a16zが前のめり投資するミシカル・ゲームズ──ゲーム×NFT革命に挑むジョン・リンデンの半生

アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)が直接出資のオファーを提示した後、1億ドル超の大型調達ラウンドを行い、企業評価額を12億5000万ドル(約1710億円)に膨らませた企業がアメリカ西海岸にある。オンラインゲームを開発するミシカル・ゲームズ(Mythical Games)だ。

共同創業したのはジョン・リンデン(John Linden)氏。44歳。19歳で開発者・起業家としての人生を選び、ミシカル・ゲームズは同氏にとって4社目となる起業だ。

これまでに、ゲーム開発世界大手のアクティビジョン(Activision)で、大ヒットをおさめたシューティングゲーム『Call of Duty(CoD)』のスタジオ統括を務めた後、VR(仮想現実)を導入した事業プロジェクトを開発して『Pokémon GO(ポケモンゴー)』を手がけたNianticに売却。アメリカの人気テレビ番組とコラボしたゲーム開発も行ってきた。

リンデン氏が2018年に設立したミシカル・ゲームズは、ブロックチェーンを基盤技術にするNFT(非代替性トークン)を活用するゲームプラットフォームで、ゲーム業界に加えて、ブロックチェーン業界からも注目を集めている。

世界のビデオゲーム人口は32億人を超えるといわれるが、ゲームに暗号資産やNFTを導入することに抵抗する生粋のゲーマーは数多くいる。それでも、ゲーム開発に没頭してきたリンデン氏は、ミシカル・ゲームズを通じて進化を続けるオンラインゲームに革命的な仕掛けを作りたいと話す。

ジョン・リンデンとは何者か?7月、出張で東京を訪れていたリンデン氏に密着した。

8歳の頃に父が買ってくれたPCが人生を変える

テキサス州ダラスで生まれ、幼少期を過ごす。ゲームセンターとピザレストランを合体させたようなフランチャイズレストラン「チャッキーチーズ(Chuck E. Chesse)」で働く父が、米コモドール(Commodore)社製のコンピューターを購入し、当時8歳のリンデン氏に与えた。リンデン氏のその後の人生を大きく変える父からのプレゼントだ。

「父が働いていたチャッキーチーズの雰囲気と、コモドールのコンピューターをカチャカチャ動かす時間がとても好きだった。近所の友達と野球をして遊んだりもしたが、ゲームとコンピューターにはまってしまった」とリンデン氏。

ミズーリ州カンザスシティの高校に入学し、19歳になる1997年に自身の会社を初めて立ち上げる。ベンチャーキャピタルから500万ドルもの資金も調達した。会社名は「Planet Alumni」。

高校や大学の卒業生同士が連絡を取り合うことができ、卒業生のコミュニティを作るためのサービスだったと話すリンデン氏は、「Facebookが生まれる前のFacebookに似たようなものだった」と述べる。

リンデン氏はPlanet Alumniを、当時「マイスペース(Myspace)」というプロダクトを開発していた開発者グループに売却する。Myspaceはその後、音楽を中心とするソーシャルネットワーキングサービス(SNS)として成長し、世界中に会員を持つようになる。

「僕にとっては初めての起業で、初めて作った会社だった。高校を卒業して、カンザス大学(University of Kansas)でコンピューターエンジニアリングを専攻していたが、その後に大学を卒業することはなかった」とリンデン氏は当時を語る。

SNSとアドテックで起業、中西部から西海岸へ

2002年、リンデン氏はアドテック(広告×テクノロジー)領域で自身にとっては2社目となるAdknowledge社を共同創業し、事業を拡大。消費者の行動を分析して、マーケティングのアプローチを最適化する取り組みにフォーカスした。

「今では『Behaviroal Marketing(行動マーケティング)』と呼ばれるようなサービスで、オーバーチュア社(Yahooが2003年に買収したOverture)などの企業と一緒にエキサイティングな仕事をした」(リンデン氏)

