スタジアムで観戦する醍醐味を2年間近く奪われてしまったサッカーファンたちは、もっと良い扱いを受けて当然だろう。
それなのにファンに対して提供されているのは、NFT。世界で最も人気のサッカーリーグ、イギリスのプレミアリーグには、20のクラブチームが所属している。そのうち17チームが、ソシオス(Socios)など、「ファントークン」を扱う企業と契約を結んだ。
NFTが広がるイギリスサッカー界
英紙『デイリー・メール』によれば、このような契約によって、監督のマフラーの色といったチームに関する些末なことについても、保有者に投票権を与えるチーム独自の取引可能なデジタルトークンを販売できるようになる。
監督のスカーフの色を気にする真剣なサッカーファンは、いたとしても非常に少ないだろう。
サッカーサポーター協会の広報担当者は、デイリー・メールに対して、暗号資産(仮想通貨)ベースの「ファントークンパートナーシップは、シーズンチケット保有者によるオンライン投票で簡単に決定できる些末な事柄から収益を上げるため、あるいは誠実なサポーターの参加に金銭上のハードルを導入するため」のものである、と指摘。「どちらにしても、印象は良くない」と考えるこの広報担当者は、間違っているだろうか?
まず、馴染みのない人のために説明しておくと、NFTとは「ノン・ファンジブル・トークン」のことだ。各トークンは、真正性を証明するデジタル証明書を象徴する。このデジタル証明書は、資産の所有を証明するのだ。トークンはブロックチェーンと呼ばれるデジタル台帳に保管されるため、所有権の記録は偽造が不可能である。
NFTの世界はニッチな世界だと言ってしまっては、NFTが一般の人たちに意味するところを過小評価することになる。NFTは、デジタル世界を変える可能性を秘めているのだ。
ウイルス、ソーシャルディスタンス、新しいタイプの行動制限、全面的な不安の広がる現状において、デジタルチケットへの需要は大きい。より正確には、非接触型のチケットだ。スタッフと観客やファンとの間でのチケットのやり取りがなくなるため、個人が感染するリスクは大幅に下がる。
イングランド北西部を本拠地とするバーンリーFCは昨年3月、NFTイベントチケットプラットフォームのイエロー・ハート(YellowHeart)とパートナーシップを締結。このパートナーシップによるNFTでのチケット販売は、プレミアリーグ所属のチームが、代替チケットオプションの提供のためにブロックチェーンテクノロジーを活用する最初の例であった。
NFTが非接触型チケットの未来となる可能性は大いにあるが、内情に通じている人たちは、NFT市場の暴落を警戒している。非接触型チケットは、NFT無しでも可能なのだ。
ぜいたくなNFTよりも手頃なチケットを
サッカーファンは、NFTよりも良いものを受け取るに値する。実際に触れることのできる何かだ。悲しいことにNFT市場は、すでに裕福な人たちの遊び場のようになっている。金銭的余裕のない多くのサッカーファンには、関わる余裕のないぜいたく品なのだ。
多くのイギリスのサッカーチームやスターたちは、NFTコレクション「Ape Kids Clun」の宣伝に忙しい。これらの「可愛らしい赤ちゃん猿たち」は、人気NFT「Bored Ape Yacht Club」から派生したものだ。
イギリスでは、サッカー指導者のジョン・テリー氏や元サッカー選手のアシュリー・コール氏などが宣伝を行なっている。彼らは、大いなる物議も醸しているこれらの猿に、大金を使う覚悟ができているようだ。そしてファンも同じようにすることを望んでいる。ファンたちは彼らに従うべきなのだろうか?究極的には、決断はファンに委ねられている。
マンチェスター・シティFCは昨年、リーグ優勝を記念してNFTとして購入可能な記念デジタルアートコレクション「1」をローンチ。プレミアリーグチームが優勝を記念してNFTをリリースするのは、これが初めてのことであった。
同チームがデジタルな形でファンと関わろうとする試みを称賛する声が寄せられた一方、マンチェスター・シティはリーグ内でもチケット価格が最も高いという事実を嘆く人たちもいた。ファンを引き寄せるためのより良い戦略は、特に子供向けにより低額のチケットを導入することなのではないか?
ロンドンを拠点とするウェストハム・ユナイテッドFCも、ファンにNFTを提供している。昨年、著名アーティストのCanning Town Lenが、現役から元選手まで、50の選手たちのイラストのNFTを作成。このNFTは、ピアーツーピアのマーケットプレース、オープンシーで発売された。
サポーターが運営するメディアKUMB.comによると、このNFTコレクションは、大人用のシーズンチケットが「現在のインフレ率の4倍以上」値上がりしてからまもなく、発表された。値上げ幅が最も大きかったのは、16歳未満向けのシーズンチケット。大半のファンは、より手頃な価格のチケットをはじめとして、ゲームにより気軽にアクセスできるようになることを求めている。
NFTに伴うリスク
もちろん、サッカーファンの間にも、NFTの需要は存在する。しかし、購入の前にまず、リスクについて学ぶべきだ。NFTの購入には、ある程度のリスクが伴うからだ。分散型ネットワークがひしめくこのワイルドな世界には、ルールは存在しないに等しい。
例えば、「赤ちゃん猿」のNFTを購入したからといって、その作品の知的財産権が手に入る訳ではない。NFTの世界はまだ新しいものであり、プライバシーや、知的財産権違反といった問題も、非常に一般的だ。
さらに、NFTの買い手がハッキングの被害に遭い、NFTが盗まれたらどうなるだろう?詐欺に遭ったサッカーファンを守る仕組みは存在するのだろうか?子供がNFTを買った場合、親を守る仕組みは存在するのか?そんなものは存在しない。
ジャーナリストのネイサン・J・ロビンソン(Nathan J. Robinson)氏は次のように指摘している。
「警察に通報して、誰かがあなたのNFTをコピーしたり、使うのを阻止してもらうことはできない。簡単に複製できるデジタルアイテムの『所有者』として登録してもらう権利は、それによって他のどんな権利も手に入らない場合、お金を払う価値があるものだろうか?NFTを買っている人たちは、何を手に入れていると思っているのだろうか?」
ロビンソン氏は、暗号資産懐疑派として有名だが、これらはもっともな指摘である。
「美しいゲーム」との異名を持つサッカーが、急速に醜いものへと変質している。労働者階級のスポーツであるはずのサッカーは、その魂を失ってしまったかのようだ。
米誌『アトランティック』が先日報じた通り、「ファントークン」プラットフォームのソシオスが、ロンドンを本拠地とするクリスタル・パレスFCと連携した際には、「ファンたちが『倫理的に破綻した寄生虫ソシオスはお呼びでない』と書かれた横断幕を掲げ」た。
サッカーの事業化は現実に起こっており、あらゆるチームにとって必要不可欠な存在であるファンを遠ざけている。一般的なファンが必要としているのは、サルの画像や難解な認証コードよりも実体のあるもの。口先だけのファンサービス以上のものが必要なのだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Soccer Fans Need Better Than NFTs