封建時代の日本において、浪人という言葉は、主人を持たない侍のことを意味した。主人の死、あるいはその身分を失ったためにひとりになった浪人は、さまよえる戦士であり、忠義という制約から自由になって好きに放浪していた。
浪人というは言葉は日本文化圏において、悲劇や挫折といった感覚を呼び起こすもので、社会の辺境にいる屈辱的な存在だ。現在ではこの言葉は、大学の入試試験に失敗し、翌年の試験に備える若者のことを意味する。
これが、ブロックチェーンRoninの名前の由来だ。ベトナムのゲーム開発会社スカイ・メイビス(Sky Mavis)が開発、保有するRoninは、イーサリアムと並行して存在するネットワーク、サイドチェーン。スカイ・メイビスの最初のゲームで、プレイトゥアーン(P2E)ゲームの先駆者となった「アクシー・インフィニティ」が直面したスケーリングにおける課題を乗り越えるために作られたものだ。
アクシーが基盤としていた最初のイーサリアムスケーリングアプリケーション、ルーム(Loom)ネットワークが、エンタープライズブロックチェーンに専念するためにゲームセクターを切り捨てた後に、スカイ・メイビスの創業者チュン・グエン(Trung Nguyen)氏がRoninを開発した。
史上最大規模のハッキング被害
グエン氏と仲間たちが作り上げたサイドチェーンは堅固なものだ。しかし、Roninは完全にひとり立ちすることはできず、ユーザーは他のブロックチェーンとやり取りする必要がある。
そのため、Roninとメインのイーサリアムネットワークをつなぐ「ブリッジ」が攻撃を受け、攻撃時には6億2500万ドル相当であった17万3600イーサ(ETH)と、2550万USDCが盗まれた。これまでのところ、暗号資産業界では最大級の被害額となっている。
この攻撃は明らかに、スカイ・デイビスを直撃するものだったが、そのより広範な影響は、このようなサイドチェーンが実際には、分散型エコシステムのメンバーであること、そして相互運用性に対する普遍的なニーズという共通項で深くつながり合っていることを示した。
業界が一致団結して対応すれば、今回の事件は、コミュニティがともにより良く復興するためのチャンスと考えることもできるかもしれない。
Yeah one of those moments where you see the neighbors house burn down and decide to double check the batteries in your smoke detector.
— Ryan G (@Ryantimatter) 2022年3月29日
「Kieran.eth(NFTゲーム開発を手がけるIlluviumの共同創業者):
アクシー/Roninコミュニティにお見舞いを。競争は素晴らしいが、こんなことが起こるのを見るのは誰にとっても辛い。彼らがはやく立ち直ること、ユーザーの資産の損失が最小限に収まることを願っている。
Ryan G
隣の家が火事になるのを見て、自分の家の火災報知器をもう1度チェックしようと思わされるような事件だ」
平静さを保つトップ
「ショックを受け、悲しんだが、すぐに落ち着きを取り戻した。それしか、この事件を上手く切り抜ける方法はないからだ」と、ハッキング直後の感想について聞かれたグエン氏は答えた。
その後スカイ・メイビスは、バイナンスが主導する1億5000万ドルの資金調達ラウンドを発表。スカイ・メイビスの手持ち資金と合わせて、事件の被害を受けたすべてのユーザーに対する補償に使われる。
そのような緊急資金調達は、史上最大規模のブロックチェーン関連盗難事件の渦中にいる創業者にとっては、大きな安心をもたらしてくれるはずだ。しかしグエン氏は、そのような安心材料がある前から、平静さを保っていた。
「私たちは慎重に計画をたて、過剰なくらいコミュニケーションを取り、1度に1つずつ解決していく。私たち一人一人が、他の人が感情的にも、論理的にも頼れる存在になる必要がある」と、グエン氏は語った。
私は昨年12月、CoinDeskの2021年版「最も影響力のある人物」特集のための取材を通じて、グエン氏のことをかなりよく知ることができた。グエン氏のこのような反応は、非常に分析的でプロセス重視のグエン氏らしいと、言うことができる。
感情を排除し、互いに「すべてのステップで過剰なくらいコミュニケーションを取る」ことによって、スタッフは事態を掌握できているという感覚をより大きく感じることができ、他の人たちにとっての信頼の源となると、グエン氏は説明。そこから、チーム全体で確信が強化されていくのだと、グエン氏は語っていた。
最近の困難にも関わらず、スカイ・メイビスは新しいゲーム「オリジン(Origin)」のローンチに向けて動いている。ベトナムオフィスのムードは現在、冷静な意思であると、グエン氏は語った。
「オリジンのローンチとスケーラビリティを支えるのに十分なリソースがないのではと、ためらった」と、グエン氏は認めた。「しかし、事件に対応するチームも、オリジンのチームも、発生するどんな問題にも対応できると信じている」とグエン氏は語った。
グエン氏の要求する基準は、達成不可能に近いと言えるかもしれない。自らが信頼し、頼ることのできると感じるオールスターチームを作るために、何年もかけたのだ。
競合からも寄せられるサポート
事件が発表された後、私のツイッターフィードは活気づいた。アクシーチームへのサポートを表明する支持者のツイートも多かったが、サポートの力強い雰囲気を生み出したのは、アクシーの競合たちだった。
人気ブロックチェーンゲーム「Pegaxy」の生みの親コーリー・ウィルトン(Corey Wilton)氏は、「非常に非常に悲しい」思いをしており、スカイ・メイビスチームには、大きなプレッシャーがかかっているだろうと同情のツイート。
ブロックチェーンゲームセクターでRoninと競合する、イーサリアム向けのレイヤー2スケーリングプロジェクト「Immutable X」の共同創業者ロビー・ファーガソン(Robbie Ferguson)氏は、「アクシー」のことを思っているとツイート。アクシーチームが今回の危機から立ち直ることを確信していると語った。
