チュン・グエン(Trung Nguyen)氏は、クリプトキティーズ(CryptoKitties)に魅せられていた。ゲームという大好きなものと、ブロックチェーンという大嫌いなものが組み合わさっていたからだ。
時は2017年、新規コイン公開(ICO)ブーム最高潮の頃だった。グエン氏には、悪者たちがたくさんのお金をかき集めようとしている光景が目についた。彼の目には、大半のICOは資金を調達するためだけのもので、あらゆるアプリケーションは退屈に映った。単なるフィンテックものや、スクリーンに表示される数字だ。
グエン氏は、ブロックチェーンテクノロジーを何か楽しいものに応用するというアイディアに対して、興味をそそられずにはいられなかった。そこでイーサ(ETH)を買って、メタマスク(MetaMask)のウォレットを設定して、初めてのクリプトキティーを購入した。
ゲームそのものはとてもシンプルだった。バーチャルペットゲーム「ネオペット」に、暗号資産(仮想通貨)取引という奇抜さが加わったようなものだ。『レッド・アラート』や『エイジ・オブ・エンパイア』などのリアルタイム戦略ゲームや、マルチプレイヤーオンラインバトルゲーム『DotA』を含め、グエン氏が好きな他のゲームと比べると、クリプトキティーズには、少しがっかりせずにはいられなかった。
彼の中にあるエンジニア精神は、クリプトキティーズを支える複雑な繁殖の仕組みに、すっかり心を奪われてしまった。クリプトキティーズは、猫たちの遺伝情報である、固有の長い数字の羅列によって表される、イーサリアムブロックチェーン上のノン・ファンジブル・トークン(NFT)であった。
すべてのキティーが固有であり、独特の身体的特徴や性格を備えた一連の「猫特性」に定義されている。キティーが繁殖すると、その遺伝子が組み合わされて、血統に基づいて、2匹の猫特性の混ざった子猫が生まれるのだ。
これはグエン氏にとって、興味をそそるパズルのようであり、ゆくゆくは、アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)を作り出すインスピレーションを与えてくれた。アクシー・インフィニティとは、「プレーして稼ぐ(play to earn)」ゲームを世間に広め、ブロックチェーンゲームセクター全体を今年、注目の的に押し上げた画期的なゲームである。
すでに生まれていたキティーたち、そしてその両親の遺伝子について持っていた限られた情報をもとに、グエン氏はそのデータをマッピングして、ソースコードをたどり、繁殖アルゴリズムの仕組みを学び、望んだ特徴をもった特定の子猫が生まれる正確な可能性を分析した。
「エンジニアとしては、当然のことだ。より深いレベルで物事を見ているから」とグエン氏は語り、謎を紐解きたいという衝動が、彼自身に元々備わったものであると説明した。「私たちエンジニアは、表面だけを見るのではなく、裏で何が起こっているのか、すべてを理解しようとする」
グエン氏は長年、そのようにしてきた。彼は2014年、ロシアで開催された国際大学対抗プログラミングコンテスト(ICPC)でベトナム代表を務めた。世界でも最も歴史があり、最も権威ある最大のプログラミングコンテストだ。決勝まで勝ち残る人たちは、オリンピック選手のような存在である。
そのようなコンテストへの参加は、グエン氏にとって楽しみの1つであった。研究の世界におけるアドレナリン・ジャンキーのような彼は、自らの限界を超えるために、自分以外の才能あふれる人たちと競い合うスリルに大いなる喜びを感じる。
クリプトキティーズのDNAを分析することは、技術的挑戦の1つであり、何か楽しくて、意義のあるものを生み出すことに使えると分かると、ブロックチェーンテクノロジーに対する見方も変わった。
ブロックチェーンの普及は、退屈な金融ソフトウェアではなく、シンプルで洗練された分散型アプリケーションを通じてもたらされるとの信念をもって、グエン氏は自らゲームを開発しようと決心した。クリプトキティーズに似ているが、もっとエキサイティングなものを作りたかった。そこで、「マサムネ」というニックネームで知られるトゥ・ドアン(Tu Doan)氏に連絡を取り、自らのアイディアを披露した。
