CoinDeskの編集長ケビン・レイノルズ(Kevin Raynolds)氏が先日、北米最大規模の暗号資産取引所コインベースで働く従業員がリンクトインに投稿した驚きの記事のことを教えてくれた。
「役立たずな」トークン
今では削除されてしまったその記事の中で従業員は、「これらの(おそらく)役立たずなプロジェクトにこれほどの市場価値が存在するなんて、尋常ではない」と主張。
続けて、ドージコイン(DOGE)、ビットコインキャッシュ(BCH)、イーサリアムクラシック(ETC)、柴犬コイン(SHIB)、ライトコイン(LTC)、ビットコインSV(BSV)、ビットコインゴールド(BTG)などのトークンを列挙した。
ビットコインキャッシュやイーサリアムクラシック、さらにはドージコインが「役立たず」という考えには、多くの人が反感を覚えるだろう。しかし、このような思いが、暗号資産(仮想通貨)関連のツイッター界の適当なアカウントから発せられていたとしても、そんなにおかしくは聞こえないはずだ。
ここでのポイントは、これがコインベースの従業員から発せられた意見だ、という点だ。そしてコインベースは、これらの「役立たずな」ビットコインキャッシュやイーサリアムクラシック、ドージコイン、柴犬コイン、ライトコインなどの取引から、利益を上げているのだ。
念のために言っておくと、コインベースの従業員がソーシャルメディアで自説を表明していることは、優れた道徳観や戦略を反映していると、私は感じている。この業界においては、最新の動向を把握し、アイディアを試すことが非常に大切だ。クリティカルシンキングのスキルを示している従業員というのは、企業のブランディングにとっても良いことだ。
しかしこの投稿は、はるかに大きな論点も提起している。コインベースのような取引所は、どのトークンを上場させるかを選ぶに際して、顧客に責任を負っているのだろうか?
取引所は、自社従業員が疑問視しているようなプロジェクトやトークンについて、顧客に警告を発するべきだろうか?それとも、取引所の役割とはもっと中立的なもので、トークンを上場して、顧客に自分で選択させるだけのものなのか?
取引所の責任
米ドルに連動するステーブルコインのterraUSD(UST)のペッグ崩壊に伴う、ルナのエコシステムの破綻を受け、これはとりわけ急を要する問題となっている。LUNAとUSTを販売した取引所を対象にした集団訴訟の噂も、確証はないがツイッターで囁かれている。
訴訟対象には、クラーケン、バイナンスUS、ジェミニなど、アメリカを拠点にするものを始め、世界中の多くの中央集権型カストディアル取引所が含まれるのだ。
コインベースは直接LUNAを販売してはいなかったが、USTと、イーサリアムにブリッジされた「ラップドLUNA(wLUNA)」は販売していた。ちなみにコインベースは、問題の投稿をした従業員が役立たずと呼んだビットコインSV、ビットコインゴールド、ドージロンマーズ(ELON)を販売してはいない。
暴落したトークンを販売していた取引所を相手に訴訟をするなんて、筋が通っていないと感じるかもしれない。すべての暗号資産は、大いに投機的な資産であり、明日にもすべて価値がゼロになるかもしれないのだから。
しかし、各取引所はここ2年、暗号資産が未来だと約束する広告をスーパーボウルで流すことに時間を費やしており、騙されたと感じる人たちに、少なくとも共感することはできるだろう。
この問題には、明確な法律上、あるいは規制上の答えがあると期待するかもしれないが、実際にははっきりとした答えはない。その一因は、コインベースの提供する暗号資産の多くが、証券取引法に照らしてグレーゾーンにあるからだ。
つまり、証券向けの金融仲介業者の責任に関する多くのルールは、暗号資産で同じ役割を果たす組織に、そのまま当てはまらないのだ。
証券ブローカーの責任を参照
それでも、厳格な法的意味合いは断言できないが、関連する証券関連のルールは検討の価値がある。例えば、証券ブローカーは証券の買い手に対してフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)を負わないというのは、よく知られているところだ。
