米プルデンシャル・ファイナンシャル傘下で、1.4兆ドル(約184兆円)の資産を運用するPGIMが5月に、暗号資産(仮想通貨)投資についてのレポートをまとめた。「メガトレンド:暗号資産投資」と題する報告書だ。
アメリカではフィデリティ(Fidelity)が早くから暗号資産に特化した組織やサービスを展開してきたが、他の大手資産運用会社にとっても暗号資産は無視することができない規模にまで拡大してきた。
過去2年の間、実際に欧米の一部のヘッジファンドや事業会社がビットコインを中心とする暗号資産を保有する動きが見られたが、金融のメインストリームで活動する機関投資家や数百兆円もの資産を運用する金融機関は、果たして暗号資産投資をどう考えているのか?
メガトレンドレポートをまとめた一人で、PGIMでテーマリサーチ部門のグローバル統括を務めるシェリア・アンティア(Shehriyar Antia)氏に話を聞いた。
高まる地政学的リスクとインフレリスクと、ビットコイン
──PGIMはなぜこのタイミングで暗号資産にフォーカスしたレポートをまとめたのか?
アンティア氏:時価総額が1兆ドルを超えた暗号資産は、もはや機関投資家にとって無視することができるものではないだろう。資産ポートフォリオに暗号資産を追加した場合に考えられる利益などについて、顧客からの問い合わせは増加傾向にある。また、過去10年で暗号資産の取引データが蓄積される中、この市場について真剣に検証すべき時であると考えている。
特に地政学的リスクとインフレリスクが高まる現在、機関投資家顧客の多様化された資産ポートフォリオにおいて、ビットコインがどんな役割を果たすのかを検証すべきであろう。
暗号資産は、分散化されたピアツーピア決済システムを築くための実行可能な挑戦かもしれない。しかし、その価格は、価値や機能性を基盤としたファンダメンタルな論旨というよりも、市場の投機的行動に基づいて形成されていると考えられる。
今までのところ、我々の中で、機関投資家が暗号資産の現物に直接投資するべき十分な理由を見つけることはできていない。
2022年のビットコインの価格下落は何を意味する?
──「暗号資産・冬の時代」と呼ばれる相場環境が続いているが、市場からは今後3~5年のスパンで、DeFi(分散型金融)とNFT、GameFiなどの分野においては規模が継続的に拡大していくとの見方が聞こえる。
アンティア氏:DeFiと暗号資産がもたらす恩恵の中に、中央銀行や既存のグローバル経済からの離脱というものがあると言われている。インフレ圧力や景気後退(リセッション)に対する懸念などは、理論上、暗号資産価格に極めて限定的な影響を与えることになる。
しかし、マクロ経済環境が変化したり、リスクオフの動きが強まるフェーズにおいて、暗号資産価格は大きく影響されてきた。
発行上限が固定されているビットコインの設計は、貨幣価値が低下する経済局面において、ある程度の耐性を持つことができると言われており、投資家にとってはインフレヘッジとしての機能となり得るとされてきた。
世界的なインフレ上昇が起きている現在の状況の中で、ビットコインがインフレヘッジとなる特性を発揮できているとは考えられない。米国、イギリス、ヨーロッパ諸国を中心にインフレ率が上昇する一方、ビットコイン価格は下落トレンドにある。
今後数年間、ビットコイン価格が低インフレ・低金利時代においても大幅下落した事実を忘れるべきではない。また、新たな投資家が楽観論を基に市場参入してきたことが、急激な価格高騰を招き、その後には常に大きな価格クラッシュが起こってきた。
今回の価格下落の後、ビットコインは再びリバウンドするかもしれない。しかし、暗号資産市場全体で起こっている今回の価格スライドは、これまでのものとは異なるようにも思える。なぜなら、その余波は暗号資産のインフラを構成する取引所やレンディング事業会社などにも広がった。
それは、暗号資産エコシステムの根底の脆さを露わにしたのではないだろうか。
機関投資家による暗号資産への直接投資
──北米、欧州、アジアの機関投資家における暗号資産に対する投資意欲はどれほどか?
アンティア氏:機関投資家が、暗号資産への直接投資に誘引されていることはない。これは世界的に見てもそうである。一方、複数のヘッジファンドやファミリーオフィスなどの最も投機的な投資家は今後も、敢えて例外的に強いボラティリティと規制リスクに直面し続けていくだろう。
暗号資産がメインストリームで取引されている資産クラスのさらなる多様化を進める働きが乏しい中、我々のリサーチは、機関投資家の資産ポートフォリオで暗号資産に直接投資することをサポートすることはない。
直近の価格の大幅下落は、機関投資家の暗号資産に対する投資意欲を弱める結果となっただろう。
長期投資家はどこに注目するべきか?
──ビットコインとイーサリアムのそれぞれのブロックチェーンに対する投資戦略はどう考えるべきか?
アンティア氏:暗号資産の直接保有とは対照的に、ブロックチェーンエコシステムは長期投資家に対して、いくつかの魅力ある機会を与えている。ブロックチェーンは未だ初期フェーズのテクノロジーであり、世界はこの技術の有用性を見極めようとしている段階だ。
あらゆる新興テクノロジーがそうであるように、現時点では、概念実証(POC)から社会実装に移行する上で「残る者」と「去る者」を見極める状況にある。
機関投資家は、金融サービスにおいてプライベートブロックチェーンとスマートコントラクトがいかに活用されていくかを注視すべきであると、我々は考えている。同技術は、証券取引決済やクリアリングのプロセスの効率を向上させるだろう。
加えて、不動産資産を細分化したデジタルトークンをブロックチェーン上で取引する、いわゆるトークナイゼーション(Tokenization)は、注視すべき重要エリアの1つだ。
代替通貨としてのビットコインについてだが、まずはその誕生から10年以上が経った今、数えられる程度の大手企業のみがビットコインによる決済を導入している。ビットコインによる決済スピードとコストを、一般的に普及している既存の決済ネットワークと比べてみても、この状況が近い将来に大きく変わることは考えにくいだろう。
|編集・構成:佐藤茂
|トップ画像:Shutterstock.com