もしかしたら私たちは皆、重要なポイントを見逃していたのかもしれない。
2020年の2月、NBAロサンゼルス・レイカーズとヒューストン・ロケッツの試合で、レブロン・ジェームズ選手がコートを駆け抜け、ダンクを決めた。それも、単なるダンクではなかった。
約20年前、同じゴールドのユニフォームを着たコービー・ブライアント選手が決めたダンクと奇妙なほどに似たダンクだったのだ。コービー・ブライアント選手が亡くなってから、わずかひと月ほどのことだった。そしてこのダンクは、「追悼ダンク」と呼ばれるようになった。
その追悼ダンクは、価値ある資産となった。NBAプレーのハイライトをNFTとしてコレクションするゲーム「NBAトップ・ショット(Top Shot)」において、4月に「モーメント」と呼ばれるNFTになった追悼ダンクは、38万7000ドルという記録的な価格で売れたのだ。メディアは、この破格の値段にばかり焦点を当てて、報道を繰り広げていた。
しかし、内部の人間たちは別のことに気づいていた。「メディアは高額な値段ばかりに関心を寄せていたが、私たちはそのようにして勝利を収めるのではない」と、トップ・ショットを手がけるダッパーラボ(Dapper Labs)の最高技術責任者ディエター・シャーリー(Dieter Shirley)氏は語り、「私が最も誇りに思っていた数字は、弊社のウェブサイトに同時にアクセスしていた人数、40万人だ」と続けた。
シャーリー氏と、ダッパーラボの共同創業者兼CEOロハム・ガレゴズロウ(Roham Gharegozlou)氏にとっては、高騰する売上ではなく、メインストリームへの普及が大切だったのだ。
ユーザー数は増加を続けた。NBAファン、選手、GMさえもが、トップ・ショットに夢中になった。
例えば、ニューオーリンズ・ペリカンズのジョシュ・ハート選手は、1日に何度も値段をチェックする。「俺のスクリーンタイムは、トップ・ショットのせいでずっと増えてしまった」と、彼は米メディアのザ・ヴァージ(The Verge)に語っている。
他にも、サクラメント・キングスのタイリース・ハリバートン選手は、自分のモーメントについてツイートするのが大好きで、「俺のシュートのモーメントがトップ・ショットで1000ドル以上の値をつけている😭😭この前自分で買おうとした時は、400ドルくらいだったのに。信じられない」とツイートしたこともある。ハート選手のガードをすり抜けてダンクを決めたルディ・ゴベール選手は、「これはトップ・ショットのモーメントにぴったりだ」と冗談を言っている。
ユーザー数が増加する中、最も大切な数字は10万ドルでも38万7000ドルでもなく、数百万単位となった。120万人以上がトップ・ショットを利用し、暗号資産(仮想通貨)の歴史において、最も幅広く使われたアプリケーションの1つとなったのだ。
それは始まりに過ぎないのかもしれない。「スポーツファンでいることの体験はまだデジタル化されていない」ため、「スポーツファンの体験に革命を起こす市場には、1000億ドル規模のチャンスが眠っている」とガレゴズロウ氏は語る。
ダッパーラボは、スポーツのデジタル化をスタートさせた。そして今では、そのパートナーはワーナーミュージックグループから、人気絵本シリーズを手がけるドクター・スース・エンタープライズに至り、世界のあらゆるものが、次なるターゲットとなり得る。
しかし、始まりは猫だったのだ。
未来はニャンニャン
時は2017年の夏。ガレゴズロウ氏は当時、カナダのバンクーバーにある、自称「スタートアップを築き上げるスタートアップ」、アクシオム・ゼン(Axiom Zen)の共同創業者兼CEOだった。彼は、拡張現実(AR)やバーチャルリアリティ(VR)、ブロックチェーンといった新興テクノロジーに重点を置き、ゆくゆくはアドビやグーグルといった顧客の利用する製品を開発するようになっていく。
