株や社債を買い、配当を受け取る。そんなドライな一面もあった個人投資家と企業の関係が、変化しようとしている。
野村ホールディングス・執行役員(未来共創カンパニー担当)の沼田薫氏は「株、債券、投資信託といった従来の商品だけでは、ご満足いただけない時代がやってきている」と語る。
野村が創ろうとしているのは、挑戦する企業をファン(投資家)が応援し、推進力を生み出す仕組みだという。それはどんな内容なのか?
国内初の公募「不動産セキュリティトークン」で見えたこと
野村證券は2021年、不動産を裏付けにしたブロックチェーン上のデジタル証券(セキュリティトークン)を販売した。国内初の公募となるケースに携わって見えてきたのが、顧客ニーズはやはり多様だ、ということだ。
この案件は、「渋谷のマンション」という明確でわかりやすい、1つの不動産を裏付けにしていた。個人投資家の中には「渋谷のこの物件にならお金を出したい」という人もいた。
つまり「手触り感のある物件に投資したい」という、多物件でポートフォリオを組む従来の商品がすくい取れなかったニーズを、「不動産セキュリティトークン」が受け止めたのだ。
そもそも「トークン」とは?
ここで言う「トークン」は、ブロックチェーン上に何らかの「権利」を書き込んだものだ。大ブームを巻き起こしている「NFT(ノン・ファンジブル・トークン)」も、その一種である。
トークンのうち、法律上の有価証券保有者とトークン保有者を連動させたものを「セキュリティトークン」(デジタル証券)と呼んでいる。従来の証券管理の仕組みの代わりに、ブロックチェーンで権利移転を記録するため、商品設計の自由度の向上と証券ビジネスの在り方を変えられるポテンシャルを持つ。
セキュリティトークン以外のトークンには、「会員権」や「サービスの利用権」「イベントに参加する権利」「サービス運営に口を出せる権利」など、さまざまな権利を扱える。トークンを活用すれば、お金を出してもらったリターンとして、サービスや体験などの「お金でないリターン」も設定可能になる。
プラットフォーム「ibet」
こうしたトークンが柔軟に利用できれば、企業と個人投資家の関係はもっと深く、より豊かなものになる。
そんな世界観を実現する技術基盤が、野村ホールディングスの子会社BOOSTRYの開発、提唱している「ibet」だ。さまざまな権利をブロックチェーン技術で「デジタル化」し、売買可能にするプラットフォームである。
このプラットフォームを使うことで、技術的には「あらゆる権利」がトークン化できる。さらに売りたい人、買いたい人、当事者同士が安全に直接取引もできる。
食ブランド「アグリッチャー野」の実験
BOOSTRYは2021年8月、ibetでグループ会社の食ブランド「アグリッチャー野」の会員権をトークン化して販売した。トークンの所有者には、有名シェフが調理・監修し、北海道の野菜を使用した料理が定期的に届くほか、シェフと一緒に食事・ワインを楽しむイベントにも参加できる。
BOOSTRYのCEOを務める佐々木俊典氏は、「グループ内企業と組んで実験的に行った取り組みだが、有価証券によらない資金調達手段として、多くの企業・投資家に関心を持ってもらえた」と手応えを語る。
佐々木氏は「投資」の未来を熱く語る。
「社名には挑戦(Try)を加速(Boost)したい、という願いが込められている。挑戦する企業と応援する投資家の関係性がもっと多様になれば、投資はどんどん面白くなる。面白い投資商品、面白いサービスがどんどん出てくる。法的な枠組みなどは、まだこれからの部分も大きいが、トークンの将来性には大いに期待してほしい」
「コンソーシアム型」の理由
そのibetを利用して、セキュリティトークンを発行する枠組みが「ibet for fin」。ユニークなのが「コンソーシアム型」で運営されていること。現時点での参加は野村證券、SMBC日興証券、SBI証券など5社だが、2022年内には証券会社や銀行、ITベンダーなど、さまざまな企業が加わっていく計画だという。
佐々木氏によると、ibet for finのコンソーシアムに参加した企業は、自前サーバーを持ってブロックチェーンに参加し、議決権を1票持つことになる。単なる勉強会やプライベートチェーンの1参加者という意味ではなく、ibetに深くコミットする存在になるのだ。
