暗号資産(仮想通貨)業界に危機的状況が波及し、ドミノが倒れたり、揺らいだりする中、とりわけ厳しい教訓の1つは、新しいテクノロジーのポテンシャルがどれほどあったとしても、レバレッジサイクルに打ち勝つことはできないというものだ。
レバレッジサイクル:景気変動の中で、レバレッジが循環的に拡大したり、縮小したりするサイクル。
これは、デジタルテクノロジーやデータサイエンスがウォール街へと入り込み、負債を原動力とした過剰な投機が定期的に繰り返されてきたここ25年間で、伝統的金融の世界の投資家たちが再三にわたって学び直さなければならなかった教訓なのだ。
1998年に発生したヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(Long-Term Capital Management:LTCM)の破綻から、2000年のドットコムバブル崩壊、2008年の金融危機まで、さまざまな危機において繰り返されてきたのは、新しいテクノロジーの可能性に熱狂するあまり、投資リスクを矮小化させるような歪んだ考え方が生まれる、というパターンだ。
これらの危機から学べる教訓は、テクノロジーがメリットをもたらさなかったというものではない。テクノロジーがもたらしたイノベーションは、究極的には経済や市場に確かなメリットを与えたのだ。しかし同時に、テクノロジーに対する期待は、負債を原動力とした持続不可能な投機をかき立てるような、「今回は違うぞ」という妄想的な考え方を煽ったのも確かである。
クレジットバブルが拡大するにつれ、利益を貪ろうとする人たちが登場。遅れてやって来た個人投資家と機関投資家を自らのプロジェクトに惹きつけるために、「魔法のソリューション」というナラティブを膨らませて、最終的に破綻が訪れた時には、投資家たちにツケを払わせたのだ。
ここで、政策決定者たちに伝えるべきメッセージがある。テクノロジーではなく、人間の行動を規制して欲しいというものだ。しかし、規制当局者が何をすべきか、するべきではないかについて語るのがこの記事の趣旨ではない。暗号資産ファンたちに、歴史を認識するよう促すことだ。
私たちは、仲介業者を排除し、特定の市場機能を自動化するための賢い方法を考案することはできるが、欲(Greed)や恐怖(Fear)のサイクルには脆弱なままだ。そのような人間的要素を抑えつつ、テクノロジーが安全かつ着実に発展できるようにする方法を見つけるべきではないだろうか。
LTCM危機
暗号資産コミュニティで圧倒的多数を占めるZ世代やミレニアル世代の投資家たちは、LTCM危機をしっかりと記憶しているには若過ぎるだろう。ウォール街のベテランに聞いてみれば、壮大なドラマを語ってくれるはずだ。
債券市場の裁定取引のチャンスに幅広く高レバレッジの投資をしたLTCMは1994年、ウォール街の伝説的企業ソロモン・ブラザーズの債券投資責任者ジョン・メリウェザー氏によって立ち上げられた。
取締役には、金融オプションの価格づけに関するブラック–ショールズ方程式で功績が認められ、1997年にノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズ氏とロバート・マートン氏が名を連ねていた。
このような重鎮たちの存在が、LTCMにハロー効果をもたらした。投資家たちは、歴史的に相関関係を持ってきた資産間の価格の異常を検知するために使われた洗練されたデータ分析アルゴリズムに夢中になった。市場が平均値に戻ってくる時に利益が出ると踏んで、LTCMはそうして検知された状況に対して、相反するポジションを取っていた。
ハロー効果:ある対象を評価する時に、それが持つ顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる認知バイアス現象のこと(ウィキペディア)
何年にも渡り、その戦略は魔法のようにうまくいっていた。LTCMの投資家へのリターンは最初の3年間でそれぞれ、21%、43%、41%。これを見たウォール街の最大規模の機関投資家をはじめとするさらに多くの投資家たちが、自分たちの資金をLTCMに任せることになった。
その力が証明されたと感じたLTCMは戦略を強化。ハイテクマシーンが弾き出した投資をさらに拡大するために、さらに借入を増やしたのだ。LTCMは最終的に、運用資産が1400億ドルを超えた。
1998年、巨大ヘッジファンドLTCMは危機を迎えた。影響はウォール街全体に幅広く広まった。原因となったのは、アジアでの金融危機の煽りを受けて発生したロシアの金融危機。世界的なパニックによって、あらゆる投資家たちがすべてを売却し、最も安全な投資へと走ったのだ。この異常事態によって、LTCMが賭けていたイールドスプレッド(利回りの格差)は縮小する代わりに、さらに広がった。