ガレズゴロウ氏は、ブロックチェーンは可能性を秘めていると感じていたが、その力をどのように活かせば良いか、分かりかねていた。彼はブロックチェーンテクノロジーが、アクシオム・ゼンの顧客となるような人たちにとっての「プラットフォームリスク(既存プラットフォームに依存した場合、そのプラットフォームの変化や消失に伴うリスク)」を取り除いてくれることを願っていた。
「私たちの製品を使って開発をしたがらない人たちは『これは私が独占的に所有する情報であり、それに関してあなたたちの会社に依存したくはない』と言っていた」とガレズゴロウ氏は説明した。それは、アクシオム・ゼンに限った問題ではなかった。データ盗難や、APIの変更、破損の可能性など、すべての第三者プラットフォームに共通する問題だったのだ。
例えば、ガレズゴロウ氏のプロジェクトの1つは、オープンソースプラットフォーム「GitHub」上に築かれたゼン・ハブ(Zen Hub)と呼ばれる共同作業のためのツールだった。「そのAPIが変更されるたびに、私たちの製品の中のものも壊れてしまう。私たちは、プラットフォームリスクを非常に身近に感じていた」とガレズゴロウ氏は説明した。
レブロン・ジェームズ選手のダンクが、購買意欲を掻き立てる「シズル感」であるとしたら、ガレズゴロウ氏にとっては、ブロックチェーンが持つ分散化とオープンな可能性こそが、「ステーキ」本体なのだ。
「それこそが私にとっては、クリプト(暗号資産)である」と彼は語り、クリプトとは単に「トークンやコレクション品ではなく、(中略)新しいタイプのコンピューターだ。史上初の、永続的で、信頼でき、生みの親のコントロールを離れたところで存在できるソフトウェアなのだ」と続けた。
そのような考えは、ガレズゴロウ氏特有のものではない。暗号資産界の多くの人が、同じような魅力を感じている。しかし、具体的で面白く、ましてやおどけているものでそのような魅力を具現化しようというのは、ガレズゴロウ氏のアイディアだ。
彼がビットコイン上に何かを築こうと考えていた2014年、アクシオム・ゼンでの部下の1人、ディエター・シャーリー氏が、イーサリアムに答えを見つけたのだ。(アップルの元エンジニアのシャーリー氏は、ビットコインの金融面のユースケースにはあまり興味がなかったが、イーサリアムネットワークのスマートコントラクトを見たときに、「これは面白くなってきたぞ」と感じた)
しかし、イーサリアム上に何を築いたら良いだろうか?何が理に適っているか?チームはひと月にわたってアイディアを出し合った。
不動産や保険はどうだろうかと考えた。採掘も検討した。ビットコイン採掘(マイニング)ではなく、「地面の下を掘っていく方の、実際の採掘」だとシャーリー氏。大半の採掘企業は装置を所有していなかったため、現金を第三者に預託する必要があったからだ。
しかし、どのアイディアもピンと来なかった。ある日、またしても成果の上がらなかったブレインストーミングを終えた時に、シャーリー氏の同僚マック・フラベル(Mack Flavelle)氏が彼に向かって、「ブロックチェーンには猫だ」と言った。
「一体どういう意味だ?」と聞き返すと、
「分からない」とフラベル氏。「だけど、なんとか方法を見つけなければ」
ガレゴズロウ氏はまもなく、インターネット猫を作り出す奇妙なプロジェクトに、ひと夏を費やす許可を4人のスタッフに与えた。残りのメンバーはキム・コープ(Kim Cope)氏とレイン・ラフランス(Layne Lafrance)氏。ラフランス氏は香港での仕事を辞めて、アクシオムに加わったばかり。バンクーバーに到着し、出勤初日に他のメンバーから「ブロックチェーンに猫を使おうと思う」と聞かされた。
「大賛成」と、彼女は即座に答えた。「ブロックチェーンに猫ね」と。
誰もそんなことを試したことはなかった。スタンフォード大学で生物科学の修士号を取得したガレゴズロウ氏は、「生物としての私たちが理解できる」何かでブロックチェーンを切り開くというアイディアを気に入っていた。
