マネックスグループは3月、傘下で暗号資産取引サービスを運営するコインチェック(Coincheck)の上場計画を明らかにした。株式評価額は2100億円を見込み、日本ではなく米国のナスダック市場での株式上場を狙う。
松本大CEO率いるマネックスは2018年、580億円相当の暗号資産(仮想通貨)の不正流出事故を起こしたコインチェックを、約36億円で買収。その後の4年間で事業規模と企業価値を拡大させてきた。
この間、国内の暗号資産交換業界では再編の動きが活発化した。ディーカレットがアンバー・グループ(Amber Group)に、リキッドグループ(Liquid Group)がFTXに買収されることが今年2月に明らかにされると、4月にはビットフライヤーホールディングス(bitFlyer Holdings)の一部の株主が、同社株式の過半数を投資ファンドのACAグループに売却する交渉を進めていると報じられた。
コインチェックが計画している株式上場は、買収を目的とする企業「SPAC」が買収対象会社と合併することで上場する方式。SPACを空箱会社などと呼び、SPACが買収・合併を完了させるまでの取引をDe-SPACという。
国内市場ではポールポジションを死守し、今年中の米国上場を企てるコインチェックは今後、いかにグローバル市場でクリプト事業を拡大させていくのか?松本氏に話を聞いた。
「割安」か?株式評価額2100億円
──株式評価額は2100億円前後と推計している。4年で約60倍に拡大したことになる。2018年に買収した時に思い浮かべていた通りか?
松本CEO:目安や目標をそもそも考えないから、答えられない。私の人生が、例えば北に行くと決めたら、仙台まで行こうではなく、行けるだけ北に行こうというような目標設定の仕方をしている。
(買収は成功だったか?)そうですね。マネックスグループからすると、流動性がある株式を持つことになる。資本戦略をはじめ、グループ全体の戦略としても力を与えてくれるものになる。
──2022年1月に発表した決算説明会資料では、株式評価額3400億円程度を見込んでいた。安すぎるのではないかという指摘があるが。
松本CEO:ウクライナ問題などで、マーケットにストレスが走っている。実際、IPOやM&Aも軒並み中止になっている。その中で、時期を待つのか、待たずに上場を進めるかの選択になった。
待たない場合は、元々のバリュエーションで進めることは無理だ。持ち分の75%程度を保有し続けるほか、(株価が上昇すると受け取れる株式が増える)アーンアウトもついているので、一旦、かがんで、もとに戻っていくことを想定している。
アーンアウト(Earn Out):M&Aにおける対価の調整方法の一つであり、一括で支払うのでははなく“分割払い”で行う取引契約のこと。クロージング時における対価支払を支払い、その後一定期間内に、対象会社の業績指標の目標達成度合い等に応じて追加対価を支払う仕組みをさす。(M&Aキャピタルパートナーズ、M&A用語集より)
1カ月前には、バイデン(大統領)が大慌てで暗号資産に関する大統領令にサインした。私も同じように、時間は待ってくれず、のんびりしていたら離されてしまうと考えた。
マネックスグループのボードでの議論では、待つべきだという意見もあった。私が「今、いくべきである」と経営者として判断した。大変な決断だった。
クリプト、Web3の中心は米国
──海外市場における事業成長のロードマップは?
松本CEO:今、暗号資産やブロックチェーン、Web3の中心地はアメリカだ。ニューヨークが集積地になっている。やはり、アメリカが軸足になる。いろいろな技術アイディア、ビジネスモデル、人材など、吸収して展開すべきものは、大体なんでもアメリカにあるという感覚だ。
Web3:Web3.0とも呼ばれ、ブロックチェーンなどのピアツーピア技術に基づく新しいインターネット構想で、Web2.0におけるデータの独占や改ざんの問題を解決する可能性があるとして注目されている。
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──海外の大手暗号資産取引所と競うことになるのか?
