日本アルプスの山々を見ながら、10代を山梨県北杜市で過ごした。都内の大学に進学し、留学先のカリフォルニア州サンタクルーズでビットコイン(BTC)でコーヒーが飲めるカフェに立ち寄ったことをきっかけに、暗号資産(仮想通貨)に興味を持つようになった。
新卒で暗号資産(仮想通貨)の取引サービスを手がける日本企業に入社した同級生は一人もいなかったと話す川嶋邑(Yu Kawashima)さんは、コインチェックの激動の5年間を過ごしてきた。
新しい暗号資産を上場させる瞬間、不正アクセスによって取引所が大規模なハッキング被害を受けた瞬間、爆発的な人気を集めたNFT(ノン・ファンジブル・トークン)の取引サービスを始めた瞬間、世界が注目するメタバース(仮想空間)上の事業計画を議論する会議……。
国内最大の暗号資産取引所の黎明期を過ごしてきた川嶋さんは、1990年代にバブル経済のバブルが弾けた日本で生まれ育った、「失われた30年」世代の28歳。日本の未来を懸念する声が鳴り響く社会で、「期待の方が大きく、楽観している」と話す。
彼女の楽観思考はどこから生まれてくるのか?ブロックチェーンが可能にするトークンエコノミーやWeb3は、失われた30年世代の救世主になるのか?
自給自足の生活をするルソン島の民族
──川嶋さんの価値観が変わったり、刺激を受けた経験はなんでしょう?
川嶋さん:海外での生活を通じて、たくさんの刺激を受けてきたと思います。幸い、日本を離れて海外で過ごすことに理解のある父に育てられたので、海外に対するアレルギーはありませんでした。
日本の大学に在学中、カリフォルニア州の大学に2年間留学しました。留学先で、たまたまビットコイン(BTC)で決済できるカフェを見つけました。生まれて初めてビットコインでコーヒーが飲めるカフェに出会いました。2015年です。暗号資産に対する探究心が強くなっていきましたね。
その後、NGOでのインターンでは、フィリピンのルソン島で過ごしたりしました。山々に多くの異なる民族が生活している島で、カリフォルニアの生活とは全く違う刺激を受けましたね。
ある民族は、この時代にもかかわらずほぼ自給自足のような生活をしているんです。国の通貨よりも、モノに対する信用の方が高いわけで、モノ中心の経済圏がそこには存在しています。
国家の信用、モノの信用、ビットコインや暗号資産のようなデジタル資産の信用と、今まで生きてきた生活では考えることのなかった「価値とはなんだろう」という問いを考えるようになりました。
1年で起きることが1カ月で起きてしまう世界
──2017年に新卒でコインチェックに入社していますね。トライ&エラー、変化、進化、成長の5年間ではなかったでしょうか?
川嶋さん:1日が終わるのがとても速くて、5年前と今とでは世界の暗号資産業界も、会社も、日本の業界も大きく変わりました。
例えば、アメリカやヨーロッパをはじめ、ブロックチェーンの上に次から次へとdApps(ブロックチェーン上の分散型アプリケーション)が生まれ、チェーンごとのエコシステムがものすごい速さで広がっていきます。
1年で起きることが、1カ月で起きてしまうような世界ですよね。
(コインチェックに)新たに上場する暗号資産の申請手続きから、NFTの仕入れや販売、コンプライアンスやリスク管理、メタバースと、「史上初」という枕詞がつくようなデジタル資産・デジタル空間が軸となる仕事です。
執行役員たちがゴーグルをつけて、メタバースで真剣に会議をしていたり(笑)。
想像力がとても大事だと思うようになりました。人類が未だかつてやったことのないサービスを作っていくことが、コインチェックでの仕事です。
負があるのはいつの時代も同じ
──「人口減少・高齢化」、「失われた30年」、「ゼロ経済成長」と、悲観的になる言葉が飛び交う時代が続いています。川嶋さんは、未来に対する不安を感じますか?
川嶋さん:正直、どうしようもないことを不安に思うよりも、できるだけ楽観的に考えるようにしています。こういうマインドの方がおもしろいですよね。
古くからの考えは多くの知恵を与えてくれるけれど、古い価値観は時に、想像力と思考を鈍らせてしまうのかなと思います。負があるのはいつの時代でも同じですよね。
たぶん、やりきった感とか、やり遂げた経験というものが、私にとっては、価値の高いユーザーエクスペリエンス(UX)だと思います。
Web3へのカウントダウン
──ブロックチェーンを基盤技術とするWeb3の到来に、世界の期待が高まっています。Web3は川嶋さんのライフを豊かにすると想像していますか?
川嶋さん:そう想像しています。10年後には今自分が想像していないようなプロダクト、サービスが人の生活を変えているかもしれないと思います。
Web3:ブロックチェーンを利用して新しいビジネスモデルと社会モデルを実現するというもの。ユーザー自身が、個人データやコンテンツ、アルゴリズムを所有し、プロトコルのトークンや暗号資産を所有することでステークホルダーとなる。
所有権がユーザーに移ることで、プラットフォーマーと呼ばれる巨大企業や政府機関など中央集権型のWeb2「ゲートキーパー」から権力や資金が離れていくといわれている。(ガートナーより)
──プライベートはどんな過ごし方を?
川嶋さん:休みの日は山登りですね。八ケ岳にはよく行くんです。山を登りきる瞬間は、何とも言えないステキな時間です。幼少期の習慣と経験なのか、今でも山に登ると落ち着くのかもしれません。
松本大氏の楽観論
コインチェックを傘下に持つマネックスグループCEOの松本大氏は5月、「楽観的に見る」と題したブログ記事を公開した。
問題視されている円安について、松本氏は、その負の側面を指摘しながらも、円安は世界から日本に来ることを容易にし、日本で生産されるものの値段も安くなり、輸出も伸びると述べた。
日本の人口減少は大きな問題だが、外国からの転勤者が日本で結婚して、人口が増えるかもしれないと続け、「何ごとも見る視点によって向きは変わる。環境の変化をポジティブに捉えて、前に上に進む原動力に変えていきたい」と締め括った。
川嶋さんの楽観の源の一つは、企業トップの思考にあるのかもしれない。
|インタビュー・構成:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