「分散型台帳」では退屈だ。猫なら楽しめる。メインストリームに躍り出た主要暗号資産プロジェクトの2つ、ドージコイン(DOGE)とクリプトキティーズ(CryptoKitties)が、犬と猫をテーマにしたものというのは、偶然ではないのかもしれない。
「私たちは、ブロックチェーンが未来だと信じているが、ブロックチェーンは、コンピューターの世界を作る0と1の羅列と同じくらいに、近寄り難いものだ」と、当時発表されたクリプトキティーズの声明には記されている。「私たちは未来を築こうとしているのではない。私たちは未来を楽しもうとしているのだ。未来はニャンニャンだ」
2017年の夏、シャーリー氏を始めとするチームは、カナダで開催されるハッカソン(開発者たちのイベント)「ETHWaterloo」にアルファバージョンを持っていくために、開発作業を進めた。
「フロントエンドは本当に粗末なものだった」と、ガレズゴロウ氏は振り返る。ポケモンカードを集め、それに猫の画像を載せ、イベント参加者たちに配った。「猫のコレクションカードだ。ポケモンの猫バージョンだ」と言って。
ここで、些細だが非常に重要なポイントを1つ。このアルファバージョンは、テストネットワーク上にあり、金銭は関与していなかった。猫を飼うのにお金は必要なかったし、お金儲けをすることもできなかった。「メリットはなかった」とガレズゴロウ氏は語り、「資産が価値あるものになることは決してなかったのだ」と続けた。
しかし、そんなことは大切ではなかった。いや、その次に起こったことがさらに素晴らしいことであったという意味では、あるいは大切だったのかもしれない。ハッカソンでは、醜い猫たちが大人気を博したのだ。
「猛烈な人気だった」とガレズゴロウ氏。初期ユーザーデータを分析した後、彼はすぐにチームを12名に増員した、しばらくして、さらに18人に。2017年の感謝祭での一般公開に向けて、全力疾走だった。
そうして彼らは、イーサリアムをパンクさせた。クリプトキティーズの広まりはあまりに急速で、イーサリアムのトラフィックは6倍に急上昇。ネットワークは渋滞し、ユーザーたちは不平を漏らした。
「起源となった最初の猫」は11万3000ドルで売れたが、今となっては割安に思えるほどだ。しかしこのような派手な売り上げは一部では嘲笑され、皆に理解された訳ではなかった。
「まったくもって具体的な有用性を持たない資産を購入するために、具体的な有用性をほとんど持たないイーサを使っている人たちがいるのだ」と、テックメディアのTechCrunchは当時報じた。「2017年のインターネットの世界にようこそ」と。
クリプトキティーズはダッパーラボに、3つの教訓を残した。まず、最も分かりやすいことだが、イーサリアムは「大衆への普及に必要な水準で」スケーリングすることはできないということだと、猫を膝に乗せてZoomインタビューに応じたラフランス氏は語った。(彼女はいまだに、テストネットの頃の最初のクリプトキティーを保有している。その名も「ザ・ファースト」だ)
2つ目の教訓はもっと繊細なもので、もしかしたらより重要なもの。オンボーディングは悪夢のように大変なものだということだ。「初めて何かを試す人に、パスポートをアップロードするように求めるのは、あまりにも大きなハードルだ」と、ラフランス氏は説明した。
まず、コインベースでアカウントを開設する必要があるが、承認には1週間かかることもあった。そしてメタマスク(MetaMask)から、Chromeの拡張機能ウォレットをインストールする必要がある。
「この業界で仕事をしていない人の大半は、Chromeの拡張機能が何かを知らない。普通の人々にとっては、面倒が多過ぎた」とコープ氏は語ったが、そこにさらに、イーサリアムの取引手数料ガス代も加わるのだ。
そして教訓の3つ目。「デジタル資産の可能性とそれが意味するところについて、人々は興奮していたけれど、それを自分の生活にどのように適用すれば良いかは分かっていなかった」と、ラフランス氏は語る。クリプトキティーズは可愛い、それなりに。しかし大半の人は、とりわけ暗号資産分野以外の人は、そんなことはどうでも良いと思っていた。
