製品のライフサイクルを考えると、設計に関する決断は、意図されているユースケースやユーザーから隔絶された真空の中で下されるべきではない。開発者は製品開発という旅に出る前に、ユーザーとユースケースを特定することが大切だ。
DeFi(分散型金融)開発者たちは究極的に、自分たちが設計するテクノロジーが、既存のエコノミーをより効率的なものにするか、新しいエコノミーの基盤となるものかを、選択しなければならない。
DeFiのユースケースとは?
DeFiの「実世界でのユースケース」を考える時、しばしば出てくるのは、DeFiの効率性によって、フィンテックや伝統的金融(TradFi)のバックエンドシステムに取って代わることができるという考えだ。これが、DeFiマレット(フィンテックやTradFiが前面に出ていて、それをDeFiが後ろで支える)というアイディアである。
DeFiは確かに、フィンテックやTradFiが活用するのに良い位置にあるが、これを唯一のユースケースと考えるのは、短絡的である。斬新なテクノロジーがまず、既存のエコノミーをさらに効率的にするのに使われ、その後に、それまでには不可能だった新しいエコノミーの登場を促進するというのは、よくあることだ。
TradFiのバックエンドとして使われる以外にも、DeFiは、暗号資産(仮想通貨)以前の世界では考えられなかったような、「純新規」ウェブ3ネイティブのエコノミーも台頭させる。
開発者たちは、これら2つのオプションのどちらかを意識的に選ばなければいけないと、私は考えている。製品のライフサイクルの中で、これらのユースケースのそれぞれにおいて、異なるトレードオフを伴った設計上の決断を下さなければならないからだ。
新テックを伴った旧経済 vs 新テックを基盤とした新経済
蒸気機関が発明された時、それまでは風を動力としていた船を動かすために使われた。それは、既存の仕組みである海上輸送に大幅な改善をもたらした。蒸気機関はまた、鉄道を発明するための基盤にもなった。こちらは純新規の仕組みだ。
大規模な海上輸送は、風力で動く船でもすでに可能であったが、蒸気機関の登場で効率性が大幅に向上した。鉄道による大規模な陸上輸送は、鉄道によって海のない地域における新しいエコノミーの下地が作られるまでは、不可能であった。
インターネット以前の時代には、飛行機やホテルの予約をしたければ、旅行代理店に行って、電話やファックスで予約を代行してもらう必要があった。インターネットの登場により、旅行代理店はファックスや電話をEメールに切り替えた。
そしてゆくゆくは、エクスペディアなどのウェブサイトが、旅行代理店のしていた作業を自動化し、同じワークフローと、同じ需要と供給を維持することになった。これは、古いエコノミーが、新しいテクノロジーを活用している事例だ。
Airbnbが後に登場し、家を持つ人たちへと供給サイドを拡大。新しいタイプの旅行を可能にすることで、需要サイドも拡大した。Airbnbは、ウェブネイティブの仕組みであり、純新規エコノミーである。
インターネットは、かつて必要とされていたインフラを飛び越えることで、新聞、テレビ、ラジオといったメディアをよりアクセスしやすいものにした。インターネットはまた、ブログやポッドキャスト、コミュニティが生む動画コンテンツ(例えばユーチューブ)などの新しいメディアも誕生させた。
インターネットを通じたラジオやテレビは、新しいテクノロジーを活用した古いエコノミー。一方、ブログやポッドキャスト、YouTubeは、新しいエコノミーだ。
インターネットは、注文、予測、在庫管理の面で、実店舗を持つ小売業の効率性を高めた。そして、eコマースの台頭が、市場における需要と供給を拡大させたのだ。
私が指摘しようとしている主要なトレンドは次の通りだ。
・新しいテクノロジーが登場する:蒸気機関、インターネット、DeFi
・古いエコノミーや仕組みが、効率性を求めて新しいテクノロジーを利用する:蒸気船、エクスペディア、TradFi
・新しいテクノロジー登場以前には不可能だった新しい仕組みやエコノミーが作られる:鉄道、Airbnb、eコマース、ポッドキャスト、(純新規のウェブ3ネイティブエコノミー)
古いエコノミーや仕組みをより効率的にするための製品を開発する開発者は、新しい仕組みやエコノミーを作り出す開発者と同じではない。
Airbnbを作ったのはエクスペディアではない。2000年頃、ブログを生み出したのは、デジタル新聞の発行元ではない。DeFiが後ろで支えるフィンテックは、純新規のウェブ3ネイティブエコノミーを台頭させることはないのだ。
開発者たちは最終的に、複数のユースケースやユーザーに応じることのできない、設計上の選択を迫られる。開発者たちは自らのテクノロジーが、既存のエコノミーを効率的にするためのものなのか、新しいエコノミーのためのインフラになるものなのかを選ぶ必要があるのだ。
新しい仕組みを作るためには、開発者たちは製品開発サイクルの中で、純新規のユーザーとユースケースを思い描く必要がある。
ウェブ3ネイティブ経済向けの選択
