アルゴリズム型ステーブルコイン「TerraUSD(UST)」のボラティリティのバランスを取るはずとなっていたテラ(LUNA)トークンが、暴落した。一方のUSTは、米ドルに連動する機能を失った。
これが意味するのは、テラ/ルナによる「実験は」ほぼ確実に終わった、ということだ。システムが再び安定し、USTが自然にドルに対するペッグを回復する可能性は、ゼロに近い。仕組みそのものが、外部からの資金提供を基盤とするものであり、資金を提供していた人たちは、ついに目を覚ましたであろうからだ。
テラの共同創業者であるドー・クォン(Do Kwon)氏に、再び救済の手が差し伸べられることはおそらくないだろう。
わずか数日前には、新しい帝国の輪郭を見せ始めていたものの残骸を見ながら、クォン氏がどんなことを考えているのか、思いを馳せずにいるのは難しい。ビジネスの歴史、ひいてはより一般的な暮らしの中でさえも、これほど突然で屈辱的な没落は、ほとんどない。
しかし、これに近い凋落の事例が1つあった。エリザベス・ホームズ氏のものだ。
自己欺瞞は極めて効果的
かつては革命児としてビジネス誌にもてはやされていた米医療ベンチャー企業セラノスの創業者兼CEOホームズ氏は、今では38歳のつまはじき者となった。エンロンのジェフリー・スキリング元CEOと同じように、残りの人生を詐欺と倫理観の弱さの象徴として生きていかなければならないのだ。
スキリング氏、ホームズ氏、クォン氏には、さらに深い共通点もある。暗号資産(仮想通貨)に馴染みの深い人なら、ラグプル(資金の持ち逃げ)のような短期的詐欺や、存在しないパートナーシップについての嘘など、暗号資産業界で頻発する金融詐欺をよくご存知だろう。
そのような詐欺を働く事業家の雰囲気、彼らがひた隠しにする真意を垣間見せるような目の輝きというのは、見極めることができるようになるものだ。
クォン氏が特別なのは、スキリング氏やホームズ氏と違い、その目の輝きが決してあからさまではなかったからだ。自分の宣伝文句を本当に信じていたことも、十分に考えられる。
ルナの基本的構造に対する批判的評価が数多く寄せられていたにも関わらず、クォン氏は自らのやり方を曲げなかっただけではなく、ここ24時間でも、沈んでいく船の穴に流し込むためのさらなる資本を見つけようと狙っている。
船を作った時に、自分でその穴を開けたことを認めるつもりはまったくないようだ。少なくとも、自分が売っているものを本当に信じている男を、最高に上手く演じきっている、ということだ。
この点が極めて重要なのは、ルナの破綻をめぐり、大きな訴訟、さらには刑事告訴さえもが避けられないからだ。弁護側はほぼ間違いなく、クォン氏が心からこのプロジェクトを信じており、複雑で長期にわたる詐欺ではなく、純粋な力不足による失敗であったのだと、裁判官や陪審員を説得しようとするはずだ。
今年1月に完結したエリザベス・ホームズ氏の裁判でも、同様の主張が中心となった。ホームズ氏は、血液検査は小型化できるという考えのもと、19歳の時にセラノスを創業。
しかし、彼女には、アイディア実現のための確かな技術的知見はなく、失敗と言い逃れ、ごまかしが何重にも積み重なっていった。ホームズ氏の弁護人は、彼女が能力に欠けていただけと主張しようとしたが、陪審員は、詐欺の罪で有罪という判決を下した。
クォン氏がTerraUSDを始めたのは、19歳ではなく20代後半のこと。それでも同じように投資家に対して、極めて優れた便利なものである分散型ステーブルコインを、実際に開発するための斬新な、あるいは洗練されたアプローチも持たずに、約束したのだ。
クォン氏は、すでに失敗していた各種プロジェクトのトークノミクスをコピペしたも同然で、専門家らは何カ月にもわたって、ルナのブランドでもその仕組みは再び失敗するだろうと警告していた。そして実際に、2021年5月、TerraUSDの時価総額は20億ドルとなっていた時に、失敗したのだ。
クォン氏はそのより小規模な最初の失敗を、些細なものとして、根本的な変更を行わなかった。ホームズ氏も同様に、自分のテクノロジーがゆくゆくは上手くいくと頑なに信じて、その時点での失敗を隠すことは嘘には当たらないという根拠で、初期の検査デモで偽造を行なっていた。
対するクォン氏も、自分のイノベーションを激しく擁護したため、人々は彼に何百億ドルもの資金を提供。LUNAの時価総額は400億ドル、TerraUSDの時価総額は180億ドルにまで達した。
その後に起こったことは、当然とも思える結末だった。しかし、クォン氏自身は、そのことを理解していたのだろうか?