ダッパーラボでは、人々の心に真に語りかける何かを必要としていた。もっと個人的なもの。すでに人々が知っていて、愛されているもの。すでに知的財産権が生じているもの。
アリウープ(シュートの1種)にダンク、ノールックパス、そして世界に20億人のファンを抱えた何かだ。
父譲りの熱心な努力とフローの誕生
NBAにラブコールを送るまでのガレゴズロウ氏は、常に「まとまりのない、小さなもの」と彼が呼ぶところのものを作ってきたが、それは子供時代に始まった。
イランの首都テヘランに生まれ、6歳の時に家族でドバイに引っ越し。高校時代はパリで過ごし、大学はスタンフォードに通った。「6年以上同じところに住んだことがなかった」と、英語、フランス語、ペルシア語を流暢に操り、イタリア語とスペイン語の会話もこなすガレゴズロウ氏は話した。
引っ越しを繰り返す子供時代は、仲良くなった友達との別れの連続でもあった。彼は退屈していた。「インターネットに、どんな人がいるか覗いてみようと思った」と、彼は振り返る。そして、11歳で初のオンラインビジネスを立ち上げた。それは1990年代半ばのこと。AOLとインスタントメッセンジャーの初期であり、映画『ユー・ガット・メール』の世界だ。
ガレゴズロウ少年は、犬についての情報をシェアするウェブサイトを作り上げた。(アイリッシュセッターを飼っていたので、そこからヒントを得たのだ)当時新進気鋭のAmazon.comというウェブサイトのアフィリエートリンクも追加した。
「初期の頃で、コンテンツはほとんどなかった」と、今では白髪混じりのヒゲをたくわえたガレゴズロウ氏は振り返る。少年は自分のウェブサイトを、ヤフーの「ペット」セクションに申請した。大抵のウェブサイトは承認される時代であり、競争相手はほとんどいなかったために、「トップ10に入るだろう」と見込んでいた。
彼の両親は息子のやっていることにまったく理解を示さなかった。「父親が部屋にやって来て、『何やってるんだ?まだインターネットで遊んでるのか?そんなものでどうやってお金を稼ぐんだ?』と聞いてきた」と、ガレゴズロウ氏。
父親は「何もないところから身を起こした」たたき上げの人であり、14歳で学校を中退し、家族を支えるために道でガムを売っていたと、彼は説明した。父親はガム販売をケータリング事業へと成長させ、輸出入事業も成功させた。ガレゴズロウ氏は、自らの労働倫理は父親譲りであると語った。「父親はとにかく、ひたすらに仕事に打ち込み続けていた」と。
そこで11歳のガレゴズロウ少年も努力を続け、犬、鳥、猫、さらにはドバイやイラン、パリなど各地の情報を紹介するウェブサイトを生み出した。「私が子供なんて誰も知らなかった。インターネットだったのだから」と、彼は語る。
そのような子供時代の精力的な活動がゆくゆくは、アクシオム・ゼンの立ち上げへとつながることになった。彼はシャーリー氏を雇い、チームを拡大させ、それがダッパーラボへと進化していくことになる。
そしてまもなく、その変化は正式なものへ。クリプトキティーズの爆発的成功の後、ガレゴズロウ氏はその勢いで100名のアクシオムのうち50名を率いて、ダッパーラボという新会社を設立したのだ。ブロックチェーンだけに特化した会社であった。
「暗号資産に、事業を賭けたのだ」と、ガレゴズロウ氏は語る。「大きな、とても大きな賭けだった」と。それは彼の仲間を困惑させた。「ここ3〜4年間のうちの大半は、友達に『おい、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)ってやつをやってるんだろ?どうかしちゃったのか?』と聞かれてきた」と、彼は語る。
ダッパーラボの設立は2018年3月。4月には、NBAへのラブコールを開始した。ガレゴズロウ氏は少なくとも3つの理由から、そのパートナーシップが妥当なものと考えていた。
