暗号資産(仮想通貨)コミュニティ内で最もよく聞くメッセージの1つは、デフレはインフレより良いものであり、資産はデフレ的であればあるほど良いというものだ。
デフレ的な資産を買うようにとの呼びかけを支えているのは、インフレは手に負えなくなっており、新型コロナウイルスのパンデミック中に行われた財政拡大政策にその直接の責任がある、という主張だ。
デフレ的システムは好ましい?
まず、複数の暗号資産エコシステムに共通する、最も根本的な間違いから話を始めよう。デフレ的なシステムがインフレ的なシステムよりも優れている、という考えだ。
ビットコインマキシマリスト(ビットコインが唯一最高に優れた暗号資産だと考える至上主義者)が、最も強くこの考えを持つ傾向にあるが、イーサリアムコミュニティも負けてはいない。
「イーサは超安定したマネー」という合言葉の下に集まったコミュニティ「Ultrasound.money」では、イーサリアムネットワークの手数料を改善する提案であるEIP-1559や、予定されている大型アップグレード「The Merge」のデフレ的影響を良いものと謳っている。
この主張は魅力的だ。もしあなたが暗号資産を保有しているとして、新しく追加される暗号資産の数がゼロになる、あるいはマイナスになっていくとしたら、あなたの持っている暗号資産の価値が上がるはずだ。
しかし、ここに隠されているのは、その暗号資産に対する需要は同じまま、あるいは上がるという想定だ。現実には、デフレ的エコシステムはあまり上手くいかないようだ。それには多くの証拠もある。とりわけ、金本位制を廃止する時期が早いほど、その国の経済がより速く回復していった大恐慌の時期が参考になるだろう。
デフレ的システムが経済破綻を引き起こすのは、人々が自分の持つ通貨の価値が増すと見込めば、それを使わずにとっておこうとするからだ。こうなると貯金が急増し、需要は急落する。逆に、極めてインフレ的なシステムにおいては、人々は急いでお金を使おうとする。中央銀行が価格の安定性を目指すのも、驚きではない。
しかし、絶対的な価格の安定は、不可能かつ理屈に合わない目標であるということを理解するのも大切だ。経済は時間とともに変化し、価格も同様だ。製造技術によって、モノの値段はますます安くなるが、多くのサービスは同じような生産性向上の恩恵を受けない。
教師が担当する生徒の数は1世紀前とあまり変わらないが、工場労働者は機械を使って、100倍もの数のモノを生み出せる。テレビと教育の値段が時間を経ても変わらないとしたら、それはおかしい。
他の条件が同じとすると、少しのインフレは少しのデフレより良いものだ。中央銀行は必要とあれば、インフレ率よりも低く金利を設定できる。1%の金利でお金を借りることができ、インフレ率が3%だとすれば、実質的な「本当の」金利は-2%。こうして中央銀行はエアドロップを実施するのだ。残念ながら、金利をゼロ未満に設定するのは簡単ではない。
インフレは失策の結果?
2つ目の大きな注目点は、欧米民主国におけるインフレは、政策上の大きな失敗であったり、手に負えないものであるという考えだ。そのどちらでもない。
インフレと中央銀行は、意図された通りに機能しているようだ。膨大な財政・金融刺激策は、パンデミックが始まった頃に、壊滅的な不況になり得た状況から世界を救った。今、中央銀行や政府は手を引こうとしているのだ。
しかし、金融・財政政策は科学ではない。人々が家に留まってモノを買ったことに伴う、サービス部門での売上の大幅な下落と製品の売上の爆発的増加から、社会経済活動再開に伴うサービス部門の急伸という時期にかけて、世界経済を完璧に舵取りすることができると考えるのは、バカげている。
全体として上手くいっているのか、失敗しているのかを測るには、同じような規模で世界市場が変容し、様々な水準の財政・金融刺激策が実施され、需要がシフトした時期と比べてみることだろう。このような唯一の前例は、第二次世界大戦開戦時と、終戦時だけだ。戦後アメリカは、戦車や銃から台所用品や車へと急速に需要がシフトする中、インフレ率の急増を経験した。
その時も、インフレ率の高まりは一時的だった。第二次世界大戦後の3年間にかけて、インフレ率は年間18%でピークを迎え、通常の水準へと戻っていった。長期的なインフレの始まりとなることもなかったし、今振り返って、それを大きな政策上の失敗と考える人もいない。
世界の生産と需要の計画をシフトする中で、当然の結果だったのだ。アメリカのインフレ率が8%ほどでピークを迎えるように思われることは、相対的には、今回の一時的調整の時期をマシなものに見せてくれている。
ブロックチェーンエコシステムで未来の経済を築いていくにおいて、過去の教訓からしっかり学ばなければならない。イーサリアムが新しいグローバル経済のエンジンになることを望むならば、そのネイティブトークンであるイーサ(ETH)には値付けの基本単位になって欲しい。そうなると、デフレではなく価格の安定こそが、より好ましい目標だ。
さらなるデフレ的な仕組みを押し進めることは、ホドラー(HODLer:トークンを長期保有する人)を喜ばせるのは間違いないが、イーサリアムそれ自体を、グローバルエコノミーを担えるものとして位置付けることにはならない。
ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Tackling the Inflation Misinformation Machine