「日本人として負け続けるのはくやしい。失われた30年間を過ごした若者がこの国に希望が持てることをやっていきたい」。
こう話すのは、20代でシンガポールに渡り、世界のWeb3領域で起業した渡辺創太氏。恵まれた日本での生活を離れ、敢えて競争の激しい世界で戦う道を選んだのには、彼なりの理由がある。永田町の政治家との会合や、業界の経営トップたちとの会食でスケジュールが埋まる一時帰国中、26才の経営者に密着した。
Web3:Web3.0とも呼ばれ、ブロックチェーンなどのピアツーピア技術に基づく新しいインターネット構想で、Web2.0におけるデータの独占や改ざんの問題を解決する可能性があるとして注目されている。
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Astar Networkのファウンダーであり、Stake TechnologiesでCEOを務める渡辺氏は2020年10月、単身でシンガポールに渡った。「暗号資産に関する日本の税制を変えない限り、日本のWeb3に未来はない」と同氏は述べ、「トークン発行に関わる課税の問題が理由だった」と当時を語る。
急激な成長の原動力
「Astar上にアプリケーションを乗せたいという人が大勢いて、日々、新たな仕組みが入ってきている」とネットワークの成長を実感する。DefiLlamaによると、Astar上で運営されているDeFi(分散型金融)プロトコルに預けられた暗号資産(仮想通貨)の価値を指すTotal Value Locked(TVL)は、20億ドル(約2500億円、4月10日時点)。Astarのネットワークに対する信頼の大きさを表している。
CoinMarketCapのデータによると、4月10日にAstarの時価総額は8億ドル(約1000億円)を突破した。ポルカドット(DOT)のパラチェーンであるAstarは1月、メインネットを立ち上げた。ポルカドットを開発したWeb3財団(Web3 Foundation)の創設者は、イーサリアムの共同創設者であるギャビン・ウッド氏だ。
Astarのトークン(ASTR)は、BinanceやHuobi Global、Krakenなどの取引所に上場された。Astar Networkは、コインベースやサッカー選手の本田圭佑氏からも出資を受け、世界のブロックチェーン領域において注目される存在だ。
Web3基幹インフラ
Astar Networkは、多様なブロックチェーンをつなぐ役割を担い、「Web3の基幹インフラ」を目指している。イーサリアムやソラナ、アバランチなどの多様なチェーンをポルカドットとつなぐハブになることで、マルチチェーンのユースケースを作ろうとしている。
開発をすることによって金銭的な報酬を得られるBuild to Earn(開発して稼ぐ)を取り入れた「dApps Staking」も独自の特徴だ。
将来的には、ポルカドットの保有者であるノミネーターがバリデータを指名する「Nominated Proof of Staking(NPoS)」に移行する計画だ。「長期的には、DAO(分散型自律組織)になる」ことを目標としている。
起業家としての目利き
「人のお金を預かる起業家なので、ビジネスとしてどう勝つかという戦略を重視している」と、経営者としての顔を見せる。ポルカドットに賭けたのは、3年前。「我々は初期メンバーの1人なので、良いポジショニングをとれた」と語る。
ポルカドットは、スマートコントラクトの機能を有していない。Astarは、ポルカドットと接続し、スマートコントラクト基盤を手掛けている。
小規模だが、急速に伸びそうなプラットフォームに狙いを定め、そこで一定のマーケットシェアを獲得する。その後、プラットフォームの拡大に合わせて自らも成長していくストーリーを描いていた。
Web3財団から受け取った助成金(グラント)は、合計で約1500万円分。法定通貨ではなく、当時、未上場だったポルカドットで受け取った。現金が入ってこないなか、一時、会社の残金が200万円を切るところまで追い詰められた。しかし、上場するまでは換金が難しい。
資金難を耐え忍ぶなかで、2020年8月、ポルカドット上場という光が差した。助成金では、1DOTあたり1ドル換算のもと、15万DOTを手に入れていた。上場を機にポルカドットの価格は急騰。会社の資産は5億円相当近くまで膨らんだ。「なんとか生き残れた。結構辛かったです」と当時を振り返る。
