2021年、世界の暗号資産(仮想通貨)マーケットには、市場参加者を驚かせるいくつものニュースが流れた。
アメリカの機関投資家が続々と市場に参入し、ビットコイン(BTC)価格を史上最高値に押し上げると、DeFi(分散型金融)プロジェクトの勃興は、北米の暗号資産市場を大きく拡大させた。
一方、中国政府の暗号資産・全面禁止はビットコイン相場を急落させ、流通量の拡大を続けるステーブルコインを巡っては、アメリカ政府が規制強化に動くとの憶測が広がった。
NFTブームは北米、欧州、アジア地域で巻き起こり、世界中のトップブランドが独自コンテンツの販売を始め、デジタルアーティストやデザイナーが手がけたNFTは10億円を超えるプライスタグが付いた。
2022年、変化を続けるクリプト市場には、どんなニュースが飛び込んでくるのだろうか?米暗号資産取引サービス大手のKraken(クラーケン)で、日本代表を務める千野剛司氏に、今年のビッグニュースを予想していただいた。
①インフレとビットコイン
千野氏の見立て:2021年から注目されてきたインフレだが、今なお進行しており、2022年も拡大していくのではないだろうか。一部の市場参加者は、米FRB(米連邦準備理事会)がテーパリングを始めるため、インフレは収まってくるのではないかと予想する。しかし、アメリカの状況を見るとそうとも言い切れない。
これがトレンドとして続いていけば、機関投資家によるビットコインを中心とした暗号資産の購入トレンドは継続していくと思っている。より多くのプレイヤーがクリプト(暗号資産)マーケットに参入してくるのが、今年になるだろう。
FRB はCPI(消費者物価指数)を政策目標の指標としている。しかし、実態を表しているのかは疑問だ。象徴的な例として、100均ショップのダラー・ツリー(Dollar Trees)が25セント値上げした。100均が25セント値上げするというのは、大きなニュースだと思っている。他にもウーバーをはじめ、色々なところで消費者に影響する値上げが進んでいる。
アメリカはドルを刷り続けているので、購買力が低下している。そうであれば、原材料の調達でもより多くのドルが必要となる。最終的には、消費者の価格に転嫁されることにならざるを得ない。私の見立てでは、この傾向は今年一年間で収まらず、まだ継続していく。その影響を敏感に感じ取った機関投資家にとっては、クリプトを保有する動機は引き続き強まっていく可能性がある。
インフレ──アメリカのCPIは、2021年を通じて高く推移した。11月は前年同月比の上昇率が6.8%を記録し、約40年ぶりの高いインフレ率となっている(米労働省のデータ)。ロイターの報道によると、米FRBは3月にも、テーパリングを加速する見込みだという。
テーパリング──量的緩和策による金融資産の買い入れ額を順次減らしていくことを指す。出口戦略とも呼ばれ、雇用統計などの指標の改善に一定の成果が上がった時点で量的緩和策を縮小していくことを示す用語として使われる。(野村証券より)
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中央政府・中央銀行の信用リスクを全く取らないとして、ビットコインはデジタルゴールドとしての側面を持ち続ける。その意味では、ビットコインに資金を預けるというのは理解できる。一方で、クリプト業界全体でいうと、ビットコインのマーケットシェアは低下している。
アルトコインに資金がかなり流入しているからだ。機関投資家の中で、ビットコインだけでは資金を受け皿として不十分であるという考え方もある。アルトコインに機関投資家のお金が流入する傾向は、今年も強まっていく。
②イーサリアムの覇権
千野氏の見立て:イーサリアムのバージョンアップによって、ガス代(取引手数料)の問題はある程度解決すると予想している。そのときに、NFTなどで使われているレイヤー2ソリューションにおいて、イーサリアムに回帰するのか、他のプレイヤーが頑張ってイーサリアムの脅威になり続けるのだろうか。
特に注目されているのはソラナだ。イーサリアムキラーとも呼ばれる新しいチェーンがいろいろ出てきていることもあり、イーサリアムの覇権が年内どうなっていくのかという点に注目している。
イーサリアムキラー──イーサリアム・ブロックチェーンのリプレースを狙うスマートコントラクト・プラットフォームを指す。イーサリアムでは、ブロックチェーン上でNFTなどでの利用が進んでいる。
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「ビットコインvsイーサリアム」という情勢も変わってきている。イーサリアム上に乗っているプロジェクトが注目を浴びるにつれて、ガス代が高騰している。要するに、トランザクションの費用が高くなってしまっている。
しばらくは、NFTがマーケットを牽引する起爆剤になるだろう。ソラナは、小さなプロジェクトや個人で使う際の受け皿になっている面がある。イーサリアムのバージョンアップを踏まえて、各プレイヤーがどう行動するのかが面白いポイントだ。
③CBDCとステーブルコイン
千野氏の見立て:CBDC(中央銀行デジタル通貨)の議論の進展とステーブルコインに対する規制のあり方が、注目すべきテーマだ。「ステーブルコインは、CBDCが発行されたら、消えるだろう」という意見もあるが、私は懐疑的だ。CBDCが発行されても、ステーブルコインはなくならないと考えている。