純新規のウェブ3ネイティブエコノミーのための開発は、非許可型DeFiインフラスタック(一連のインフラ要素)を組み立てるようなものだ。このスタックの非許可型という側面は、プロトコルを利用するユーザーだけではなく、開発者にも当てはまる。
このようなインフラレイヤーは、隣接するプロトコルを作る他のDeFi開発者向けに水平に非許可型であるだけでなく、このスタック上に経済レイヤーを築くユーザーのために垂直にも非許可型でなければならない。
このようなトレンドはすでに、新しい仕組みのためのインフラレイヤーとして最適化しようとするDeFiの開発者たちに見られる。
マネーマーケットプロトコルの第一波は、単独市場のリスクマネジメントに重点を置くことで、信頼できる、流動性のある資産のための断片化していない貸付/借入市場向けに最適化した。
Fuseのような、マネーマーケットプロトコルの第二波は、インフラレイヤーになることに重点を置き、誰でもが隔絶された市場を非許可型で作れるようにしている。
Fuseは、プラットフォーム上でのリスクマネジメントを、マーケットクリエーターたちがコラテラルのタイプを追加したり、借入のパラメーターを設定する役割を担うインフラそのものからは切り離している。これによってFuseは、複数のマネーマーケットのプラットフォームとなっており、それぞれのマネーマーケットが独自の資産とパラメーターを持っているのだ。
自動マーケットメーカー(AMM)の第一波は、効率的なプールタイプを生み出すことで、従来の資産のための効率性を作り出すことに向けて最適化した。
AMMの第二波は、例えばバランサーV2のVaultのように、バランサー上に独自の不変条件を持ったAMMを、非許可型で誰でもが作り出せるようにしている。これによってバランサーは、複数のAMMのプラットフォームとなっており、それぞれのAMMが様々な資産タイプ向けに最適化された独自の演算を持っているのだ。
確定利付プロトコルの第一波は、特定の資産に重点を置いた。Senseのような確定利付プロトコルの第二波は、利回りを生むあらゆる資産から、誰でもが非許可型で確定したリターンを得られるようにするインフラを作ることに重点を置いている。
純新規ウェブ3ネイティブ経済とは?
簡潔に答えるなら、まだ分からない、ということになる。ポッドキャストやAirbnbといった、登場した時にはあまり意味が分からなかったものも、振り返ってみれば、今では必然のように思える。ウェブ3の純新規エコノミーも今、私たちの大半にとってはそれほど明らかには見えないのかもしれない。
これらの新しいエコノミーがどのようなものになるかのヒントとなるようなトレンドが、メタバースやGameFiだ。
メタバースは新しい言葉やアイディアではない。この言葉は、1992年に発表されたニール・スティーヴンスンのSF小説『スノウ・クラッシュ』にまでさかのぼり、アイディアはさらに古いものだ。
ソーシャルメディア、MMO(超大人数でのオンライン)ゲーム、バーチャルリアリティ/拡張現実などの台頭を考えてみれば、このコンセプトはしばらくの間成長を続けていたことが分かる。しかし言葉の使い方自体は、NFTやDeFiが知名度を上げるに伴って、このコンセプトの経済的意味が明らかになり、新しいものとなっている。
GameFiはおそらく、より具体的な例だろう。ゲームは昔から、ストーリー/ナラティブ、ゲームプレイの仕組み、ビジュアル/グラフィックスを通じてプレイヤーを惹きつけてきた。アクシー・インフィニティのようなゲームは、そこに4つ目の要素をもたらした。インゲームエコノミーだ。
ゲーム開発者たちは可能な限り、テンプレートや変更可能なフレームワーク、再配置可能なインフラを使って、それまでの3つの要素を生み出している。ゲームメーカーが経済的レイヤーを追加したければ、再配置可能なDeFiインフラがあれば成功する可能性が高いだろう。
GameFiは、市場のガバナンスが、プロトコルを支配するのと同じ仕組みにつながれている、一枚岩的なDeFi市場を実現することが不可能である事実を浮き彫りにしている。
旧来のやり方は、ガバナンスのロビー活動や、開発者のリソースをDeFi統合に費やすことに無駄な労力をかけるのに夢中になることだ。これでは、新しいエコノミーの金融基盤を超えて拡大することはできない。
新しい方法は、DeFiスタックへと単一の統合を行うことで、各プロジェクトが自らの中核的能力を活用し、人々が欲する製品やサービスを開発することに集中できるようにするものだ。
DeFi開発者たちは、新しいエコノミーを台頭させるレイヤーを作り出したいのか、古いエコノミーの効率性の問題解決に役立つテクノロジーを開発したいのか、決断する必要がある。
キア・モサイェリ(Kia Mosayeri)氏は、暗号資産取引プラットフォーム「バランサー(Balacner)」を手がけるバランサー・ラボ(Balancer Labs)のプロダクトマネージャーである。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The ‘DeFi Mullet’