BuzzFeedが暴露したBored Ape生みの親の正体:報道は正当か?【オピニオン】

ニュースメディア「バズフィード」のケイティ・ノトポウロス(Katie Notopoulos)記者は2月4日、人気NFTプロジェクト「Bored Ape Yacht Club」を手がけるユガ・ラボ(Yuga Labs)の創業者、「Gordon Goner」と「Gargamel」の身元を明らかにする記事を発信した。

行き過ぎた報道?

「Gordon Goner」の正体は、フロリダ州出身、35歳のワイリー・アロノウ(Wylie Aronow)氏。「Gargamel」は、32歳のライター、グレッグ・ソラノ(Greg Solano)氏だ。

バズフィードは今回、一般公開されている事業記録から、2人の身元を突き止めた。ユガ・ラボは、ソラノ氏と関連する住所を使って、デラウェア州で登記されていたのだ。

この2人についての情報はこれまでに、ある程度は分かっていた。雑誌『ローリング・ストーン』、CoinDesk、ニューヨーク・タイムズとのインタビューにおいて、彼らは生い立ちや、Bored Ape誕生に至る経緯を語っていたからだ。

しかし、暗号資産(仮想通貨)インフルエンサーや投資家の一部は、バズフィードの身元暴露を、行き過ぎと感じだようだ。

「Crypto Cobain」と呼ばれるインフルエンサーは、ノトポウロス記者のことを、「クリック至上主義者」と呼んだ。

投資家のマイク・ソラナ(Mike Solana)氏は、「あんなのは文字通り、ただの猿の絵だ」と、話題の対象は大したものではないと主張。「あの2人をドキシングする(個人情報をさらす)必要は、まったくなかった。公益にかなった一大スクープのように今回の記事を扱うジャーナリストたちの大げさな言葉は、不快だ」と語った。

暗号資産の世界以外では、「ドキシング」という言葉は、ハラスメントを含意している。一方、暗号資産の世界では、その意味はもう少し複雑だ。創業者たちは時に、投資家の資金を持ち逃げしたりしないと、投資家たちを安心させるために、信頼の証として、自らをあえてドキシングすることがある。

暗号資産と匿名性

暗号資産の世界には、匿名性の文化が根強く存在する。

馴染みがない人には、奇妙に映るだろう。ここ最近に暗号資産へと軸足を移した伝統的金融系記者たちは、必ずしも必要性がないのに、(情報源だけではなく)取材対象の匿名性を維持することに、ためらいを感じている。

一般的な人々の頭の中で、ビットコイン(BTC)をはじめとする暗号資産が悪用され、犯罪と密接に結びつけられ続けているのも、このような匿名性が一因だ。隠すものがないのなら、なぜ匿名でいつづけるのか?と、疑われる。

もちろん、隠すものがなくても、匿名でいつづけるのには、たくさんの正当な理由がある。暗号資産の前提となっている考えは、もしそう望むなら、銀行に自分の個人情報を明け渡さずに送金できるべきだ、というものだ。

しかし、「Bored Ape Yacht Club(BAYC)」の生みの親たちは、ただの人ではない。暗号資産の世界の内外において、BAYCは長らく、NFTをめぐる議論の中心に存在している。今となっては事実上、NFTのブランド・アンバサダー的存在だ。

フィナンシャル・タイムズは先日、数十億ドルを暗号資産に投資しているベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)が、ユガ・ラボへの出資を計画し、交渉を行っていると報じた。ユガ・ラボの評価額は、50億ドル近くにのぼっている。

私から見ると、この創業者2人の正体は、明らかにそれ自体で報道の価値があるものだ。バズフィードの記事は、彼らの正体について伝える以外、大したことはしていない。ノトポウロス記事自身も、彼らが特に悪いことをした訳ではないと、認めている。

しかし究極的に、アロノウ氏とソラノ氏は、数十億ドルの価値を持つ可能性のある企業のトップにいるのだ。Apeは市場に溢れ、文化に染み込んでいる。ジャーナリストがさらなる詳細を探って、何がいけないのだろうか?