まず、NBAの若いファン層はゲームのハイライトに興味を持っていた。そして、トレーディングカードは大人気だった。(さらに実際のカードとは異なり、トップ・ショットのスマートコントラクトによって、二次的販売による売り上げの一部もNBAに流れ込む)そして、「先見の明がある」とよく賞賛されるNBAオーナーたちはすでに、ゲームを受け入れていた。
「NBA、NBAプレイヤー、NBAオーナーたちは、こういったものにとても精通していた」と、ガレゴズロウ氏は説明し、「デジタル資産の中にあるゲーマー的精神を見抜き、そしてすでに、1年に1000億ドル近くの規模の市場であることも理解していた」と続けた。
NBAとの合意締結には、1年以上かかったが、その大半は、法律や運用面での質問に答えることに費やされたと、ガレゴズロウ氏は説明する。顧客やファンの観点からは、「最初からスラムダンクだった」と、彼は語った。
コンセプトと、それを実際に形にすることは、まったく別物だ。今では数少ない「NFTのベテラン」となったシャーリー氏、ラフランス氏、コープ氏は、クリプトキティーズから学んだ2つの大切な教訓を活かさなければならないことを理解していた。1) スケーリングできるようにすること、そして2) 簡単にすることだ。
最初の問題に対処するためには、イーサリアム以外のものを使わなければならないことを、シャーリー氏は理解していた。彼らは、代わりのオプションを探した。100以上のホワイトペーパーを読み込み、イーサリアムに代わる20のプロジェクトと話をした。
「しかし、高品質で、消費者と直接やり取りするアプリケーションを作ることを視野に入れてブロックチェーンを開発している人は誰もいなかった」と、シャーリー氏は語る。
既存のブロックチェーンプロダクトを使う計画だった。そうしたかったのだ。「ロハム(・ガレゴズロウ氏)に、ブロックチェーンを開発することはしない、と言ったのを覚えている」と、ラフランス氏は語り、「みんながブロックチェーンを開発している。何か解決策を見つけてみせると誓う、と伝えたのだ」と、続けた。
しかし結局彼らは、独自ブロックチェーンを開発することになった。フロー(Flow)の誕生だ。
フローは高速でスケーラブル、そして安価になるよう作られている。そのために彼らは、ブロックチェーン「ノード」の役割を考え直した。イーサリアムを始めとするその他のブロックチェーンでは、すべてのノードが常に、システムの完全性を検証している。
一方、フローでは、ノードが4つの専門的な役割に分類される。コレクターノード、実行ノード、検証ノード、コンセンサスノードだ。これで、劇的にスピードが高まった。
フローに批判的な人たちは、中央集権化され過ぎていると言うが、ダッパーラボは、同社がコントロールしているノードは全体の3分の1未満であり、システムはより大きなコミュニティのために作られている、と語る。
「フローは私たちのためだけのものではない」と、シャーリー氏は言う。「フローは、完全に作り直されたブロックチェーンであるということを人々は分かっていないのだと思う。私たちがフローを作った理由は、他の人たちがフローの上で開発をできるようにするためだったということも」
そしてそれが、現実になり始めている。ダッパーラボによれば、フローの上で開発を行う開発者たちは5000人に及び、Ballerz、Blockletes、Raribleといったプロジェクトが生まれている。ヒップホップアーティストで、コミック本マニアのメソッド・マンは、フローを使って、「Tical World」という名の、NFTが支える「コミック・ユニバース」を生み出している。
コストに関して言えば、当記事執筆時点で、イーサリアムの平均ガス代は128ドル。対するフローのガス代は、1セントにも満たない。
現実世界とデジタル世界
フローがスケーリングの問題を解決した。しかし、クリプトキティーズの教訓である、もう1つの大問題、オンボーディングはどうだろう?
