2021年に日本で暗号資産(仮想通貨)販売所取引サービスを開始した米最大手のコインベース。三菱UFJフィナンシャル・グループとの決済パートナーシップを締結したことも、金融界で大きな話題を呼んだ。
昨年4月に米ナスダック市場への上場を果たし、暗号資産領域におけるM&A(合併・買収)も積極的に進めている。現在では、2700人を超える社員が働き、世界中で事業を運営する。認証済みユーザー数は約7300万人で、月間取引ユーザー数は約740万人。プラットフォーム上の資産総額は2550億ドル(約29兆円)を超える。
米国では、機関投資家向けの「Coinbase Prime」サービスが拡大を続け、NFT事業も近く立ち上げる計画だ。
大手プラットフォーマーであるコインベースは、世界のクリプト市場をどう洞察しているのか?日本事業の拡大を図る上で、三菱UFJとの取り組み深化やNFT事業をどう構想しているのか?コインベースの日本法人代表を務める北澤直氏に話を聞いた。
マイルストーンを打ち立てた2021年
──2021年、暗号資産のグローバル市場は激変・激動の一年だったと思いますが、北澤さんにとってどんな一年でしたか?
北澤氏:エポックメイキングな一年だったと思います。コインベースグループがナスダックに上場を果たしたこともありますし、日本においても暗号資産交換業の登録を経て、8月に事業を開始しました。
代表的な資産であるビットコイン(BTC)を見ても、毎年そうですが、レベルの違う価格形成をしてきたと思います。暗号資産がさらに一段と、一般の方々に受け入れられるフェーズに至ったのではないでしょうか。
クリプト(暗号資産)ビジネスを専門にやっている会社が、株式市場に受け入れられるということは、大きなマイルストーンになったと思います。
欧米市場と日本とのギャップ
──2021年、欧州の暗号資産市場は拡大し、世界全体に占める割合は最大となり、北米はDeFi(分散型金融)の伸びがけん引して、非常に大きくなりました。一方、日本市場の動きはどうだったでしょう?
北澤氏:特に欧米諸国との比較というところでいうと、引き続き日本の個人のお客様のクリプトに対する興味はあると思っています。
2017年後半から2018年までの間に見られたような熱量というよりは、一般の方がもう少し落ち着いた感じで暗号資産というものにリビジット(再訪問)しているという一年だったのかと。
2018年初頭を皮切りに、日本固有の事情として、例えばハッキングや法改正がありました。業界全体としてもう一度、積極的にお客様に、例えば、マーケティングをしたりだとか、認知度を上げる取り組みを進める時期が来ていると思います。
ハッキング──2018年、暗号資産交換業者のコインチェックから580億円相当の暗号資産「NEM」が不正に流出した事件が起きた。警視庁は2021年1月、約190億円分のNEMを別の暗号資産と交換したとして、6人を組織犯罪処罰法違反容疑で逮捕、25人を書類送検している。
法改正──暗号資産取引を規制する法律には、「資金決済法」と「金融商品取引法」がある。国が法整備を進めてきた中で、2020年5月の法改正は国内の暗号資産取引サービス業界に大きな影響を与えた。暗号資産は、株や投資信託と同様の「金融商品」として扱われるようになり、その正式名称も「仮想通貨」から「暗号資産」となった。
米国の年金基金、ファンドの市場参入
北澤氏:日本と欧米を比較すると、機関投資家による市場参入の面で、大きな違いがあるのは確かです。米国では、年金基金やヘッジファンドなどの機関投資家、特に大きな資金を預かって運用する人たちが相当程度、クリプトマーケットに参加してきています。
アジア市場を見ると、シンガポールでは、欧米に類似したトレンドが現れていると思います。それに対して、日本ではまだまだ機関投資家というか、企業による積極的な投資は見られないです。
しかし、世界の潮流を考えると、私個人的な見解として、日本の伸びしろは十分にあるだろうと感じます。
米国の機関投資家による市場参入:北米の年金基金やヘッジファンド、大学基金が資金の一部を暗号資産に投資するニュースが報じられている。テスラ(Tesla)とマイクロストラテジー(MicroStrategy)は2021年、ビットコイン(BTC)の購入・保有を継続する米企業として注目を集めた。また、ヒューストンの消防士年金基金は10月、ビットコインとイーサリアム(ETH)に2500万ドルを投資したと発表。米国の公的年金による初の暗号資産購入と報じられた。