ブローカーは顧客ではなく、自分自身、あるいは勤め先のブローカー企業の利害を代表しているのだ。認定ファイナンシャルアドバイザーは、法的にあなたの側にいることになっているが、ブローカーはそうではない。
ブローカーにも、顧客に対してより軽微な責任がある。米金融取引業規制機構(FINRA)のルールでは、ブローカーによるあらゆるアドバイスは、顧客のリスクプロフィールに基づいて、広範に「適切」なものでなければならない。このルールは証券向けのもので、コインベースのトークンのステータスはおおむね、いまだにはっきりしていないが、妥当な基準のように思われる。
ここにさらに、暗号資産ならではの複雑な要素が絡む。私はブローカーについて話を進めてきたが、コインベースは「ブローカー」ではなく「取引所」として知られている。暗号資産は非常に個人投資家中心的なので、取引所は多くの場合、顧客に直接資産を販売しており、実質的にブローカーに当たるのだ。
暗号資産取引所は長らく、ある意味でプロジェクトの質を判断する存在と考えられてきたことも、明白である。今となっては少し変わってきているが、長年にわたり、トークンが取引所で上場されると、認められたとしてお祝いされていた。コインベースはとりわけ、上場後にトークンの価格を上げる効果をほとんどいつでももたらしてきた。
言い過ぎかもしれないが、上場はブローカーの「おすすめ」のように聞こえなくもない。少なくとも、消費者保護の裁判において、原告側はそのように主張するだろう。
取引所は定期的に、特定のトークンや、トークンと関連する技術的コンセプトを説明するブログ記事も投稿している。それは「おすすめ」に当たるのだろうか?(これが、ナスダックのウェブサイトが証券に関する宣伝を掲載する代わりに、他社のニュースコンテンツを掲載する理由かもしれない)
このような曖昧さゆえに、暗号資産取引所は顧客の損失をめぐる怒りにとりわけさらされやすいのかもしれない。ネットフリックスの株価が75%暴落したから、ナスダックを訴える、なんて誰かが言うとは想像しにくい。
その一因は、ネットフリックス株をナスダックから買う人はいないからだ。買うとしたら、フィデリティなどのブローカーからだ。しかし、4月にUSTを買って、価値が無になるのを見届けた人の場合、自分が支払ったお金を今持っているのはコインベースやクラーケンだと分かっている。
「適切な」資産?
ここで、FINRAのルールに話を戻そう。ブローカー/ディーラーは、顧客に対してフィデューシャリー・デューティーを負わないが、顧客のリスクプロフィールに一般的に見合った「適切さ」という、より軽微な基準を満たす必要がある。これは、米議会が暗号資産取引所に関連するルールを起草しようとする場合には、暗号資産取引所の責任ある行動に関する妥当な基準に近いように思われる。
しかし、USTの一件は、このようなより軽微な基準にすらも異議を唱えるものに思われる。金融の専門家なら誰でも、その破綻を自信をもって予測できた場合に、それは極めて貪欲な冒険的投資家にとってすら「適切」と言えるのだろうか?同じ起業家が、同じような仕組みのトークンで予測通り失敗するのは、USTが初めてではなかったのに?
さらに、取引所ウェブサイトのトークン向けのランディングページが、例えば「安定している」などと言った、起業家の嘘の主張を無批判に繰り返すものだったとしたら?
取引所のベンチャー部門が、トークンを手がけるグループに投資し、取引所はそのトークンが無価値になる前に、その取引で利益を上げていたとしたら?
そうなると、法律の世界で言うところの「倫理上の泥沼」に置かれているということだ。裁判所というのは、そのような泥沼を解決することを専門にしている。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Hasbi Sahin / Shutterstock.com
|原文:We Need to Talk About Exchanges That Sell You Coins Like UST