アドテックに加えて、3社目の起業ではインターネット上の不正操作を探知するサービスを手がけた。その3社目となる企業を創業から18カ月で売却した後、リンデン氏は生活の拠点をアメリカ西海岸に移す。

LAのアクティビジョンでゲーム開発にのめり込む

(画像:Shutterstock.com)

ロサンゼルスに越してから数年間は、アドテックで複数の仕事をかけ持ち、休む間もなく働いた。仕事漬けの生活を変えるために、1年間の長期休暇を取り、一区切りをつけようとした時、アクティビジョンから連絡があった。

2012年、起業家・実業家としてのライフからピボットして、ゲームスタジオの世界トップ企業で働き始める。本格的なゲーム開発の人生が始まった。

アクティビジョンは1979年にサンタモニカに設立され、2008年にフランスのヴィヴェンディ・ゲームズと合併。社名をアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)に変更した。

今年1月にはマイクロソフトがアクティビジョンを687億ドル(約9.2兆円)で買収する提案を行い、現在買収プロセスを進めている。

リンデン氏はアクティビジョンで約5年働き、その時間のほとんどをゲームフランチャイズで世界的大ヒットをおさめたCall of Dutyのスタジオ統括の仕事に費やした。結局、CoDシリーズは2021年まで、13年連続して売上高トップを記録した。

ゲーム会社の起業、Nianticへの売却

(画像:Shutterstock.com)

売れるゲーム、世界のゲーマーたちがはまるゲームの作り方を知れば、起業家としての血が騒ぐのか、リンデン氏はアクティビジョンを辞めてゲーム開発企業のSeismic社を創業する。

Seismicではモバイルゲームに特化した開発部隊を作り、大型ゲームの「Marvel Strikeforce」や、アメリカで人気のクイズ番組「Jeopardy」とコラボしたゲームの開発を手掛けた。

いくつものVR(仮想現実)プロジェクトを進めた後、Seismicは「Pokémon Go」の開発でその名を世界に知らしめたNianticに売却される。

「目まぐるしい生活が続いた。2018年、SeismicをNianticに売却して、僕もSeismicを辞めた。そして、その年にミシカル・ゲームズを始めることになった」(リンデン氏)。

バーバリーはミシカルのゲーム内でコレクション

(画像:カリフォルニア州ロサンゼルス/Shutterstock.com)

ミシカル・ゲームズは、「ブランコ(Blanko)」と呼ばれるビニル製のおもちゃをモチーフにしたキャラクターを、メタバース(仮想空間)で操りながらプレイするゲーム「ブランコスブロックパーティー(Blankos Block Party)」をリリースした。

ブランコはNFT化されていて、プレイヤーは購入したり、取引することが可能だ。ミシカル・ゲームズのプラットフォームには、11ドルのブランコから数百ドルの値をつけるブランコが並ぶ。

今年1月には、メタバースの開発プラットフォームを展開するイギリスのPolystream社を買収して、ゲームの開発基盤とリソースを一気に拡大した。

稼げるNFTゲーム VS. おもしろいゲーム×NFT

(画像:ブランコスブロックパーティーのブランコ/ミシカル・ゲームズ)

どうすればもっとおもしろいゲームを作ることができるのか?ということと、どうすればNFTでお金を稼げるゲームが作れるのか?という問いは大きく異なると、リンデン氏は話す。

世界の多くのゲーマーは投機を目的にゲームをしているわけではない。あるアイテム(NFT)を手にすれば、翌日にはその価値が10倍になるなどという話は、一部のクリプト(暗号資産)の世界で見られてきたが、ミシカル・ゲームズはブロックチェーンやNFTを使って、これまでにないおもしろい真のゲームを作り上げることを目的としていると、リンデン氏は強調する。

「ゲームと呼ぶNFTプロジェクトが数多く生まれてきたが、ゲーマーからすれば、そのほとんどはゲームと呼べるものではない。トークンを導入することで、単に投機性や一時的に機能する経済性のようなものを作ったに過ぎないのではないだろうか」とリンデン氏。