人間の心の働き
このような確信と脆さの組み合わせを理解するには、フロイド心理学が重要だ。フロイドの考えによれば、私たちは自らの行動を完全にコントロールすることはできない。私たちの意識は多くの場合、無意識の願望が導く行動を合理化しているに過ぎないというのだ。
これは、明らかに正しくないことに固執し、嘘の上乗りをするような人々の傾向を理解するための一般的な方法の1つである。衝動的で情熱的な人々は、自らの行動を、明らかな道理に合うように修正することすら、簡単にはできないのだ。
つまりそういった人たちは、失敗したこと、間違いを起こしたことを、どこかで「知って」はいるのかもしれないが、逆にさらに大声で叫ぶのだ。心理学用語では「反動形成」と呼ばれる。このような心の癖によって、自分を脅かす危険な考えは、その正反対を声高に主張することによって、押し退けられる。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記者ジョン・キャリールー(John Carreyou)が、最初にセラノス社の欺瞞を暴いた後、ホームズ氏が従業員全員に、キャリールー記者を罵倒するスローガンを唱えさせた時、彼女は人々にメッセージを届けるためのパフォーマンスをしていた訳ではない。自分が詐欺師かもしれないと、自分の胸の内で忍び寄る疑念を、遠くへ押しやろうとしていたのだ。
今週の破滅的状況につながる1年間、クォン氏もまったく同じような反動形成を見せていた。2021年5月のペッグ破綻後、クォン氏は自分を批判する人たちを「ゴキブリ」呼ばわりしていた。
11月には、今週実際に発生したことを予測した詳細なツイートスレッドを、「ここ10年間で読んだ中で最も低能なスレッド」だと酷評。1月、ルナの脆弱性を説明しようとする2つのスレッドを書いたアナリストのことは、「バカ」、「愚か者」、「大間抜け」と呼んでいた。
人間の強情さを理解した人にとっては、クォン氏が示した激烈さは、大いなる赤信号、とても慎重になるように伝えるサインだ。しかし、怒りは、あまり思慮深くない大衆に対しては、困ったほどに優れたマーケティング手法となり得る。
怒りは注目を集める。だからこそソーシャルメディアサイトは、さらなるユーザー参加を促進するために、怒りを蔓延らせているのだ。支持者、さらには単なる傍観者たちさえも、そのような怒りを、不当な扱いを受けている被害者が不満を爆発させている、理解できる感情だと見ることもある。
また、怒りは私たちの理性を歪めることもある。自信を高めることで、確証バイアスを強化してしまう傾向があることも、研究によって証明されている。つまり、誰かに怒るように言われた時も含め、怒っている時には、自分が正しいと考える傾向が高まり、厳しく自問する可能性が低くなるのだ。
そのような、疑念を挟まない確信の上には、帝国さえも築くことができる。しかしそのような帝国は、盲目さに常に悩まされることにもなるのだ。そして多くの場合、今週私たちが目の当たりにしたように、そのような盲目さに致命的な打撃が打ち込まれる。
力と栄光
クォン氏とホームズ氏は、少なくとももう1つの点で似ている。クォン氏は、策略家的な洞察力からか、あるいは動物的な狡猾さからか、大物を引き込むことで、他の投機家たちに対して、自分のプロジェクトがまともなものだと、信じさせることができることを知っていた。
ホームズ氏も、どちらも元米国務長官のヘンリー・キッシンジャーとジョージ・シュルツ氏、ジェームズ・マティス元米国防長官など、大衆からの信頼性は非常に高く、バイオサイエンスの知識はほとんどない、著名人物を取締役として呼び込んでいた。このような支援者たちは、ホームズ氏を注目の的へと押し上げ、セラノスの詐欺を続けさせる鍵となった。