グエン氏とマサムネは以前、ベンチャーキャピタルが支援する、フードブロガー向けのソーシャルネットワーク「Lozi(ロジ)」を共同で立ち上げた。ネット上には、子供時代からの友達という、間違った情報も流れているが、そのような誤解が生まれたのも無理はない。
彼らの生い立ちは、不思議なほどに似通っているのだ。どちらも子供時代、日本文化に大きな影響を受けた。ポケモンが大好きで、『ONE PIECE』を始めとする漫画を読み漁り、カードゲームの『遊戯王』で遊んだ。
自分でゲームを考案し、学校の友達とプレーするのも大好きだった。グエン氏はトレーディングカードにキャラクターを描き、一方のマサムネは、独自のアバターを硬貨に貼り付けて、ボードゲームを生み出すのがお気に入りだった。マサムネは、食べ物を使って生き物を作り出すのも好きで、楊枝を使って、ジャガイモで作った胴体に飾りをつけていた。
ロジでともに働いていた頃、2人はよく、ビデオゲームへの情熱という共通の話題について話し合っていた。筋金入りゲーマーのグエン氏は、自分がプレーするゲームをリサーチし、その仕組みやルールを紐解く一方、マサムネはストーリーラインやグラフィックスに興味を持っていた。
その頃マサムネはグエン氏に対して、自分のビデオゲームをいつか開発したいという夢を語っていた。2人でハッカソン(開発者のためのイベント)に参加し、1980年代の任天堂によるシューティングゲーム『バトルシティー』にインスピレーションを受けたゲームを作り上げたりもしていた。
残念ながら、そのゲームで2人はハッカソンに勝つことはできず、ゲーム開発に特に向いている訳ではないということに気づいた(ゲーム開発の経歴をどちらも持たなかったことを考えれば、それはおそらく、とりわけて驚くことではなかったのだろう)
しかし2人は、経験が欠けている分、それを補ってあまりあるほどの情熱を抱えていた。ハッカソン参加の経験から、彼らはもっとやりたいとウズウズするようになった。
グエン氏が語った新しいブロックチェーンゲームのアイディアについて、マサムネ氏はその基盤となるテクノロジーをあまり理解していなかった。しかし、グエン氏と一緒にゲームを作るということについては、ワクワクしていた。
最初の話し合いから帰宅すると、頭に最初に浮かんだものをスケッチしてみた。ペットのアホロートル(メキシコ山地の湖沼にすむサンショウウオの一種)と、子供の頃に作っていた食べ物を使った作品の合いの子のようなものだった。こうして、初のアクシー「パフ(Puff)」が生まれた。
最初の数カ月、2人だけで取り組んでいた頃は、マサムネ氏がオリジナルのクリエイティブなアイディアを考えつき、それをグエン氏に伝えて、彼が数学の能力を使って、ゲームの経済的側面をうまく調整していた。
その後、ある程度の勢いを得て、約1000人の支援者と50万ドルの資金提供が約束されると、グエン氏はマサムネ氏に対して、ロジを辞めてアクシーだけに専念するべきだと勧めた。
マサムネ氏は仕事を辞めることに不安を感じていた。経済的に余裕はなく、貯金もゼロだったからだ。しかしマサムネ氏は、グエン氏の能力を信頼しており、子供の頃からの夢を追いかけるチャンスを得られるなら、そのリスクは冒す価値があると決断した。
人材マネジメント
ジェフリー「ジホ」ザーリン(Jeffrey “Jiho” Zirlin)氏は2018年、メッセージアプリ「ディスコード(Discord)」を使って、NFT関連の仕事を探していた。それまでは、ニューヨークでリクルーターとして働き、大手のヘッジファンドにクオンツトレーダーを送り込んでいた。
クオンツトレーダーは、ウォール街のロケットサイエンティストのような存在で、従来の投資家たちとはだいぶ異なっている。スーツよりもジーンズを着ている確率の高い彼らは、人間のマネージャーの判断や意見ではなく、プログラムされた投資戦略に頼って決断を下す。