ガレゴズロウ氏は決断を迫られた。2018年の当時、一般的な社会通念、そして暗号資産界の考えは、支払いの受け取りにおいて、プロジェクトは「ノン・カストディアル」なアプローチをとるべきというものだった。「あなたの鍵でなければ、あなたのコインではない」というフレーズに集約されている通り、ユーザーは自らのウォレットと秘密鍵を完全にコントロールするべき、ということだ。
ダッパーはその正反対に向かった。
「どのような見た目、どのような使い心地にする必要があるか?」と、コープ氏を始めとするチームは自問し、「結局のところは、すでにユーザーたちが慣れ親しんでいるものと似た体験にする必要がある」と考えた。つまり、オンラインショッピング、eコマースということだ。マウント・ゴックス的ではなく、アップルのように。
「時間をかけて教育をして、暗号資産の世界に引き込むことはできる。(中略)しかし、最初から暗号資産を前面に押し出してしまったら、すでに潜在的顧客を失ってしまったも同然だ」と、現在ではダッパーのプラットフォーム・プロダクト責任者を務めるコープ氏は語る。
シードフレーズ(ウォレットへのアクセスを回復するための単語リスト)?そんなものは無し。クレジットカード?受け付けます。(ダッパーでは、NFTの購入や保管のために、暗号資産的でノン・カストディアルな方法も提供しているが、ほとんどの人がそれを利用してはいない)
私は、初めてトップ・ショットを買った時、ストップウォッチで時間を測っていた。ゼロの状態(アカウントもなし)から、最初のトップ・ショットのパックを手に入れるまで、わずか2分45秒しか掛からなかった。
そこには、お気に入りのチーム(ヒューストン・ロケッツ)を選び、支払いオプション(クレジットカード)を入力し、二要素認証を有効にすることが含まれていた。アマゾンでの買い物と同じくらい、スムーズに済んだ。私が買ったスターターパックの値段は、9ドル85セントだった。
そうして手に入れた、揺れ動くアニメーションのついたパックは、魅力的だった。音楽も流れる。開くカードを3つ選ぶのだが、スクラッチ式の宝くじを削るみたいだった。まずは、アンドリュー・ウィギンズ選手のダンク、次にファクンド・カンパッソ選手のレイアップ、最後にケリー・オリニク選手のダンクを開いた。
ユーザーインターフェイスのすべてが、精密に作り込まれている。デザインの過程でインスピレーションを得るために、トップ・ショットのプロダクト責任者アーサー・カマラ(Arthur Camara)氏とチームは、コレクション品を買い集めた。ベースボールカード、ポケモンカードなど。バンクーバーのオフィスで、交代でパックを開き、ユーザー体験を実感した。
ユーチューブで、パックを開ける時の動画も見た。クリプトキティーズには、開けた時の驚きの「わぁ!」という瞬間が欠けていることは、自覚していた。それを直すつもりであった。
例えば、トップ・ショットの一部のパックでは、パックを開き、モーメントがまだ封印されている時には、最も貴重なミステリーカードの上に「影」が現れる。「ユーザーはそれをすごく気に入っている」と、カマラ氏は語る。
その細かい仕掛けは、昔ながらのトレーディングカードを開けると、その中の1枚が異なる色のフィルムに入っていて、それを最後に取っておく、というスタイルにヒントを得ている。トップ・ショットでも同じことだ。ダッパーラボで広範なテストを実施したところ、オフラインでのベースボールカードの世界と同じように、ユーザーたちがその特別な影を、最後のお楽しみにとっておくという結果が得られた。
暗号資産純粋主義者は、カストディアルなアプローチに難色を示すかもしれないが、ワシントン・ウィザーズのスペンサー・ディンウィディー選手は、そのような使いやすさこそが、急速な普及の大きな理由であると考えている。
ダッパーラボは高級なテクノロジーと、プロスポーツの魅力を、「大規模な消費者行動のシフトを引き起こさない形」で融合させたと、ディンウィディー選手は指摘し、「ブロックチェーンはほとんどの人にとって新しいものである一方で、ゲームは何世紀にもわたって、私たちの暮らしの中に存在してきたものだ」と続けた。
(自らも、Calaxyというソーシャルトークンプロダクトを立ち上げた)ディンウィディー選手は、トップ・ショットにあまりにも惚れ込み、自ら投資家となった。他の多くの選手も同様だ。
ダッパーラボの投資家には、アンドリーセン・ホロウィッツやデジタル・カレンシー・グループ(DCG)といったお馴染みのブロックチェーン投資大手だけではなく、マイケル・ジョーダンやアンドレ・イグダーラ選手、ケビン・デュラント選手など、引退したNBA選手や、現役NBA選手も含まれている。マイケル・ジョーダンとデュラント選手は5カ月で、その投資を3倍にしたとも報じられている。