ここ数日間における精査によって、クォン氏とテラにどれほどの大物たちからサポートが寄せられていたかが浮き彫りとなってきている。低レベルな出口詐欺では、数人の有名人がさくらとして雇われるだけかもしれないが、クォン氏は評判の良い著名な投資会社からの支持を取りつけていたのだ。
コインベース・ベンチャーズやパンテラ・キャピタル(Pantera Capital)、そして最近暗号資産に進出した老舗の伝統的投資会社ジャンプ・トレーディング(Jump Trading)などだ。
これらの組織はこの先、テラへの関わりについて説明するべきだろう。テラのファンダメンタルズはあまりに疑わしいもので、クォン氏だけでなく、暗号資産業界全体の評判すら傷つけることになるかもしれない。
LUNAやUSTではなく、MirrorやAnchorといったプロトコルなど、テラを基盤としたツールやアプリケーション開発したチーム「テラフォーム・ラボ(Terraform Labs)」の方を支援していた人たちもいる。そのような人たちは、その点を言い訳気味にはっきりとさせるべきだろう。
シンプルな仮説の有用性を説く「オッカムの剃刀」の考えに従えば、大物投資家たちの一部は、テラのファンダメンタルズに惹かれていた訳ではない、ということになる。いち早く支持した人たちが享受できる割引や、ロックアップ期間の短さを考慮すると、暗号資産プロジェクトが失敗に終わったとしても、ベンチャーキャピタリストはたっぷり儲けを出すことができる。
そして投資家たちが、実際にプロジェクトを信じていたとしても、その信頼は、テラの技術的な潜在能力よりも、2022年向きとでも言うべき、怒り狂ったクォン氏の人格に基づいていたのかもしれない。
そこで、ホームズ氏との最後の類似点が浮かんでくる。ホームズ氏に関しては、彼女自身もある程度、シリコンバレーの資金調達マシーンの犠牲者であったと主張する人たちがいた。ベンチャーキャピタリストの一部は、彼女のストーリーとイメージにマーケティングにおける可能性をみて、彼女の能力やアイディアを精査することを怠ったとする主張だ。
テレビドラマ『ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女』で描かれた通り、このような主張に従えば、ホームズ氏はさらに高いリターンを生むための道具に過ぎず、何か問題が起こった時には切り捨てられる存在だったのだ。クォン氏も間違いなく、彼にお金を出したどんな大手ファンドよりも、はるかに大きな痛手を追うことになうだろう。
動機が何であったにしても、これら大口投資家たちは、ここ1年における、TerraUSDへの個人投資家による投資の大規模な急増を促進した可能性が高い。これは、暗号資産特有のダイナミクスだ。伝統的市場では普通、個人投資家がベンチャーキャピタリストが資金提供するような民間企業の株式にアクセスすることはできないからだ。
ある意味これは、勝ち目のない状況なのだ。ベンチャーキャピタルは、頻繁な失敗に備えてあり、普通の人が彼らに倣って誤った投資に足を突っ込んでしまったとしても、責任を問うことはできない。
それでも、道徳的な暗号資産ベンチャーキャピタルなら、リスクを必ずしも明らかにせずに、投資先に信頼を寄せていることを示せる自らの力を考慮して、より責任あるアプローチを取るべきかもしれない。
クォン氏のスタンドプレー、彼の怒りに本当に取り込まれてしまったプロの投資家にとっては、さらに真剣な自己内省が必要な時が来ているのかもしれない。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Do Kwon Is the Elizabeth Holmes of Crypto