ブロックチェーン的発想で社会を救う【オードリー・タン氏】

新型コロナウイルスに打ち勝った女性、オードリー・タン氏を紹介しよう。もちろん彼女は謙虚過ぎて、自分でそんな風に言うことはないのだが。

台湾のデジタル担当大臣である彼女は、「私はただ看板になっているだけ」で、本当の功績は台湾の人々にあると語る。

台湾では、オープンソーステクノロジー、クラウドソーシング、そしてブロックチェーンにインスピレーションを受けたイノベーションを組み合わせて開発した接触確認システムを人々が実際に利用し、感染者数の数を抑えることに成功した。

台湾は、200日間新規感染者無しという驚異的な記録を達成。しかも、中国で実施されたようなロックダウンはない。

その秘訣は?プライバシーを保護してくれる暗号化技術のおかげで、国民は喜んでQRコードをスキャンし、あらゆるレストラン、店舗、バー、カフェで「チェックイン」していたのだ。しかも、個人情報を公開する必要はなく。このシステムは驚くほど上手く機能し、台湾では、接触歴確認のサイクルを24分にまで縮めることに成功した。

型破りなシステムであるが、タン氏もありきたりとはほど遠い人物だ。彼女は多くの顔を持っている。コンピュータープログラミングに専念するために、8歳で学校を中退。オープンソースコミュニティでは伝説的な開発者。台湾での革命的な「ひまわり学生運動」の成功を助けたアクティビストでもある。

そして、台湾最年少の大臣かつ、台湾初のトランスジェンダー大臣。さらには台湾初の無任所大臣であり、「徹底的な透明性」を信じている。タン氏のすべてのやり取りはオンラインで公開され、誰でも閲覧できるようになっているのだ。

ブロックチェーンが、彼女の手法に一役買っている。「分散型台帳コミュニティ発の最新の研究成果を読むことで、完全な準同型暗号(プライバシーを保護するような暗号化手法)について学んだ」と、「ブロックチェーン」より「台帳」という言葉を好むタン氏は語る。

タン氏は、数年に1度投票するようなマクロな問題(誰が国を率いるべきかなど)だけでなく、「接触確認システムに使うのにベストなQRスキャナーは何か?」と言った非常に具体的でリアルタイムなミクロな問題に関しても、台湾国民がすばやく意見を一致させられるような、各種ツールを導入した。

タン氏は、民主主義をオープンソース化し、クラウドソーシングしており、それが上手くいっているのだ。おまけに、「humor over rumor(ユーモアは噂を超える)」という戦略をつかって、偽情報に打ち勝つ方法も見出した。彼女はこのモデルが、アメリカでも成功するのではと考えている。

タン氏が整備に一役買い、「台湾モデル」と呼ぶシステムは究極的に、「プライバシーと人権を保護しながら、構造的に困難な問題を解決するというジレンマ」を解消する役に立ってくれる。

普通なら、二者択一となってしまうような問題だが、タン氏は「あまりに多くの場合、ゼロサムゲームと呼ばれてしまう」ところを、「台湾はそうではないと証明している。どちらも手にすることができるのだ」と主張する。

タン氏がその両立をどのように成功させたかを、聞いてみよう。

注:以下のインタビューは、分かりやすいように要約され、編集されている。タン氏の徹底的な透明性というポリシーのおかげで、彼女のウェブサイトでは要約されていない完全版インタビューを読むことができる。

成功した仕組み

──デジタル担当大臣に就任して以来、最も大切な目標は何でしたか?

私はデジタル担当大臣で、命令を出すこともなければ、命令されることもありません。大切なのは人々のためではなく、人々と共に働くこと、という考えが根本にあります。

「人々のため」と言うと、自分の方が優れているかもしれない、ということが暗示されるでしょう?しかし、「人々と共に」の場合には、メカニズムやスペースを常に作り出す必要がある、ということが含意されるのです。

──メカニズム、というのはどういう意味ですか?