松本CEO:コインベースやFTXと競争するというのは、考えられない。コインチェックは日本でこのままやっていく。
我々は、独自の道を考えなければいけない。日本の個人、いずれは機関投資家も含めて国内投資家の大きな顧客基盤がある。これは、海外事業者にはないものだ。
──米国上場後に買収や提携は想定しているか?
松本CEO:今は話せないが、業種や社名についても具体的なイメージがある。注目している技術としては、ブロックチェーンやWeb3、メタバースで、要はトラステッドネットワークだ。
僕のイメージだと、インターネット上でのビジネスは露天商みたいなものだろう。ブロックチェーンによるWeb3の世界はセキュリティーを伴っているので、建物の中で商売するのと同じ。今まで社会で行われてきたビジネスが、ほとんどWeb3、ブロックチェーン、メタバースの中でできるようになるだろう。
現時点では、サービス内容でコインベースには勝てない。しかし、日本の顧客に対するいろいろなサービスで考えると、我々はすぐ近くにいる。日本のお金、日本のお客さん相手に、この業界がすごく伸びると思う。
その時、誰がその恩恵をこうむるか。それはコインベースでなく、我々でもできる。しかし、テクノロジーや商品ラインナップで全く差があったら無理だ。
日本のレギュレーションは遅れている
──日本の規制環境についてどう考えるか?
松本CEO:日本は、暗号資産(仮想通貨)や決済など、レギュレーションが厳しくて、遅れている。その状況に指をくわえて待っているだけでは、(環境が整って)日本でできるようになったときに、外資にバーッと全部持っていかれてしまう。
その前に、我々はコインチェックグループを作ったり、アメリカなどに会社を作ったり、買収したりして、世界最先端のノウハウやビジネスを学んでいる。日本のマーケットが動けるようになったときに、我々は近くにいる。
コインベースやFTXと真っ向から勝負はしない。我々が真っ向から勝負して同じ土俵に上がったら必ず負ける。しかし、そうではない土俵がこれからできる可能性がある。そこで我々には十二分に勝ち目がある。
SPAC上場の難しさ
──マネックスグループとしては2021年11月、アメリカでオンライン証券を運営する「トレードステーション(TradeStation)」のDe-SPAC上場を決めた。
松本CEO:マネックスグループとしては1年で2回のDe-SPAC上場になる。De-SPACは簡単ではない。「やればできるじゃん」と思われてしまうかもしれないけど、すごく大変だ。
恐らく、De-SPACは日本で初めてであり、「資本市場オタク」の私としては一定の満足感や充実感がある。いろいろな努力、経験、チームなど、様々なものが必要なので。
──コインチェックは2022年内の上場を目指しているが。
松本CEO:大体1年前ぐらいから、準備をしていた。それなりに時間のかかることであり、去年の今頃からプロジェクトとして取り組んできた。マネックスグループからすると、NYSE・NASDAQにそれぞれ1社ずつ、アメリカに2つ大きな子会社が上場することになる。
それぞれ1000億円単位で、70~80%をマネックスグループで保有する。Visibility(視認性)もあり、流動性がある。
──ステーブルコイン・USDCを運営するCircleはSEC(米国証券取引委員会)の審査が長引いていると聞くが。
松本CEO:1つ言えるのは、現時点でコインチェックはアメリカで一切ビジネスをやっていないということ。日本では、すべて完全にRegulate(規制対応)されている。
金融庁には、厳しいレギュレーションがあり、その中で完全に従ってやっているということ。サークルなどとは、全然カテゴリーが違うと考えている。
計画通りのナスダック上場
──日本の東京証券取引所ではなく、なぜ米・ナスダック上場を選択したのか。
松本CEO:消去法ではなく、いくならナスダックだと決めていた。暗号資産、ブロックチェーン、Web3、メタバースのようなキーワードの中で、世界でビジネスをしていこうと考える時に、そういう会社が上場する場所は世界にナスダックしかない。
そこで得られる資本力や注目を得られて獲得しやすくなるであろう人材、技術、提携先など、様々な意味でナスダックだった。