ザーリン氏は、右脳と左脳の両方を使い、分析能力に優れ、理路整然とした考えができると同時に、クリエイティブでアーティスト的な能力の高い人材を嗅ぎ分けることを得意としていた。
プレーヤーとしてアクシーのディスコードチャンネルに加わったザーリン氏はすぐに、グエン氏がクオンツタイプの人間だと見抜いた。そしてザーリン氏は、グエン氏とかつて関わりがあったことにも気づいた。
様々なアクセサリーでクリプトキティーを飾り立てるためのアクセサリートークン「ERC20」を販売するプロジェクト「キティーハッツ(KittyHats)」で、ザーリン氏が成長戦略責任者を務めていた頃のことだ。
クリプトキティーズは、暗号資産時代の初期のサクセスストーリーの1つである。このゲームは、イーサリアムブロックチェーン上での1日の取引件数を6倍にも増加させ、当時のネットワークを破壊しかけるほどであり、みんながその流行に乗ろうとしていた。
「今人々が『次のアクシーは何だ』と話しているのと同じように、当時私たちは『次なるクリプトキティーズは何だ』と話し合っていた」と、ザーリン氏は振り返る。
クリプトキティーズのオーナーが自分のペットを競争させて賞金を獲得するゲーム『キティーレース(KittyRace)』や、キティーハッツなど、様々な派生プロジェクトが、新しいNFT業界の成長を支え、幅広い実験が繰り広げられたエキサイティングな時期であった。
そのような初期のプロジェクトに携わった人たちの中には、ニューヨークのオープンシー(NFTマーケットプレース)やバンクーバーのダッパーラボ(クリプトキティーズやNBAトップ・ショットを手がける企業)など、その後に続くサクセスストーリーに関わっていった人たちもいた。
ザーリン氏はアメリカで仕事を探すこともできたが、ベトナムへの移住を選んだ。典型的な移住物語とは逆の展開だ。生活費の高さ、文化の違い、言語の壁、複雑なビザ要件にも関わらず、普通はベトナム人が故郷を去り、海外で暮らしを一転させるチャンスを探し求めるものだ。
現在ベトナムからの海外移住人口は、アジア各国の中でも4番目に多い数となっており、毎年多くの人が、先進国で暮らしを確立するために故郷を離れている。2019年の1年間だけでも、ベトナムは15万人の移民労働者を輩出。高学歴で専門的スキルを持った若者に、移住は特に人気があり、頭脳流出によって、ベトナム企業はトップレベルの役職を埋めるのに苦戦している。
「アメリカ人とノルウェー人に、すべてを投げ捨ててアメリカに行くように説得できるということは、何か特別なことが起こっているっていうことだ」と、ニューヨークにある両親の家からZoomインタビューに応じたザーリン氏は語る。
彼は2020年2月以来、グエン氏に会うことができていない。旧正月でベトナム国外に旅行に行き、新型コロナウイルスの感染拡大によってベトナムへ入国できなくなってしまったのだ。
しかし、アクシーを手がけるスカイメイビス(Sky Mavis)立ち上げから最初の2年間、ザーリン氏は共同創業者のマサムネ氏とアレクサンダー・ラーセン(Aleksander Larsen)氏と一緒に、ホーチミンのアパートで共同生活をしていた。
ノルウェイに彼女を残し、「大規模でエキサイティングな宇宙系ゲーム」を開発する好条件の仕事を辞め、「小規模なペットのゲーム」に取り組むためにベトナムに移住したラーセン氏は、グエン氏が空港に迎えに来た時のぎこちなさを覚えている。オンラインだけでやり取りしてきたため、実際に会うのは少し奇妙なものだった。
車の中ではたわいもない話をし、グエン氏はラーセン氏をホテルに送り届けた。ラーセン氏が長時間のフライトで疲れ果て、一眠りするのを楽しみにシャワーから出てくると、グエン氏がベットに座り、ノートパソコンに向かって夢中でコーディングしていた。
スタートアップを題材にした映画のセットに紛れ込んでしまったようだったと、ラーセン氏は語る。世界を変えたサクセスストーリーの、みすぼらしい始まりの頃への回想シーン。自らのミッションに全力集中した、天才プログラマーの登場だ。その時に、ラーセン氏は自分の決断が正しかったと確信した。