突如、何十億ドル規模のレバレッジ投資戦略が、損失を出す状況に陥った。貸付業者が取り立てに来る中、LTCMはポジションを解消せざるを得ず、市場の歪みは悪化。LTCMに投資していない人たちも含め、あらゆる投資家たちにシステミック・リスクが広まった。
その年の9月、米連邦準備制度理事会(FRB)は、影響の広範な波及が金融市場を麻痺させ、広範な経済に打撃を与えることを懸念し、14の主要金融機関が36億ドルの資金を融通し、投げ売りを止められるよう緩衝材を提供するという救済策を考案。市場が落ち着いた後に、LTCMは清算された。
ここから学ぶ教訓は多くあるが、重要なのは、最高に洗練されたテクノロジーと極めて賢いデータ分析でさえも、市場規模のパニックが、一般的な平均回帰のパターンをストップさせるような衝撃的な「ブラックスワン」の状況では、使い物にならなくなる、というものだ。
LTCMが採用していた戦略は、今でも多くのロング・ショートヘッジファンドに利用されているが、その大半はレバレッジに制限を課し、人間の恐怖や欲に歯止めが効かなくなっている時には、システミックリスクの初期の警告に対処するための手段を講じている。
生かされなかった教訓
しかし、LTCMがイノベーションのナラティブと投資家の行動の関係について、教訓を提供してくれたのに、それはあまり生かされなかった。LTCMが救済された頃、証券投資家たちは、インターネット時代の「ニューエコノミー」が、資産に対してはるかに高いリターンを届けてくれると考え始め、ドットコムブームが到来。
2000年の3月下旬にブームがピークを迎えた後、テック株に偏重したナスダック市場は崩壊した。アマゾン、グーグル、フェイスブックをはじめとする企業の台頭によって、インターネットが社会を変容させるテクノロジーであるという考えは完全に裏づけられたにも関わらず、ナスダックのインデックスが高値を回復するのには、そこから15年もかかった。
ドットコムバブル崩壊から、次のさらに大きな危機到来までは、10年もかからなかった。住宅バブルだ。これは、大量の安価な資本を解き放った、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と債務担保証券(CDO)の発明に端を発した危機であった。
このデリバティブとストラクチャード・ファイナンスの組み合わせが、個々のデフォルトのリスクを十分に分散させたという誤った前提から、格付け会社は、まとめられた住宅ローンのポートフォリオに、トリプルAの格付けを与えたのだ。
Z世代やミレニアル世代でも、その次に何が起こったかは知っているはずだ。しかし、あまり理解されていないのは、住宅ローンをまとめて、リスクを分散させるというバブル中に採用されたアプローチは、アメリカの住宅金融市場を支え続け、今でも住宅所有を可能にしているということだ。
プロローグとしての歴史
これらの壊滅的な危機のそれぞれは、現在の暗号資産の状況に類似した点を持っている。
LTCMと規模ははるかに違うが、破綻したスリー・アローズ・キャピタル(Three Arrows Capital:3AC)に対し、幅広く暗号資産企業が投資していたことは、1998年の危機を思い起こさせる。3ACの問題は、ボイジャー・デジタル(Voyager Digital)やブロックファイ(BlockFi)、さらにはジェネシス(Genesis)などの企業に多額の損失を生じさせている。
1990年代のドットコムブームを支えた盛り上がりは、広範な暗号資産投資家コミュニティの間で投機的な考え方を促進し、セルシウス(Celsius)などが約束した偽りの高利回りにつながった、「分散化」や「Web3」といった高尚な謳い文句と同じように熱っぽいものだった。
2008年の金融危機の背景にいた、CDSやCDOを生み出した「クオンツ」投資の達人たちは、分散型金融(DeFi)の生みの親として再び登場した。後者は、テラフォーム・ラボ(Terraform Labs)のステーブルコインUSTと投資トークンLUNAのエコシステムといった、アルゴリズム型プロジェクトのリスク管理能力に関して、投資家の間で誤った信頼を醸成したのだ。
これらの先例は、熱狂に足を掬われたメインストリームの投資家に、どれほどの損害が生じるかを思い起こさせてくれる。しかし同時に、過剰な熱狂を促したのは確かだが、長期的には価値のあるものと証明されたテクノロジーにまつわる教訓でもある。
暗号資産に関しては、投資家の被害を抑えつつ、テクノロジーを守る方法を見つける必要がある。この業界のテクノロジーは、確かに可能性を秘めているが、魔法のようにリスクを封じることはできないのだから。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:LTCM and Other History Lessons for Crypto