グレイスケール(Grayscale Investments)は米国を代表する暗号資産ファンドの運用会社で、適格投資家を対象にビットコインやイーサリアムなどの価格に連動する複数の投資信託を運営している。同社が運用する資産残高は10月現在、550億ドル(約6.2兆円:同社HPより)。
急成長させたアメリカ、中国は禁止令
──2021年は、世界の暗号資産市場にとって、明らかに激動の1年でした。中国は暗号資産のマイニング事業や取引を非常に厳しく規制する一方で、アメリカの市場は急拡大しました。ビットコイン先物ETF(上場投資信託)が米証券取引委員会(SEC)に承認され、アメリカでは初めて証券取引所に上場されました。
北澤氏:クリプト(暗号資産)を基盤とする金融商品が正面切ってレギュレーター(規制当局)に認められるということは、ポジティブなニュース以外の何者でもないですね。
やはり実態経済を巻き込んで、クリプトというものが成長して行かないと、真の変革はなかなか起きにくいと思っています。
既存の法的枠組みに照らし合わせて、そこでお墨付きを得ることは非常に大事なことです。一方で、クリプトはクリプトの特有性というものがあります。単に、すでにある枠組みにそのままはめていくという話でもないのかもしれません。
日本は先立って暗号資産のルール化を進めてきました。果たして今後どうやってクリプトの導入を促していけるかは、大きな課題の一つだと思っています。
米国初:米資産運用会社のプロシェアーズ(ProShares)は、ビットコインの先物に連動するETFを開発。SECの承認を受け、昨年10月19日にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場、取引が開始された。
北澤氏:コインベースは、最も信頼性の高いプラットフォームとしての役割を最重要と考えています。当然、レギュレーション(規制)との整合性を非常に重視しております。そういった意味でも、我々は中国における事業を行っていません。
しかし、地政学リスクが突然、暗号資産市場全体に影響を及ぼすという事自体、リスクとしては低減させるべきだと思います。例えば、マイニング施設の相当数が突然、局地的に集中してしまうようなことがあれば、それは地政学リスクにつながるでしょう。
中国のマイニング事情:中国政府は2021年、国内におけるビットコインのマイニング事業を禁止。中国はマイニングにおける支配的立場を失った。世界のマイニング(採掘)速度を示すハッシュレートは一時、大幅に低下した。その後、中国で稼働していたマイニング事業者は、施設を国外に移し、その多くが米国に移動。10月までに、アメリカは世界最大のビットコインマイニングの地となった。
Coinbaseが日本の投資家に伝えること
──激動の2021年を経て、コインベースが2022年に日本で注力する事とは何でしょう?
北澤氏:日本の暗号資産の現物市場が次のレベルに移行するために、コインベースができることがいくつかあると思っています。例えば、日本の方々が暗号資産のそれぞれのアセットのユースケースや、それぞれのブロックチェーンの開発目的や役割について、もっと理解できるような取り組みを強めていきたいと思っています。
クリプトアセットは数多く存在します。希少性や新規性だけが注目されて、時に価格が急上昇することは以前から起きています。それぞれの目的や役割を持つブロックチェーンプロジェクトのネイティブトークンである暗号資産の価値は、その本質的なところで値付けされるべきだと思っています。
今は残念ながら代表的な資産であるビットコインを頂上にして、それ以外のものがなぜか同じような相場トレンドで動いていることが多いように思います。
暗号資産価格が実体経済におけるマクロ的ニュースの影響を受けつつも、それぞれのミクロ的な動きによって変動するべきではないでしょうか。
株式市場を例にとってみると、トヨタ株とAppleの株は、セクターもセグメントも異なり、それぞれの会社がやっていることも異なります。投資家は、それぞれの会社のことや、業界のことを学びながら、投資活動を行いますね。
我々には、クリプトの世界と法定通貨の実態経済の世界を行き来できる架け橋的なプラットフォーマーとしての役割がありますが、もう1つ価値を見出すとしたら、コインベースでクリプトのことを知ることができる役割があると思います。メディアと少し方向性としては似ているところがあります。
三菱UFJとのパートナーシップを深化
──三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)はコインベースの株主でもあり、日本においてはコインベースの決済部分におけるパートナーでもあります。今後、MUFGとの提携関係はどう深化していくのでしょう?