「ibet for finの中では、BOOSTRYに『特別な権限』はない。われわれの議決権は1票で、『ブロックチェーンをこう変更したい』と言っても、コンソーシアム全体で否決されれば変更できない。究極的には『BOOSTRYは出ていけ』と言われれば、出ていかざるを得ない仕組みだ」(佐々木氏)
まさにブロックチェーン時代、という運営だ。IT業界では巨大なプラットフォームを作り出した企業が、利益も独占するという状況が続いているが、そういった方向性とは一線を画す、新世代の発想だろう。
「従来の中央集権的な仕組みを否定しているのではなく、そちらの方が扱いやすい商品やビジネスは、その枠組で扱えばいい。あえてブロックチェーンで仕組みをつくるのだから、その特徴を生かす形でやるべきだということだ」
佐々木氏はサラリと述べる。
そこにあるのは「マーケットそのものを拡大したい」という、大きな視点だ。そのために大勢を巻き込み、「基盤を特定の企業が独占できないこと」「オープンソース開発」「P2P(ピアツーピア)の権利移転」にこだわる。佐々木氏は「将来を考えるとこのやり方しかない」と覚悟を語る。
沼田氏も「BOOSTRYが作り出したいのは、証券会社・さまざまな企業・投資家が平等に対話し、平等に使える共通基盤だ」という。全体のパイが増えれば、野村としてのメリットも増えていく。
ibetの作り出す世界の、その一歩先に見えているのは、個人の「ウォレット」に入っているトークンを、自由に利用したり、取引したりできるような未来だ。
たとえば、スマホのウォレットで利用トークンを提示してテーマパークに入り、使い終わったら市場でトークンを売却する。多数の証券会社・企業がこの仕組みに参加し、ユーザーも増えていけば、誰もがこんな生活をするようになるかもしれない。
巨大市場で同じものが同じ値段で販売されていた「マス」の時代から、コミュニティ内で多様な商品・サービスが売り買いされる時代へ。それを可能にする技術が、ブロックチェーンなのだ。
「野村ブランド」の信頼感
ただ、その「拡張した資本市場」の実現には、まだ乗り越えるべきハードルがある。特に投資家保護の仕組みについては、業界全体でのルール整備も必要だ。
いくら「ファン」という立ち位置だとしても、最初から「騙されてもいい」とか「わからなくてもいい」と考える人はいない。投資家の信頼を得るため、初期には様々な仕掛けも必要だろう。
佐々木氏は「たとえば……」と、こんなアイデアを語る。
「トークンを安心して買ってもらうためには、リスクを野村が調べたうえで、お墨付きの『野村スタンプ』を押すような仕掛けがあればいいかもしれない。これは挑戦的な商品、これは保守的な商品と、性質がわかりやすくなるように、松竹梅のようなマークがあればいいかもしれない」
沼田氏も「新たな投資手段が社会問題化することは、業界の誰も望んでいない」と話す。
「すべての投資家が、その特性やリスクをきちんと理解した上で商品を購入できるならいいが、現実としてそれは難しい。やはり証券会社が間に入って、整理する必要があるだろう」
「拡張された資本市場」を切り開く
目まぐるしく変化し、すべてが加速する時代にこそ、適切なリスク管理が必要になってくる。
そこで生きてくるのが、野村證券のノウハウだ。資金調達をしたい企業ごとに適した手法をアドバイスし、投資家向けに商品を選び、リスクを丁寧に説明するという、証券会社として積み上げてきた経験である。
沼田氏は「アンチマネーロンダリング、KYC(身元確認)、デューデリジェンス(投資先の価値・リスク調査)……。ここは証券会社としての強みが活かせるポイント」と力を込める。
アクセルとブレーキ、革新的なアイデアとリスク管理のノウハウを絶妙に使い分けながら、野村は「全く新しい、拡張された資本市場」を作り上げようとしている。
沼田氏は「野村證券としては、できるだけ多様な商品を用意していきたい。いまは法規制などについて、このケースはどうか、このケースならどうかと検討を重ねているフェーズだ。信頼してもらえる環境を作り上げるためにも、ひとつひとつを着実に進めていきたい」と話していた。
株式会社BOOSTRY
コーポレートサイト: https://boostry.co.jp/
ibetサービス情報:https://www.ibet.jp/
ibet for Finサービス情報:https://www.ibet.jp/ibet-for-fin
|テキスト・構成:coindesk JAPAN広告制作チーム
|写真:多田圭佑