アメリカ下院の議員たちは、7月17日(現地時間)に開かれた公聴会で、フェイスブック(Facebook)のブロックチェーン幹部に対して、仮想通貨「リブラ(Libra)」の開発を中断するよう繰り返し迫った。
しかし、成果はあまり得られなかったようだ。
フェイスブックの子会社カリブラ(Calibra)のCEOデビッド・マーカス(David Marcus)氏は、規制当局の懸念が完全に解消されない限り、リブラはローンチしないという約束を繰り返した。しかし、下院金融サービス委員会のメンバーにとっては残念なことに、プロジェクトの技術的作業の凍結を約束するまでには至らなかった。
同委員会の委員長を務める民主党のマキシン・ウォーターズ下院議員(カリフォルニア州)は、以前にも一時停止を要求しており、今回の公聴会でも中断を提案し、マーカス氏に次のように尋ねた。
「この質問にうやむやに答えるのは止めて、(中略)リブラとカリブラが実行することを確かにするための適切な法的枠組みを議会が成立させるまで、一時停止をこの場で約束してくれませんか」
これに対しマーカス氏は、何週間もほとんど変わらない主張を繰り返した。
「ローンチの前に分析と理解が必要という点については同意します。(中略)そしてそれを約束します。正しく行うために時間をかけます」とマーカス氏は述べた。
民主党のキャロリン・マロニー(Carolyn Maloney)下院議員(ニューヨーク州)も自身の質問の際に、同じ問題を取り上げた。マーカス氏は前に言ったことと同様の答えを始めたが、発言が終わる前にマロニー議員がさえぎった。
「それはつまりノーということですね」とマロニー議員は言った。
マロニー議員は、少なくとも完全なローンチの前に、100万人に満たないユーザーを対象とし、連邦準備制度理事会(FRB)と証券取引委員会(SEC)が監督するリブラの小規模な試験運用を行うことを約束するかどうか、マーカス氏に尋ねた。マーカス氏は再び、規制当局と協力することを約束すると述べるに留まった。
マロニー議員は試験運用を好ましく思っているわけではない。「そもそも新しい通貨のローンチをするべきではない」とマロニー議員は述べた。
プラットフォームからの排除の懸念
前日の上院銀行委員会の公聴会と同様に、今回もマネーロンダリング(資金洗浄)から金融上の安定性に関して、そしてリブラが上場投資信託(ETF)もしくは銀行として規制されるべきかどうかに至るまで、議員たちは幅広くマーカス氏を追及した。
民主党のブラッド・シャーマン(Brad Sherman)下院議員(カリフォルニア州)は、おそらく議会における最大の仮想通貨反対派であり、どういうわけかリブラが9/11の同時多発テロよりもアメリカにとって大きな脅威だと示唆した。
それに比べたら落ち着いた他の議員たちは、リブラプロジェクトが「体系的に重要」、つまりワシントンの官僚たちの言うところの「破綻させるには大きすぎる」ものになってしまうのではないかと疑問を呈した。
公聴会に参加した共和党議員たちは民主党議員ほどには攻撃的ではなかったが、それでも辛辣な質問をした。
例えば共和党のショーン・ダフィー(Sean Duffy)下院議員(ウィスコンシン州)は、フェイスブックのイノベーションに関してマーカス氏を称賛したが、フェイスブックが主力のソーシャルメディアで行ったのと同様に、リブラもマイロ・ヤノプルス(Milo Yiannopoulos)氏やルイス・ファラカン( Louis Farrakhan)氏のような物議をかもす論客のプラットフォーム利用を禁止するかを尋ねた。
「個人的には、人々が自分のお金で何をするかについて口出しするようなことをするべきではないと考えています」とマーカス氏は答えたが、そのような方針はリブラ協会コンソーシアムの運営評議会が決定することだと補足した。
オカシオコルテス議員の意見
ソーシャルメディアに精通し、社会主義的な経済上の姿勢で知られる民主党の若手議員アレクサンドリア・オカシオコルテス(Alexandria Ocasio-Cortez)氏(ニューヨーク州)は、通貨に関する興味深い歴史を取り上げた。
オカシオコルテス議員は、通貨リブラは、企業がかつて従業員への支払いに利用した民営マネーの一種スクリプ(scrip)のデジタル版になると示唆した。(例えば炭鉱作業員や伐採作業員は、会社の運営する店舗で利用できるスクリプトで給与を受け取っていた)
かつてオンライン決済サービスのペイパル(PayPal)の社長を務めていたマーカス氏は、スクリプという言葉に馴染みがないと述べた。
オカシオコルテス議員は、グローバル通貨になることを狙うリブラのガバナンスについても疑問を投げかけた。「リブラ協会のメンバーは民主的に選ばれたのですか?誰が選んだのですか?」と、議員はマーカス氏に尋ねた。
マーカス氏は、一定の要件を満たせば、メンバーへの道は開かれていると答えた。