北澤氏:今現在、具体的な話があるわけではないですが、少なくとも大切なパートナーとして、いろんな関係性を模索したいと思っております。
まずはスタートしましたという話なので、これから何ができるか、お互い可能なことは何かということを含めて検討しているところです。
(MUFGとの連携は)日本のクリプト業界にとっても好影響を与えたと思っております。MUFGさんがクリプトと直接的な接点をお持ちになったことは、これまでなかったと思います。
日本でも有数のいわゆるコンサバティブな金融機関、ある意味プログレッシブですけれども、金融機関がやったということは業界全体にとって良い話だったのではないでしょうか。だからこそ引き続き、リレーションシップを深めていきたいと思います。
銀行口座を保有しながら暗号資産取引を望まれる方や、当社に取引口座を作りたいという方はまだまだ多くいらっしゃいます。そういった方々にどのような方法を提供できるかは、我々としては施策があるように思います。
コインベースとMUFGのパートナーシップにより、三菱UFJ銀行で口座を保有するユーザーはインターネットバンキングを通じて、コインベースのサービス上で法定通貨をコインベースの口座に簡単に入金できる。三菱UFJは2016年に、傘下のベンチャーキャピタルを通じてコインベースに出資している。2社は、コインベースの知見と技術を生かした国際送金などを含む広い分野での連携を模索してきた。
日本の機関投資家向けサービスの構想
──コインベースは米国では、機関投資家向け事業が非常に大きいですね。機関投資家の需要があればの話だとは思いますが、日本市場でも今後、機関投資家向けのサービスは重要な事業の柱になるのではないでしょうか?
北澤氏:そこは本当に需要次第ですよね。
私個人として1つあるのは、流動性と成熟性というところで機関投資家の市場参加が必須だと思っています。そうなってくれば、暗号資産の派生商品も含めて、いろいろなやり方や、ツールなどを提供できるようになります。
世界のトレンドを見れば一目瞭然ですから、日本の機関投資家による市場参加はいずれかのタイミングで起きてくるのではないでしょうか。もちろん、新しい資産クラスに対しては、コンサバティブにならざるを得ないのが機関投資家です。
そういった意味で、まずはハッキングなどの事故を起こさず、市場の信頼というところをしっかり作っていくことが重要です。断続的にそのようなことが起きていると、投資家がいろいろなリスクを考える中で、暗号資産や取引所に対する信用が失われてしまいますよね。
それこそ3年、5年のタイムスパンで、一定量の暗号資産をオルタナ資産として保有する上で、そのリスクがある程度許容できる性質であるというところが整備できれば、(日本の機関投資家の参入は)あり得る話だと思います。
日本でCoinbase NFTは始まるか
──コインベースは10月にNFTの取引事業計画を発表しました。日本ではどのようなスケジュールで進められていくのでしょう?
北澤氏:まだ詳細は決まっていませんが、まずはアメリカから始まります。
もちろん、日本でもNFTのファンが増えてきていることは理解しております。我々はクリプトに関連する全ての事業のプラットフォーマーになろうとしているので、NFTとは何であるのかであったり、安心して取引できるものかといったことを含めて投資家に伝えていく必要があると思います。
コインベースとしても、私個人としても、日本でしかるべきタイミングでスタートできればと考えております。
コインベースは開発速度が速いテクノロジー企業ですが、レギュレーター(規制当局)との議論などをしないままに、既成事実をまずは作ってみましょうということをする会社ではありません。
現時点で、NFTに関する確固たる法律や規制があるわけではないですが、プラットフォームとしてどのような法的な枠があるのかであったり、サステイナブルに日本のお客様に提供していくのかというところを、まずは整理するべきと思っています。
コインベースは2021年、日本で暗号資産の販売所という形でスタートしましたが、グローバル全体では世界中のお客様に使っていただいているサービスが多くあります。今後、タイミングを見ながら、可能な限り紹介していきたいと考えています。
|インタビュー・構成:佐藤茂
|取材協力:菊池友信
|フォトグラファー:多田圭佑