現在スカイメイビスは、世界中に87人のスタッフを抱え、そのうち少なくとも60人はベトナムに暮らしている。彼らはアクシー・インフィニティから、イーサリアムベースのサイドチェーン「Ronin」、モバイルウォレット、分散型取引所「Katana」など、複数のプロジェクトに取り組んでいる。
初期の頃には、グエン氏がコーディングの大半をこなし、そんな彼の「自分で何でもこなす」姿勢が、スカイデイビスの基本的な開発原則を形作ることになった。お眼鏡にかなわなかったものに対しては、もっといいものが作れると言って、彼はスタッフを鼓舞する。
Roninのお披露目は、グエン氏の飽くことなき卓越性の追求の好例であり、ウェブ3の世界に対して、スカイメイビスはビッグに考えていると、情熱的にメッセージを送った。
ベストよりもさらに上を
ネットフリックスのドキュメンタリーシリーズ『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』では、マイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズが、6度目の優勝を目指す様子を追っている。
一部では史上最高のプレーヤーとも評されるマイケル・ジョーダンは、たゆまない努力と競争心旺盛な性格で知られていた。極めて熱心で貪欲なまでに野心的な彼は、キャリアを通じて学び続け、さらに良いプレーヤーになることを目指す強い願望を持っていた。「私ほど努力する人間は、他に誰もいないだろう」とコーチに語ったことは有名だ。
ラーセン氏はこのドキュメンタリーを観て、既視感に襲われた。ジョーダンと同じように、グエン氏もチームの仲間に対して、全力を振り絞り、さらに高いパフォーマンスを発揮して、彼の基準に見合うような仕事をし、彼と同じくらいの努力をすることを求めた。
スカイメイビスのスタッフたちは、グエン氏が質にこだわり、細かいところまでしっかりと気を配る人物だと語る。スタッフの誰よりもよく働き、最も高い期待を抱き、ほとんど不可能な基準を設定していると。
最初の1年間、スタッフは全員、月曜日から土曜日まで週6日勤務をする契約になっていた。彼の厳格さを怖がるスタッフもいるが、会社全体を高めるためにそのような態度を取っているのだ。他人に対してと同じくらい、自分にも厳しい人物である。
2020年の初頭まで、スカイメイビスはアクシーを、ルーム・ネットワーク(Loom Network)上で開発していた。高速の処理速度と低い手数料を必要とするブロックチェーンベースのゲーム開発では、人気となったイーサリアム向けのスケーリングツールである。
しかしルームが、企業でのユースケースへと軸足を移し、パブリックDapp(分散型アプリ)サービスを終了してそのアーキテクチャを変更した時、スカイメイビスは独自のサイドチェーン開発という道を選んだ。
同業他社たちは、スカイメイビスが独自ブロックチェーン開発で時間を浪費することを不思議に思った。すでにあるものを使うことも簡単だったからだ。
グエン氏は、既存のサイドチェーンやレイヤー2プラットフォームは、アクシーには適さないと考えていた。OptimisticやZKといったロールアップ(スケーリングツールの1種)は、そのローンチが遅れるだろうと考えており、そうでなくても、成熟して普及するまでに時間がかかり過ぎると見込んでいた。
結果的にグエン氏のロールアップに関する予測は的中し、もしスカイメイビスがロールアップを待っていたとしたら、Roninが誇るような、アクシーゲーマーに対するスムーズでプレーしやすいユーザーエクスペリエンスを提供することはできなかっただろう。
Roninのローンチは、NFTゲーム業界全体にとって極めて重要なものとなり、アクシー・インフィニティの爆発的な成長を引き起こす鍵となった。デルフィ・デジタル(Delphi Digital)のデータによれば、アクシーの1日のアクティブユーザー数は、4月末にはわずか3万8000人であったのが、6月には25万2000人にまで達した。現在その数は300万人に迫っており、Roninの1日当たりの取引容量は、イーサリアムブロックチェーンの約4倍となっている。