ユースケースを勘違いして議論している方が多い。大別すると、日常決済とブロックチェーン上で動いているデジタルアセットだ。前者はリブラや、米JPモルガン・チェースが発行する「JPMコイン」などが当てはまる。
一方、後者にあたるテザーやUSDCを買い物で使おうと思っている人は多くないだろう。両者はきちんと棲み分けられている。その前提で、議論を進めるべきだろう。
CBDC――中央銀行デジタル通貨のこと。中国では2022 年の北京冬季五輪にも、デジタル人民元が正式に発行されるという観測も出ている。
ステーブルコイン――価格を安定させるために、法定通貨や金などの資産クラスにペッグされている暗号資産を指す。著名なところでは、テザー(Tether)やUSDコイン(USDC)が挙げられる。USDCの発行体であるCentre Consortiumには、コインベース(Coinbase)やサークル(Circle)が出資している。
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デジタル資産マーケットにおけるステーブルコインは、米ドル裏付けがデファクトになっている。金融庁では、デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会が開かれている。ステーブルコインについては、法制化に向けて本腰を入れているようだ。
規制とイノベーションのバランスが重要だ。規制を強めすぎてしまえば、海外マーケットから隔絶されたガラパゴスのマーケットになりかねない。ステーブルコインは、ブロックチェーン上でなくてはならない機能となっている。日本で存在していないことが、エコシステムを完全な状態にできない理由の1つだ。
ステーブルコインを扱えるようにしないと、日本発のプロジェクトがどんどん海外移転をしていってしまう。事実、空洞化が起こってしまっている。
④ゲーミファイ(GameFi)
千野氏の見立て:ゲーム産業におけるNFT活用が進む。ゲーム上で得たアイテムなどを転売・交換したいというニーズは強くある。そこでレアアイテムをゲットした小学生がお金持ちになるようなケースも出てくるだろう。
「アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)」がかなり大きくなっている。Play to Earn(ゲームをすることによって経済的なメリットを受ける)という価値をいろんな人に示したことが大きかった。
アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)――ブロックチェーンを活用したゲーム。「プレー・ツー・アーン(Play to Earn=プレーして稼ぐ)」を実現した。開発会社であるスカイメイビスのチュン・グエンCEOは、暗号資産で最も影響力のある人物のトップ10に選ばれた。
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これまでゲームは、子どもや一部の愛好家が余暇を楽しむという認識だった。ここにきて、ゲームの世界で実質的な経済的価値を得られるっていう時代がやってきている。余暇が経済活動になっていることが、面白い進化だ。
親が「ファミコンするんじゃない」という時代が徐々に変わりつつあって、「塾なんか行かないでいいからゲームやりなさい」という時代がすぐそこまできているかもしれない。
フェイスブックがメタに社名変更した。フィジカルに動けないが、リアルなコミュニケーションを取りたいというニーズが強く意識されるようになった。そうであれば、仮想空間に入って、仲間や同僚と会って一緒に過ごすという時間の使い方に、世界が向かいつつある。
⑤メタバース
千野氏の見立て:いわゆる没入感、リアリティをいかに感じさせるかを、メタバースに着目している企業が考えている。リアルな経験を擬似的にバーチャルの世界でできる環境をいかに作れるか、日本でも真剣に取り組もうという企業が出てきている。
メタバース上の決済では、暗号資産が扱われることになる。特に価値が変動しにくいステーブルコインがリンクしやすいだろう。NFTの決済手段でも、ステーブルコインが主流になっている。NFTマーケットにエントリーするには、ステーブルコインを持っていないと厳しい。
国内のNFTマーケット―メルカリはプロ野球のパシフィック・リーグ6球団が出資するパシフィックリーグマーケティング(PLM)と共同で事業を開始した。また、楽天は今春にも参入を予定。個人間売買ができるマーケットプレイスと、IPコンテンツホルダーがNFTを発行・販売できる独自のプラットフォーム「Rakuten NFT」の開発を進める。
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欧州、北米は、マーケットプレイスのオープンシー(OpenSea)に代表されるようにNFTの取引が急増した。日本では、「日本円を入金して日本円で買います」というサービスにせざるを得ない状況だ。チェーン上ですべて完結したいというニーズはある。グローバルの動きからすると、デジタル化に乗り遅れてしまっている感がある。
|インタビュー・構成:佐藤茂、菊池友信
|フォトグラファー:多田圭佑