さらにノトポウロス記者は、今回の情報を不正な方法で手に入れた訳ではない。オンラインで一般公開されている事業記録の中に見つけたのだ。

「maxwell(テックジャーナリスト):世界を変え、富を生み出すアイディア、あるいは『デジタルの猿の絵コレクション』のどちらかだが、金曜日にはどちらかで、土曜日には別のものになるようなことはない。

Mike Solana(投資家):参考までに言っておくと、彼らはデジタルの猿の絵コレクションの生みの親の話をしているんだ。

(バズフィードの当該記事の抜粋写真)
誰なのか分からなければ、どうやって説明責任を負わせることができるのか?
人気のNFTコレクションは、何百万ドルもの利益を上げ、何人もの有名人も熱心に支持している。しかし、その生みの親たちの匿名性が、暗号資産の時代に、疑問を投げかけている」

問題の人物が、何か悪いことをしていない限り、ドキシングはどんな場合でも不必要だ、という考え方をするジャーナリストもいる。

取材対象、とりわけその身元が判明した場合に個人的に危険にさらされる可能性のある人物の身元を公開することには、深刻なリスクが伴うことが多い。(例えば、ロシア在住で、投獄されてしまう可能性がある人など)

分別のある記者なら、記事をモノにするために、誰かの人生を台無しにすることを望んだりはしない。弱い立場にいる情報源を裏切ってその身元を明かすことは、昔から罪と考えられている。

CoinDeskのマーク・ホフシュタイン(Marc Hochstein)記者は2020年、「本人の同意無しに個人情報を公開するのだとしたら、それに見合う相当の理由がなくてはならない」と主張した。

身元を隠し続けるサトシ・ナカモト

BAYCの生みの親たちの身元を公開したバズフィードの決定に異論を唱える暗号資産リサーチャーのラリー・セルマック(Larry Cermak)氏は、ビットコインの生みの親サトシ・ナカモトをドキシングすることも、同様に間違っているとツイートした。

この意見にも、私は反対だ。サトシ・ナカモトは間違いなく、21世紀の金融の歴史で最も重要な人物の1人であり、ジャーナリストたちは長年、彼の正体を突き止めようとしてきた。

彼が保有するビットコイン(現在では数百億ドルの価値がある)は、彼に市場をコントロールする大きな力を与えている。売却すれば、数分で暴落させることもできるのだ。

そのような影響力は、どれだけ誇張してもし過ぎることはない。サトシ・ナカモトの正体が明らかになれば、暗号資産エコシステム内で最もリッチかつパワフルな人物の1人に関する、業界を震撼させる衝撃的なニュースとなる。

サトシ・ナカモトの正体は今のところ明らかとなっていない。その大きな理由は、彼が形跡を残さないように、驚くほど慎重に行動したからだ。彼が個人的に保有するビットコインは、手つかずのままで、換金していないために、記録もないのだ。

「Jeff Bercovici(テックジャーナリスト):BAYCとバズフィードの件で、考えをいくつか。批判が寄せられているのは驚きではないが、ジャーナリズムの機能についての根深い無知と、暗号資産の報道には、独自の条件が適応されるべきだという尊大な考えが浮き彫りになっている」

一方、BAYCの生みの親2人は、個人的な住所を使って、デラウェア州で法人を登記。ユガ・ラボを創設した時にはライターをしていて、素人の暗号資産愛好家であったため、身元隠しの仕方はよりお粗末だった。

偽名を使うことは、彼らの権利の範囲内だが、彼らの身元を暴露することも、ジャーナリストの権利の範囲内だ。

リッチでパワフルな人たちについて報じることは、倫理的な観点から、論争を呼ぶものであるべきではない。ジャーナリストの仕事をしているだけのことなのだから。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Bored Ape Yacht ClubのNFT(mundissima / Shutterstock.com)
|原文:Of Course It’s OK to Out the BAYC Founders