「どちらにとっても共通するゴールだ。グエン氏は私たちのプロダクトが素晴らしいものであることを求めているし、私たちもそう望んでいる」と、スカイメイビスの共同創業者で最高技術責任者のビエット・アン・ホー(Viet Anh Ho)氏は語る。「しかし、彼の基準は私たちのものよりも高い場合もあって、そうなると私たちには、自分の基準を調整する必要があるという感覚が芽生える。自分の期待を高める必要があるのだ」
「彼は間違いなく、完璧さへと突き動かしてくれる原動力あり、時にはそのようなリーダーが必要だ」とラーセン氏は語る。「彼は何度か、私の尻を叩いてくれた。もし彼がガッカリさせるような働きをしていたら、私も彼の尻を叩くだろう。私たちは互いに、それくらいの頑張りと成果を期待している」
厳格さにに加え、グエン氏は謎めいた存在でもある。内向的で孤立した天才という、ステレオタイプにぴったりはまるのだ。インタビューを受けることはほとんどなく、投資家とやり取りすることもない。アクシーの2種類トークンシステムの立役者である、ニューヨークのコンサルティング会社デルフィ・デジタルなど、外部パートナーとのやり取りも、ザーリン氏とラーセン氏に任されている。
(アクシーでは、スムース・ラブ・ポーション(SLP)という、供給量無制限のユーティリティトークンと、コミュニティー参加者にインセンティブを与え、ゲームのエコノミーを安定させるためのガバナンストークン、アクシー・インフィニティ・シャード(AXS)という2つのトークンが使われる)
グエン氏は気を散らすものを嫌い、分業の大切さを信じている。だからこそ、スカイメイビスには5人の共同創業者がいる。外部向けの業務に関しては、エネルギー溢れるザーリン氏がコミュニティー関連のタスクに専念し、実直なラーセン氏が資金調達と投資家とのやり取りを担当。一方のグエン氏、ホー氏、マサムネ氏は、ベトナム国内での業務に対応する。
2018年半ばまでは、グエン氏はより現場での仕事に関わらなければならなかった。コーディング、プロダクトやユーザーエクスペリエンスのデザイン、品質保証、配備の大半は、グエン氏がこなしていた。アートワークへのフィードバックも行い、コミュニティーの構築にも携わった。グエン氏が毎日ディスコードチャンネルに登場し、あらゆる質問に答えていた時期を覚えている人がいたら、その人物は古株な証拠だ。
Live shot of @trungfinity planning @SkyMavisHQ‘s next move pic.twitter.com/U0dSb2IEph
— Gabby Dizon | YGG 🛡️⚔️ (@gabusch) 2021年4月17日
「@trugfinity(グエン氏)が@SkyMavisHQ(スカイメイビス)の次なる計画を練っている様子」
それは厳しい時期でもあった。資金は底をつき始め、共同創業者たちは2018年、しばらくの間給料を受け取らず、会社は潰れかけた。アクシーのプリセールと土地販売によって、 駆け出しのスタートアップが切望していた資金が集まり、スカイメイビスはコミュニティメンバーにNFTを販売し、開発資金を集めることができた。
アニモカ・ブランズ(Animoca Brands)が主導した2019年発表の150万ドル規模のシードラウンドも助けとなった。しかしその前には、スカイメイビスは会社の50%を100万ドルで買い取るという、ひどい提案も受けていた。
「私たちは、開発を止めることは決してなかった」と、ザーリン氏。「2018年以降、休みなく毎日働き続けたスタッフもいる」
グエン氏は厳しいが、同時に公平性も大切にし、問題に対しては分析的な見方でアプローチすると、スタッフは語る。問題に突き当たると、スタッフに対して、提案された行動指針の論拠を伝え、擁護するためにメンタルモデルを作り上げるよう求めた。