「ブロックチェーンを利用するサービスによく出てくる秘密鍵(プライベートキー)は、数十億人のゲーマーにしてみるととても厄介な存在だ。ゲーマーが自分のパスワードを忘れてしまうことは、ほぼ日常的なこと。パスワードやプライベートキーの管理が複雑なために、ゲーマーたちがゲームのキャラクターを紛失してしまうような仕組みは作るべきないだろうと思っている」

アメフトのNFLはミシカルを事業パートナーに指名

(画像:バーバリーがブランコスブロックパーティー上で展開するコレクション/バーバリー)

世界の高級ファッションブランドも、ブランコスブロックパーティーの世界観をビジネスにつなげようと画策している。バーバリーは昨年から、ブランコスブロックパーティー上でNFTコレクションを展開している。ブランコに装着できるラジカセやサンダル、馬蹄をモチーフとしたネックレスなどのアクセサリーも用意した。

アメリカのプロスポーツを代表するアメフトリーグのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は、NFTゲームの開発を進めるための事業パートナーとしてミシカル・ゲームズを指名した。

NFLは、Play to Earn(プレイして稼ぐ)型のゲーム「NFL Rivals」を2023年に世界同時リリースする開発計画を発表。プレイヤーは、チームを率いるゼネラルマネジャーのように、仮想のアメフトチームを組成してゲームを楽しむことができるという。

NFLには実際、32のチームが存在するが、NFL Rivalsではその32チームに所属する選手がNFT化され、プレイヤーは選手をトレードすることができる。試合に勝利したり、特定の目標を達成した場合、プレイヤーはNFTを含むトークンを獲得できる仕組みも用意する。

「徹底的にゲームプレイにフォーカスしていきたい。ゲームにおけるNFTの活用方法を変えれば、NFTに対するゲーマーたちの心理は大きく変わっていくだろう」とリンデン氏。「例えば、NFT化されたキャラクター(ブランコ)はゲームの中で進化を続け、古くなったキャラクターはバーン(Burn)される。進化したキャラクター(NFT)の希少性と価値はさらに高くなっていくだろう」

アンドリーセン・ホロウィッツと突然の会議

昨年12月、リンデン氏率いるミシカル・ゲームズは1億5000万ドルの資金を調達。ブランコスブロックパーティとNFL Rivalsの開発を加速しながら、開発拠点を世界の主要都市に整備し、同社の事業基盤の拡大と強化をさらに進めていく。

シリーズCとなる調達ラウンドをリードしたのは、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)。その交渉を積極的に進めたのはリンデン氏ではなく、a16zだった。

「7500万ドルのシリーズBを6月に実施したばかりで、a16zから突然『キャッチアップ・ミーティングをしたい』と連絡を受けたときは、正直少し戸惑った」とリンデン氏は述べる。

リンデン氏によると、そのキャッチアップ・ミーティングには、a16z側からはマーク・アンドリーセン(Marc Andreesen)氏とベン・ホロウィッツ(Ben Horowitz)氏、クリス・ディクソン(Chris Dixon)氏を含む総勢20名近くが参加したという。

急ピッチに進められたシリーズCで、ミシカル・ゲームズの企業評価額は12億5000万ドル(約1710億円)と算定された。

アメリカの中西部に生れ育ち、西海岸に生活の拠点を変え、今では30億人を超えるゲームプレイヤーを魅了する「革命的な」ゲームを開発しようと、世界中を跳びまわる実業家となったリンデン氏。

一度は仕事を辞めて、長期のスローライフを謳歌しようとも考えたが、これからしばらくの間、ゲーム開発者・実業者として、クレイジーな毎日が続きそうだ。

「アメリカ西海岸は刺激的だが、とてもクレイジーな町だ。東海岸もクレイジーな場所。中西部は僕にとって居心地が良く、僕のこれからの人生の中でもその存在はとても大きい。だから、僕の会社のスタッフの一部をカンザスシティに置いている」と、リンデン氏は「古き良きアメリカ」を語るかのように語った。

|インタビュー・編集:佐藤茂
|撮影・取材協力:渡辺一樹