自分で色々とリサーチしなくても、何が起こっているのかを人々が確実に知れるような、フリーダイヤル、毎日の記者会見、その他多くの仕組みです。議論を呼びそうなことや、一般市民からの意見を必要とする事柄について、知見のはしごを築くためのものです。

だからもちろん、パンデミック(への対応)が(最もよく知られた例です)。オミクロン株出現後もゼロコロナを実施しているのは、台湾だけだと思います。今他にやっている国は無いだろうと。

台湾ではロックダウンを実施したことは、1日たりともありません。人々が接触確認などデータ面での協調に自発的に参加することが基盤になっているのです。人々は、自分の電話を使ってQRコードをスキャンしても、自分に関する情報が施設のオーナーに伝わることはなく、プライバシーが守られることを知っているからです。

そのような仕組みの多くは、ウェブ3の分野におけるゼロ知識証明の研究を元にしていますよね?私は、分散型台帳コミュニティ発の最新の研究成果を読むことで、完全な準同型暗号について学びました。

しかも、私たちはそれを実際に使っているのです。時間を節約し、より安全に感じさせてくれるものなら、人々は理解を示すからです。そして快く参加して、他のQRコードを拒絶するような、より良いQRコードスキャナーを作るのに貢献してくれるのです。

──他にはどのようなものが?

基本的に、現行の接触確認システムは、公共セクターだけでなく、民間セクターからも多くのインプットをもらっています。例えば、サイバーセキュリティを手がけるトレンドマイクロや、LINEなどです。

そのような企業がエコシステムに貢献して、接触歴追跡のサイクルを24時間から24分に縮めたのです。さらに人々は過去4週間分のデータを逆にたどって、どの自治体が自分のデータを見たのかを確認できるのです。4週間後には確実に削除されるよう、逆方向でもアカウンタビリティが機能しているのです。

「インフォデミック」対策

私たちは、インフォデミック(不確かな情報が伝染病のように急速に拡散し、社会に影響を及ぼすこと)に対処するためにも、データ協調で似たような関係を築きましたが、それについてはあまり報道されてはいません。

私の願いは、「人々と共に」と言うパラダイムを順調に進めることで、人々がプライバシーと人権を保護しながら、パンデミックやインフォデミックといった構造的に困難な問題を解決するというジレンマと思われる状況に直面した時に、諦めずにいられるようにすることです。

このような状況はあまりに多くの場合、ゼロサムゲームと呼ばれてしまいますよね。台湾はそれは違うと、人々のためにではなく、人々と共に協力し合えば、どちらも手にすることができるのだと証明しているのです。

──「インフォデミック」に対処するために取り組んでいるとおっしゃいましたね?もう少し詳しくお聞かせ願えますか?

パンデミックと並行していた問題がインフォデミックです。他の国々で、公衆衛生対策など医薬品以外の対応の効果を弱めていた問題です。マスクの中に5Gのアンテナが隠されていると人々が信じてしまったような。笑

──つまり、偽情報キャンペーンということですか?

意図的な偽情報キャンペーンのことです。あるいは、選挙前の情報操作など。もちろん、アメリカは民主主義の先進国なので、そんなことはないでしょうが。

──(2人とも笑う)アメリカにもあなたが必要なようですね。アメリカは、あなたが言うような「インフォデミック」の問題を抱えています。大きな問題を。台湾でインフォデミックを食い止めるために活用したツールについて、詳しく聞かせてもらえますか?

ユーモアは噂を超える、と呼んでいるやり方です。とてもシンプルです。一部のワクチンの作られ方に似ています。流行しているウイルスの変異型のmRNAを、別のスパイクタンパク質に入れ、それを放ちます。そうすると、元のウイルスよりもさらに感染力が増すのです。

──なるほど。分かるような気もします。

どの「心のウイルス」が最も高いR値(ウイルスがどれほど速く広がるかを示す値)を持つかを表示する拡散度スコアボードを用意する、という考えです。例えば、ある(偽情報)のR値が10だとします。つまり、平均すると、1人が他の10人に対してこの情報を伝えるのです。そこでそのような偽情報に重点を置いて、(例えるなら)そのmRNAを採取して、すごくおかしなミームを発表するのです。

──例えば?