そうすれば、他の人たちは問題をよりよく理解し、質問し、自らのアイディアを差し出すことができる。グエン氏は自ら率先してこれを行うが、これは彼自身の専門領域外の問題に関してフィードバックを与える時にはとりわけ大切だ。そしてそのような場面は、彼にとって非常に頻繁に発生する。
「意思決定のプロセスは、常にそのような感じだ」と、ホー氏は話す。「グエン氏が何らかの決断をする時には、私たちはその理由が理解できる。その結論を支える理論と、強力な根拠があるということが、私たちにも理解できるのだ」
失敗が発生した場合には、なぜそうなったのか、その経験を次に活かすにはどうすれば良いかということを理解するのが目標となる。それは、典型的なグロース・マインドセット(「人間の資質は努力や経験次第で伸ばすことができる」という心のあり方)である。
研究によれば、グロース・マインドセットを持った人は、困難を楽しみ、懸命に学ぼうとし、新しいスキルを身につけるための可能性を常に見出すことができるとされている。
才能を育む
OECD(経済協力開発機構)は3年ごとに、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野で、15歳児を対象とした学習到達度調査(PISA)を実施している。その結果はおおむね、驚くようなものではなく、より豊かな国の子供たちの方が、貧しい国の子供たちより良い成績を残している。
しかし、ベトナムはその中でも例外だ。この調査において世界で唯一、豊かな国々と同じ水準の結果を残す、低所得国家なのだ。
効果的な政策の事例としてしばしば挙げられるベトナムは、能力の高い若者たちを生み出してきた。特に才能の秀でた学生については、優秀な生徒向けの高校へと送り込む選抜システムも用意されている。そのようなえり抜きの学校に入るための競争は激しく、何千人もの学生たちが、入学のために厳しい入学試験を受けている。
学生たちは学業のために睡眠時間を削り、保護者たちは家庭教師を雇うために費用を工面する。成功しなければという圧力に圧倒されて、自殺を考える子供たちもいるほどだ。
ベトナムの優秀な学校の中でも、グエン氏が学んだのは最高峰の学校である。1965年に著名な数学者たちによって創立された、ハノイ工科大学付属特別高校だ。この高校はもともと、戦時中の一時的な避難施設として設立された。
北ベトナムがアメリカ軍に占領される中、国内の大半の教育機関は長年にわたって閉鎖されていたが、ベトナム数学会は研究活動の支援を続けた。攻撃に備えて、仮設の教室の横には塹壕が掘られていた。
同校の合格率は現在、5%。卒業生はベトナムや海外の一流大学へと進学する。数学のノーベル賞とも言われるフィールズ賞をベトナム人として初めて受賞した、シカゴ大学のゴ・バオ・チャウ(Ngô Bảo Châu)教授も、卒業生だ。
この高校に通うためなら何でもするというような学生もいるが、グエン氏はあまり気にしていない。どんな高校にも入学できたが、同校を選んだのは、自宅から最も遠く、寮が用意されていたからだ。
親元から遠く離れて暮らすというのが、彼にとっては非常に魅力的だった。親元での暮らしは厳格なもので、もっと自由に好きなことができるように家を出たいと思っていた。
「普通の暮らしは、私の興味をひかない。そんなのは退屈だ」と、グエン氏は語る。彼は両親に、冒険したり、アイディアや実験を思いつくことを切望しているのを説明するのに苦労した。「少し反抗的であることが必要だ。自分をよりよく理解する役に立つから」と、彼は語る。
他の学生たちが並々ならぬ努力を重ねるのに対し、グエン氏は入試に備えてほとんど何もしなかった。学校では授業をサボって、友達とビデオゲームで遊んでいたと、彼は振り返る。先生たちは両親に連絡をして、彼らは大いに困惑していた。しかし、グエン氏は必ずしも怠けていた訳ではない。特進クラスのカリキュラムでさえも、グエン氏の才能に追いつくことはできなかったのだ。
メタバースで会いましょう