「世界を目指す」ブロックチェーン
「僕は純ジャパ(純粋な日本人)。英語はネイティブではない」という渡辺氏は、大学1年生のときに初めて1人で海外に出た。行き先はインドだ。下着しか履いていない泥にまみれた子どもが、自分の洋服をつかんでお金をねだるという体験にショックを受けた。「日本って恵まれているな」と実感した。
その後の大学生活では、国際交流を手掛けるNPOで働いた。楽しみを感じる一方で、「目の前の数十人を幸せにできるかもしれないが、地球の裏側の人を変える事はできない」と考えるようになった。
2016年、雑誌「WIRED」の特集は「ブロックチェーンは世界を変える」だった。紹介されていたのはエストニアの「Funderbeam(ファンダービーム)」。非上場企業の株式をブロックチェーンでトークン化し、世界中の誰でも買えるようにしていた。
当時、大学2年生に戦慄が走った。「例えば、誰もがAppleの初期株の保有者になれる。これがお金の民主化で、技術として可能性がある」。社会問題を解決する技術だと確信した。翌年、大学3年生で技術の集積地であるシリコンバレーに渡った。
起業家を目指す「格好いい」
ブロックチェーン企業「Chronicled(クロニクルド)」に入社。医療とブロックチェーンを掛け合わせたスタートアップで働いた。
もともとはビッグテックや外資系金融機関に入ろうと考えていた。しかし、「アメリカだと、一番優秀な人たちが起業する。二番目の人たちがスタートアップに入る。起業家として生きるのは格好いい」と憧れた。
日本に帰国した後は、東京大学にブロックチェーン研究員として籍をおいた。そこで出会った技術者と共に、起業を決めた。
手を差し伸べるための資本主義
「資本主義のシステムからはみ出てしまったマーケットで、貧困が起こっている。解決を目指すため、短期的には資本主義のマーケットを出るのではなく、その中で勝ってお金を流す方が早い」と、困っている人に手を差し伸べるために取り組む。
寄付では、FTX創設者のサミュエル・バンクマン・フリード(Samuel Bankman-Fried)氏が有名だ。渡辺氏は2021年末から、寄付活動を始めた。額は200万円。「今年は頑張って数千万円を寄付できるようにしたい」という。
親孝行も忘れていない。両親にお金を借りて、シリコンバレーに留学した経験を振り返り、「今は、両親に家を買ってあげることが目標」と微笑む。
シンガポールのビジネス環境
環境が整えば、日本に戻りたいと公言する。ただ、日本の課題は税制面だけではない。シンガポールのメリットについて、「ポリシーメーカー(政策立案者)が暗号資産を推して、金融のハブを作るという意識だ」と説明する。
シンガポールの暗号資産関連企業は500社近くあり、多くの事例が参照できるという。また、法律をはじめとしたルールがクリアであり、弁護士と会って、話せば、その場で解決できることがビジネスのスピード感を担保してくれるようだ。
国家戦略としてのWeb3
「日本人として負け続けるのはくやしい。失われた30年間を過ごした若者がこの国に希望が持てることをやっていきたい」と語り、世界時価総額ランキングでGAFAMがトップを占める現状から、日本がWeb2で敗北したことを指摘する。
日本に対しては、政府がWeb3を国家戦略にすることを求める。「1兆円のWeb3ファンドを作る」などの大胆な施策による積極的な取り組みを提言した。
起業家として、「受け売りだが、自分が生きてる世界と生きていない世界の差分を作りたい」と、自身の存在意義を社会的なインパクトに置き換える。実際にAstarの価値が世界で認められ、日本が税制改正を検討するためのモデルケースになっている。「自分たちが事例を作ることで、社会がより良い方向性に変わっていくことが楽しい」と目を輝かせる。
「日本で時価総額トップ10に入る企業が新しく出てきたら、すごく希望がわきませんか」と渡辺氏。「Astarの時価総額は1~2年で10兆円を目指す。まだ序章です」
|インタビュー・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