「民間企業によって運営される通貨について議論しています」と、オカシオコルテス議員は続け、「リブラ通貨は公共財だと思いますか?リブラは公共財であるべきたと思いますか?」と尋ねた。
マーカス氏は、「それは私の決めることではありません」と答えた。
バスケットの中身
マーカス氏は、リブラを裏付ける法定通貨のバスケットの構成について以前よりも詳細に語った。
(リブラがアメリカの金融における優位を脅かすのではと懸念する者を含む)議員たちに対してマーカス氏は、準備金は主に、アメリカドルによって裏付けられると語った。マーカス氏はその後、50%が米ドル、それにユーロ、英ポンド、日本円も担保に含まれると具体的に明かした。
リブラの担保に関して、民主党のケイティ・ポーター(Katie Porter)下院議員(カリフォルニア州)は、さらなる歴史上の比較対象を持ち出した。19世紀初期の「ヤマネコ銀行(ワイルドキャット・バンク)」である。当時、連邦法で規制されていない期間に州法の下で公認された銀行であるヤマネコ銀行は、金と引き換え可能と謳った独自通貨を発行したが、通貨保有者への支払いの約束の履行をしばしば怠った。
「リブラは根本的にヤマネコ銀行とどこが違うのですか?」と、ポーター議員はマーカス氏に尋ねた。
「非常に重要な違いは、1対1で裏付ける準備金の存在です」とマーカス氏は答えた。
するとポーター議員は、リブラ協会が50%の米ドルと、例えば100ベネズエラ・ボリバルを入れ替えないように抑制するものは何か、と尋ねた。
これに対しマーカス氏は、リブラ協会は規制を受けると答えた。誰によってか、とポーター議員が尋ねると、マーカス氏は、リブラが連携していると以前に数回言及した、G7各国による監視グループである、と答えた。
「シットコイン」
マーカス氏の証言の後、商品先物取引委員会(CFTC)の元委員長、ゲーリー・ゲンスラー氏(Gary Gensler)氏を含む専門家証人が、議員たちに自身の見解を語った。全員がリブラプロジェクトについて懐疑的な態度を見せた。
民主党のリディア・マルガリータ・ヴェラスケス・セラーノ(Nydia Margarita Velázquez Serrano) 下院議員(ニューヨーク州)が、すべての懸念事項が解消されるまでフェイスブックはリブラのローンチを延期するべきとの考えに同意するかと尋ねると、5人の専門家証人は全員手を挙げた。予想通りゲンスラー氏は、リブラは証券であり、そのような規制を受けるべきと主張した。
公聴会で唯一仮想通貨業界の人間であるデジタル資産管理会社コインシェアーズ(CoinShares)の最高戦略責任者メルテム・デミロース(Meletm Demirors)氏は、仮想通貨の元祖ビットコインとリブラの違いについて語った。
ビットコインは分散型であるのに対して、リブラは「非常に中央集権型」であると、デミロース氏は指摘した。ビットコイン自体は(デジタルではあるが)資産である一方、リブラは他の資産に裏付けられている。ビットコインソフトウェアのダウンロードとノードの実行は誰にでも可能だが、リブラ協会は当面の間、排他的なメンバー組織である。
「リブラは仮想通貨ではありません。(中略)そこの区別をはっきりとさせたいと思います」とデミロース氏は語った。
デミロース氏はさらに、一般に利用可能なリブラ通貨に加えて、適格認定を受けた買い手のために限定され、準備金の国債から得られる利子収入のすべてを受け止めるリブラ投資トークンが存在するという事実に言及し、2つの種類の株式を伴った投資信託(mutual fund)にリブラをなぞらえた。
ビットコイン文化にとって歴史的瞬間となったのが、共和党のウォーレン・ダビッドソン(Warren Davidson)下院議員(オハイオ州)が「シットコイン(shitcoin)」という言葉を、議会場で議員としてはほぼ間違いなく、初めて口にした時だ。
デビッドソン議員は、シットコインと呼ばれる低価値の模造品とビットコインを分けるものは何かと尋ねた。デミロース氏は、分散型インフラを伴う真に分散型の通貨として、ビットコインは単独の人間や組織によって容易かつ素早く変更することができない、と説明した。
シットコインという言葉自体が議会の記録に登場するのは初めてのことではなかった。仮想通貨に懐疑的な経済学者のヌリエル・ルビーニ(Nouriel Roubini)氏が、2018年10月に証言した際に使用している。
翻訳:山口晶子
編集:佐藤茂
写真:マキシン・ウォーターズ下院議員(下院金融サービス委員会より)
原文:Lawmakers Amp Up Pressure on Facebook to Halt Libra Cryptocurrency Development
取材協力:Nikhilesh De, Anna Baydacova