含む、政府や非営利団体が提供するサービスの多くはよりアクセスと管理のしやすいものとなり得る。アイデンティティソリューションの開発が簡単ならば、すでに実現しているだろう。新興システムと統合し、エンドユーザーを保護するような安全な身元証明は、法的なアイデンティティを持たない世界で10億人の人たちの暮らしを変容させる可能性がある。
包括的な技術的才能と分野の構築助成:1世代前のコンピューターサイエンスの分野と同様、ブロックチェーンテクノロジーを理解するプログラマーやテック企業は数少なく、彼らは即座に収益性の出るアプリケーションに集中している。この分野が成長するにつれて、公益にかなったものを含め、セクターをまたいだブロックチェーンプロジェクトは、官民連携、フェローシッププログラム、学会や開かれた市民的ハッカソン(開発者が集まり、集中的に開発を行うイベント)などから恩恵を受けるだろう。現在私たちが直面する最も困難で厄介な課題へのソリューションをもたらす可能性をブロックチェーンが秘めていると考えるような新しいリーダーたちを、ブロックチェーンテクノロジーは惹きつけなければならない。
アリソン・プライス(Allison Price)は米シンクタンク「New America」のデジタルインパクト&ガバナンスイニシアティブ(Digital Impact and Governance Initiative)でシニアアドバイザーを務めている。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock.com
|原文:How to Expand Blockchain Beyond Fintech and Into Factories