Immutable X上で開発されているゲームプロジェクトIlluviumの共同創業者キエラン・ウォーウィック(Kieran Warwick)氏は過去に、とりわけ声高にアクシー・インフィニティを批判していた。しかし、ハッキングのニュースを受けると、競争的な性格は身を潜め、仲間意識を見せた。
「競争は素晴らしいが、こんなことが起こるのを見るのは誰にとっても辛い」と、ウォーウィック氏はツイートしたのだ。
I want to thank all community members, friends, and partners who have reached out personally, offered support, and sent blessings to me and the Sky Mavis team over the last few days. /1
— Trung Nguyen (@trungfinity) 2022年4月5日
「グエン氏:
ここ数日、私やスカイ・メイビスチームに対して、個人的に連絡をくれたり、サポートを申し出てくれたり、お見舞いの言葉をかけてくれたすべてのコミュニティメンバー、友人、パートナーに感謝する」
P2E業界を牽引してきたアクシー
これは、アクシーにまつわるFUD(恐怖、不確実性、疑念:fear, uncertainty and doubt)が時に耳をつんざくほどであった最近の状態とは、著しく対照的なものだ。
アクシーのインゲームトークン「SLP」の価格が、2021年7月の史上最高値0.39ドルから、2022年3月には0.015まで大暴落したこととも並んで、プレイトゥアーン(P2E)ゲームに対する一般的な感情が、めまいがするほど扇情的なものから、深く吟味的なものへと移行するのを、私たちは目の当たりにしてきた。
同様に、ニュースの見出しも、貧困緩和や経済的エンパワメントの宣言から、倫理や搾取に関する疑問へと移っていった。
現在、世界中でプレイされているブロックチェーンゲームの数は398を超え、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)やセコイア(Sequoia)をはじめとする大手ベンチャーキャピタルを先陣として、54億ドルもの資金が業界に流れ込んでいる。
ニッチから一般的な業界へと変容し、業界団体ブロックチェーン・ゲーム・アライアンス(Blockchain Game Alliance:BGA)は、2020年から2021年にかけて、メンバーベースが186%拡大したと報告。
BGAは現在、ゲームメーカー、ブロックチェーンプロトコル、個人を含めた473のメンバーを誇っているが、アクシー誕生前には、ブロックチェーンとゲームの交わるこの業界に興味を持つ人は、本当に少なかったのだ。
アクシー現象を中心として、まったく新しい業界が生まれた。プレイヤーがアクシーと呼ばれるキャラクターのNFTを貸し出すことのできる、アクシーのスカラーシップ(奨学金)モデルも、革新的なもので、NFTの有用性という点で、世界でも最も興味深いユースケースの一例となっていた。
今では、そのような仕組みはブロックチェーンゲーム業界全体で標準となっており、自らNFTを持っていないウェブ3初心者のためのオンランプとして機能する新たなビジネスモデル、分散型ゲームギルド(組合)というコンセプトを支えている。
このようなギルドは現在、何百ものNFTゲームやブロックチェーンベースのバーチャル世界に存在するが、すべてはアクシーから始まった。
団結した対応
Roninのハッキング事件は、危機の時には、ライバルさえも意見の違いを脇に置いておくことができ、そうすべきであることを示している。競争はイノベーションを促進し、ウェブ3の普及を加速させるが、団結も同じことだ。
セキュリティ関連の事件は誰にとっても良い結果をもたらさず、これだけの規模のハッキングは、業界全体の評判をおとしめる。そうなれば、潜在的プレイヤー、パートナー、投資家たちを遠ざけてしまうのだ。
今回のハッキングは最後とはならない。このような事件はいつ、どのプロジェクトにも起こり得るものだ。私たちすべてが、恐怖を共有し、責任も共有している。
今回は、先見性のあるベンチャーキャピタルがスカイ・メイビスを助けようと名乗り出たが、ウェブ3の未来を安全なものにするためには、お金だけでは足りない。真の協働、情報共有、サポート、仲間の開発者たちへの信頼を見せることを通じて、この業界は生き残っていくだろう。
そういう意味では、ウェブ3の関係者は皆、浪人だ。浪人は主人を持たなかったが、ひとりぼっちではなかった。浪人は共に結束し、社会組織の伝統的ヒエラルキーを避けて、独自のリーダー不在の分散型共同体を結成していた。従来の期待に合わない、同じような考えを持った一匹狼たちが、社会の周縁で自分たちの共有スペースを生み出すことを選んだのだ。
浪人は自分だけでは脆弱だったが、団結することで、個々の力の総和以上のものとなっていた。ウェブ3業界の私たちも、共に力を合わせることで、今までよりも強くなっていくのだ。
リア・キャロン-バトラー(Leah Callon-Butler)はCoinDeskのコラムニスト。暗号資産に特化したコンサルティング企業Emfarsis Consultingのディレクターを務める。AXSトークンやその他の暗号資産を保有しており、BGAはEmfarsis Consultingの顧客である。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:JOCA_PH / Shutterstock.com
|原文:How the Play-to-Earn Industry Can Rebuild Better After the Ronin Attack