──従前から、暗号資産の長期的な価値を認められていたが。
松本CEO:ビットコインなど、いくつかの暗号資産については、価値上がっていくと考えるのが妥当だろう。最近の出来事は、それをConfirm(裏付け)したという風に感じている。
ウクライナへの送金では、暗号資産が早かった。今、戦争博物館を作り、NFTを売って資金を得ようとしている。銀行口座を、その国で持っていなくても、お金や価値を送る、受け取ることができる。
NFT(ノン・ファンジブル・トークン=非代替性トークン):ブロックチェーン上で発行される代替不可能なデジタルトークンで、アートやイラスト、写真、アニメ、ゲーム、動画などのコンテンツの固有性を証明することができる。NFTを利用した事業は世界的に拡大している。
一方、ロシアへの対応では、スイフトを止めた。暗号資産も止めないと、「穴が開いているのではないか」という指摘があったが、実際にはほとんど資産が移動していない。パブリックチェーンなので、見えてしまい、足がつく。
暗号資産によってロシアに資金供給したというのは、本当にごく限られた金額だ。スイフトは止めるまでに、それなりに時間がかかって、何10兆円とかいうお金が流れている。
インクルージョンとしても、お金の流れを管理するという意味でも、暗号資産はすごい可能性がある。
英米政府の積極的な動き
──先進国の暗号資産に関する動きも急速に進んでいる。
松本CEO:1カ月ぐらい前にバイデン(大統領)が大慌てで大統領令にサインをして、政府として、デジタル通貨の研究・開発をリーダーシップをとってやると決めた。大統領令は、命令なので、180日以内にアクションを取らないといけない。
4月4日には、イギリスのボリス・ジョンソン(首相)もNFTを国としてやると発表した。これも命令だ。
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今回のことでもう「フィアット(法定通貨)対暗号資産」ではなく、ブロックチェーン技術を通貨に使っていくべきだというのが、先進国のリーダーシップの中でも認識された。
ブロックチェーンを使った暗号資産がもっと使われるようになることは、ほぼ間違いない流れ。暗号資産の価値はネットワーク効果の表象みたいなものなので、多く使われるようになればなるほど価値が上がる。
すべてではないが、ビットコインなどのいくつかの暗号資産については、やっぱり価値が上がっていくと考えるのが妥当だというふうには思われる。
国内の暗号資産取引所、勝敗の分かれ道
──日本では、国内取引所が外資系に買収されるケースが続く。
松本CEO:コインチェックは、今でもOne of the biggest(最も大きい事業者の1つ)であって、経営基盤も安定している。マネックスグループというバックボーンがあって、レギュレーターともコミュニケーションが取れる不思議だけど稀有な存在だ。我々は、日本がぐちゃぐちゃしている中で、中心的な役割を担いたい。
──競争過多が原因と想定しているか。
松本CEO:(暗号資産交換業者は)できることが少なすぎる。コインチェックくらい大きくなれば、利益をあげられる。しかし、そうでないとなかなか厳しいというのが大きな理由ではないか。我々にとっては、ある意味追い風かもしれない。
──レギュレーション対応の遅れがビジネスチャンスを逃がす理由になっているとも言えるが、日本の規制当局に求めることは。
松本CEO:行政には目的がある。アメリカでの資本市場は、国力の向上を実現するための一つのプラットフォームとして考えられている。なにか弊害が出ると、レギュレーションで抑える。まず目的があり、それをうまくやるため、弊害に対応するために規制する。
日本には目的がない。目的があって初めていろいろなことが決まるのに、目的なしで規制ばかりやってしまう。株式市場でも、この暗号資産においても、国と国の戦いだと思う。レギュレーターの問題なのか、政治の問題なのか、世論の問題なのか分からないが、(国として)弱くなってしまうのではないかと思う。
|インタビュー・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