スカイメイビスの5人目で最後の共同創業者アンディー・ホー氏は2018年8月、最高技術責任者として同社に加わった。共同創業者チームに加わるのは彼が最後であったが、グエン氏とは最も長い知り合いである。「メタバース」という言葉が流行語になるずっと前から、2人はチームを組んでオンラインコンテストに参加し、世界中の競争相手と戦っていた。
そのようなバーチャルコンテストは、科学オリンピックといったエリート学校レベルでの競争に備える際に、スキルを高める絶好の練習の機会となった。さらに、グエン氏やホー氏など、自分の考え方を理解してくれる人を故郷の町で見つけ、つながることが難しい、飛び抜けて才能ある若者たちにとっては、逃避の手段でもあった。
ホー氏は高校卒業後、シンガポールの大学に進学。2015年にモロッコで開催されたICPCの参加者に選抜され、アメリカのグーグルとペイパルでのインターシップを獲得した。しかし、海外での生活はベトナムでの暮らしには劣り、いつかは故郷に帰りたいと感じていた。
そして、サンフランシスコに本社のあるアンドゥイン・トランザクションズ(Anduin Transactions)のホーチミンオフィスでグエン氏が働いていることを知って、ついに決断した。アンドゥインの待遇は良く、才能ある人材を採用していたため、ホー氏も求人に応募したのだ。
働き始めてから2年もしない内に、ホー氏はグエン氏に対して、金融ソフトウェアに退屈していて、もっとクールなものに取り組みたくて仕方がないと打ち明けた。アクシーに全力で取り組むために数カ月前にアンドゥインを辞めていたグエン氏は、そのチャンスを掴んでホー氏を引き入れた。
「これは始まりに過ぎない。一緒に協力すれば、世界中の他のプロジェクトと競い合うチャンスがある」と、スカイメイビスのミッションとビジョンを、コンテストへの参加に誘うかのように、グエン氏はホー氏に売り込んだ。
ホー氏は納得し、アンドゥインに辞表を提出。これはグエン氏にとって、非常に大切な瞬間であった。ついに、誰かに開発事業を主導してもらえると感じたのだ。
2021年を通じて、チームはますます高みへと登り詰め、リベルタス・キャピタル(Libertus Capital)の主導したシリーズAラウンドでは750万ドル、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)とアクセル・パートナーズ(Accel Partners)が主導したシリーズBラウンドでは1億5200万ドルの資金を調達。
最初から真にグローバルな戦略を持ったスカイメイビスの手がけるアクシーは、ブロックチェーンベースのゲームではかつてなかった規模で、世界中のあらゆるところから、プレーヤーを獲得している。1日260万人のアクティブユーザーのうち、ベトナム在住者は3%未満だ。
スカイメイビスの成功は、ベトナムの産業も支えている。国内での雇用創出を促し、数多くのスタートアップイノベーションを引き起こしているのだ。新たに数多くのインディーゲームスタジオが開業しており、「Cyball」、「Sipher」、「Thetan」といったブロックチェーンゲームがベトナムから生まれている。このような新しいタイプのベトナム発ブロックチェーンゲーム専門のファンドを立ち上げているベンチャーキャピタルもあるという噂だ。
これらは、科学技術、そして教育への投資に対する、ベトナムの長年のコミットメントの成果である。グエン氏のような天才が、卓越さを生み出すために作られたシステムによって、育て上げられたのだ。
※著者はAXSを含めた様々な暗号資産を保有しており、Yield Guild Games、Animoca Brands、Blockchain Game Alliance、Breeder DAOなど、プレーして稼ぐ型ゲーム関連企業と仕事をしている。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:CoinDesk
|原文:Most Influential 2021: Trung Nguyen