パンデミック前に、「1週間に2回以上髪にパーマをかけたら、国が100万ドルの罰金を課す」と言う偽情報が拡散しました。信じられますか?けど実際に広まっていたのです。拡散されていたのです。

そこで台湾の総統が、2時間以内に、その偽情報をネタにして、それは嘘だと伝える最高に面白いミームを作ったのです。

総統は70代なのですが、髪がふさふさの若い頃の自分の写真を投稿して、その若い頃の彼が、「これは嘘です。私はかつては髪がたっぷりありました。私の若い頃のように見える人たちを罰することはありません」と言うのです。

そしてただし書きとして、「みなさんが噂で目にしているのは、ヘアケア製品のラベル表示で義務付けられた警告用の文言です。ボトルにプリントすることが義務付けられているものです。つまり、警告ラベルをつけなければ、メーカーやボトル詰め業者が罰金を課されるのです」と添えられていました。

そして、ほとんど髪の毛のない今の状態の総統の写真が、ドライヤーのイラストと並べられ、「しかし、1週間に何度も髪にパーマをかけても、銀行口座にダメージはありません。髪の毛にダメージを与えるだけです。あなたの髪型が、私のようになるかもしれません」と書かれているのです。自虐的なユーモアであり、とても説得力があるのです。

このミームは、大いに拡散されました。元の偽情報よりもはるかに広まったのです。これに笑った人は、元の偽情報に対する免疫をつけたので、もう偽情報を拡散することはありませんでした。

──なるほど。陰謀論や馬鹿げた噂にはけ口を提供しているのですね?安全で健全、かつ無害なはけ口を。そのようなものに対する欲望が満たされれば、本当の噂に騙される可能性は低くなると。つまり、あなたのチームは、途方もないおかしな偽の噂を意図的に作りだして、それが拡散することを狙っていると?

その通りです。

──素晴らしいですね。そして「R値」については、「心のウイルス」と呼ぶ本当の噂と、フェイクのユーモラスな噂のどちらもトラッキングしているということですか?

ワクチンに当たる噂ですね。はい。

──そのような手法はアメリカでも上手くいくと思いますか?

はい。確実に。必要なのは、指導的地位にいる人たちによる自虐的なユーモアだけです。

徹底的な透明性

非常に興味深いですね。それと関係する話ですが、「徹底的な透明性」というのが、あなたの根幹を成す価値観だと理解しています。なぜそれほど大切なのでしょう?それはどのように社会に恩恵を与えるのでしょうか?

タイムリーなコンセンサスを可能にするからです。そしてどんなコミュニティよりも、台帳(ブロックチェーン)コミュニティこそが、そのことを理解しています。

1秒ごとの取引数で示される情報処理能力の高さや、コンセンサス醸成にかかる時間の短さが無ければ、人々がガバナンスに時間や労力を費やす理由は無くなってしまいます。提案したことが承認されるのに、永遠とも言える時間がかかってしまうからです。

そしてもちろん、オープンソースの世界では、いつでもフォーク(分岐)が可能ですが、多くのコミュニティにとって、それは現実的ではありません。コミュニティとの関係をフォークすることはできないですよね?

そんなことが簡単にできてしまえば、フェイスブックは今までに1兆回もフォークされていることでしょう。ですから、フォークの権利は根本的なもので、そのようなソフトウェアの自由は私も尊重していますが、結局のところ抜け出る権利となってしまうのです。

しかし、タイムリーでリアルタイムの徹底的な透明性によって築こうとしているのは、意見表明の権利なのです。人々の認知的リソースを浪費せず、支配される人たちの同意に波及するような形で、ガバナンス環境において大切にされる権利なのです。言うなれば、「支配される人たちのコンセンサス」を築くということです。

──どういう意味でしょうか?

感染症が広まっているような状況では、さらに大切なことです。マスクの分配や接触管理、ワクチン接種などが、都市の一部の地域の一部の人たちだけで上手くいくようだと、グループ内の溝を深めるような内部分裂が生まれます。

国と地方自治体の政府が、完全に異なる意見を持ってしまっているような国を多く目の当たりにしてきました。そのようなことが何度か起これば、人々は感染症対策への信頼を完全に失ってしまうでしょう。知事が首相や大統領と違うことを言っているのですから。

──それはアメリカでもあることです。

しかし、リアルタイムのオープンAPIを通じて、閣僚が「自治体のバージョンが正しいです。オープンストリートマップのコミュニティで証明されています。それについて、不安はありません」と簡単に言うことができたとしたら。そして24時間後には、コンセンサスへとまとめることができたとしたら。

そうなれば、それは後方互換性のあるソフトフォークです。民主的政策においては、常にフォークする権利があります。しかし、この場合のフォークは、ソフトフォーク、つまり後方互換性があるのです。

メインとなる部分は、タイムリーに統合できるので、元のものに含まれる間違った部分を切り捨てて、ソフトウェアが今では新しい現実です、と言えるのです。ロンドン(イーサリアムの大型アップデートの名称)とでも呼べば良いでしょうか。

──まとめさせてください。つまり、人々が何を欲しているかを一貫して理解できるようにするような、極めて効率的なリアルタイムのコミュニケーションを実現した、ということですか?