ダッパーラボがこれまでに調達した資金は6億500万ドル。フルタイムのスタッフは341人で、その約3分の1はフロー、別の3分の1はダッパー・ウォレット、残りの3分の1は、NFL、WNBA、UFCとのパートナーシップを含む、増え続けるスポーツ系プロダクトに取り組んでいる。さらに、自律型分散組織(DAO)にも手を広げている。
バルセロナやレアル・マドリードなど有名チームを抱えたスペインのサッカーリーグ「ラ・リーガ(LaLiga)」ともパートナーシップを締結。この2チームだけで、ツイッターのフォロワーは6100万人。これは、NBA全体の3500万人を上回っている。
ガレズゴロウ氏は、トップ・ショットが完成品だとは考えていない。モーメントは進化を続けている。現在はフローのプロダクト責任者を務めるラフランス氏は、ダッパーラボでは常に、「デジタルの世界」と「実世界」の関係を模索していると語る。それは将来的には、様々なこと(メタバース)を意味するかもしれないが、今のところは、NBAにおける実際のアクションとつながった「チャレンジ」から始まっている。
例えば、感謝祭の翌日、トップ・ショットはあるチャレンジを出した。その日のゲームでトップ5のリバウンダーを含む6つのモーメントの「ショーケース」を集められたら、1パック獲得できる、というものだ。
突然、NBAの見方が変化する。クリント・カペラ選手を始めとする、リバウンド名手のトップ・ショットを大量に持っていたとしよう。11月26日には、自分がコレクションしている選手が、トップ5に入るよう、必死に応援するだろう。シミュレーションゲームのファンタジースポーツと、非常に近い在り方だ。
「ラインナップを構成したり、チームを作り上げるといったコンセプトは、(中略)私たちが積極的に検討しているものだ」と、カマラ氏は語り、「すぐに何かを発表するような段階にはないが、そういったコンセプトを積極的に検討しているのは確かだ」と続けた。
(私の推測に過ぎないが)ダッパーラボにとって、メタバースはそのロードマップの大きな部分を占めているのかもしれない。「私たちがメタバース関連のものに手を出し始め」れば、クリエーターとファンの間に新しい関係を生み出し、まったく新しいビジネスモデルが「一気に大量出現」することを可能にすると、ラフランス氏は語った。
それが何を意味するのか、私にははっきりとは分からない。しかし、クリプトキティーズやトップ・ショットを生み出していた時、ガレゴズロウ氏が何をしようとしていたのか、完全に理解できていた人は誰もいないのだ。
ガレゴズロウ氏は詳細を明かすことなく、ダッパーラボが2つの形でメタバースに関与していると語った。「現在のメタバースはおおむね、閉じられている」と、オキュラス(Oclusus)やロブロックス(Roblox)といったプラットフォームを指して彼は語った。
彼はダッパーラボで、それを開かれたものにしたいと考えているのだ。「開かれた資産はどこにでも、閉じられた世界にも行ける」と彼は語る。トップ・ショットのモーメントは、ゲーム「フォートナイト」の世界から、「ザ・サンドボックス」の世界へと、飛び移ることができるのだ。
もう1つの形は、より興味深い。ガレゴズロウ氏によれば、フローは「それらの世界の基盤プラットフォーム」となることができるというのだ。フローは、NFTのスケーリングという重荷に、簡単に耐えられることを証明した。それならば、メタバースを支えるのに使っても良いだろう。
これはすでに、静かに進行中なのかもしれない。マトリックス・ワールド(Matrix World)のメタバースでは、イーサリアムとフローの両方で土地の販売を開始した。
これから何年も先の未来、私たちが今クリプトキティーズを見るような目で、トップ・ショットを見る日が来るかもしれない。より壮大で、より意義深いものに向けた、足掛かりとして。
ダッパーラボの真のキラーアプリは、トップ・ショットではなく、メタバースを可能にするフローということもあり得るだろうか?クリプトキティーズが、NFTのコンセプトにとってのトロイの木馬であったように、トップ・ショットが、新たなバーチャルリアリティの普及をこっそりと広めていくかもしれない。
とりあえず今のところは、100万人以上の人々に喜び(あるいは少なくとも楽しみ)をもたらすプロダクトを生み出したことを理由に、ガレゴズロウ氏と、ダッパーラボチームが、暗号資産をメインストリームに普及させることにおいて、サトシ・ナカモト以来の大貢献をした、と言っていいだろう。
たとえ全員が、理解してくれないとしても。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:CoinDesk
|原文:Most Influential 2021: Roham Gharegozlou