そうです。

──そして、自分たちの声をはっきりと聞いてもらえる人々が、必ずしもガバナンスを握る、ということではないのですね。例えば、台湾の80%の人々があるソリューションを承認したからといって、法律になる訳ではない。直接民主主義ではない。しかし、何を欲しているかをはっきりと示すと。

アジェンダです。アジェンダを設定する力です。

──分かりました。しかし、「ソフトフォーク」との表現で何を言わんとしていたのか、まだいまいちよく分かっていません。

ひとたびアジェンダが周知されれば、総統や閣僚ではなく、クラウドソースされたアジェンダが皆の知るところになれば、政府の請負業者がソリューションを届けるだけでなく、誰でもが自由にソリューションに関して実験することができるのです。

──分かりかけてきました。

最初の(コロナウイルスの)波が来た2020年の5月、わずか3日間で、20を超える接触確認ツールが登場しました。ほとんどすべての接触確認ツールのメーカーが同じ(コミュニケーション)チャンネル上にいたので、私たちは非常に懸命に作業をして、わずか数日間で、SMSベースのオープンスタンダードQRコード接触確認システムへと集約できたのです。

誰でもが自分のQRコードスキャナーを配備して、個人情報は誰も保管しないようなものです。それが、接触確認ツールメーカーのコンセンサスだったのです。

つまり、私が自分でツールのプログラミングをしたのではないのです。私がしたのは、「リバース調達」と呼ばれるものです。仕様は、インターネットの市民コミュニティが定義します。国家規格として使えるので、それを民間業者に持っていって、小規模での実験ですでに実証された仕様に合わせて開発するように要請できるのです。

それが、唯一上手くいく方法と言っても良いでしょう。一方にアジェンダ設定のクラウドソースがあり、他方にオープンイノベーションの共同作成があります。それら2つが協調し合うのは、ダイアモンドが2倍になるようなものでしょう?分岐して集約して、分岐して集約して、が非常に素早く可能になるのです。

あらゆる問題解決のモデル

──多くの人の命を救ったことをどう感じていますか?私の理解では、国家規模でのオープンソースの大規模実験を促進した鍵となる人物があなたです。他にそんなことをした国はありません。コロナウイルスに打ち勝ったのです。

台湾モデルと呼んで良いでしょう。ですから、私だけの功績ではないのです。私はただの看板に過ぎません。私は、市民テックと政府テックの巨大コミュニティの広報担当者です。

しかし、本当にモデルとなると思います。パンデミックやインフォデミックに対処するだけではなく、気候変動や、人々がこれまでは、解決のために何かを失わなければならないと考えていたような、あらゆる不公平や不正の対処にも使うことができます。

このような考え方を知ると、次世代を真によくするために使えるソリューションを実際に設計できるようになります。人気のハッシュタグでオンラインムーブメントを始める8000人の人々は、混乱をもたらす勢力ではなく、善良なる力だと知っていれば、複数の意見を考慮することが、はるかに簡単になるからです。

あなたが言った通り、人命を救った具体的なソリューションを提示できるのは、本当に良いことです。そうすれば人々は、「コロナウイルス、とりわけオミクロンをゼロに抑え込むことができたのならば、二酸化炭素の問題でも排出量をゼロにすることは、もしかしたら大変ではないのかもしれない」と考えるようになるからです。あらゆるセクターに楽観的な気分を吹き込むのです。

──とても楽しいインタビューでした。成功おめでとうございます。

ありがとう。(映画『スタートレック』シリーズのヴァルガン人風に手を上げて)長寿と繁栄を。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:coindesk JAPAN撮影
|原文:The Woman Who Conquered COVID-19