トップブランドがWeb3から学ぶコミュニティ形成【オピニオン】

ニーチェは20世紀、「神は死んだ」と宣言した。しかし、自然は空白を忌み嫌う。21世紀には、ソウルサイクルのようなブランドが、欧米における新しい世俗的宗教として、カトリックに取って代わった。

ソウルサイクル(SoulCycle):大音量で音楽がかかる中、インストラクターの指示に合わせてバイクマシンを漕ぐニューヨーク発祥の人気エクササイズスタジオ。

どこの街でも、ソウルサイクルに足を踏み入れれば、壁に貼られた宗教まがいのメッセージに圧倒される。「体を変えよう。変化の旅に出よう。魂を見つけよう」と呼びかけくるその言葉は、イスタンブールにあるモスク「アヤソフィア」に刻まれたアラビア語の文章を彷彿とさせるほどだ。

カトリック教会が終わりなき天罰を恐れる信者の恐怖心につけ込んで、贖宥状を売っていたように、ソウルサイクルは顧客に対し、バイクマシンでのエクササイズクラスという救済策なしには、魂が見つけられないと語りかけるのだ。

ソウルサイクルは決して、例外的な存在ではない。イデオロギー面の空白を埋める存在が欠如するグローバル寡占システムにおいて、企業は競合の顧客を自社の信奉者に改宗させることで、互いにマーケットシェアをめぐって競い合っている。企業は、20世紀を特徴づけたイデオロギーをめぐる壮大な戦いの終わりを受け、重要な本質を失った世界において、意味を売らなければならないのだ。

コーポラティズム(協調主義)が宗教に取って代わったが、人類は概して、マーケティング手法に懐疑的だ。信頼度調査「エデルマン・トラストバロメーター」によると、企業のメッセージを信じるアメリカ人はわずか48%。中央集権型企業が、本物の体験や意味を売ることで忠実な支持者を育てることは非常に難しい。その一因は、企業を動かす基盤となる動機が、利益を上げることにあるからだ。

支持者を増やそうとする企業は、Web3の戦略を採用するべきだ。消費者を個々の出資者にして、より大きな社会的ムーブメントの一部と感じさせるのだ。そうすることで、企業のインセンティブの仕組みを修正し、皆がスキルや長所に応じて貢献することのできる文化を促進することができるかもしれない。

コミュニティとタダで手に入るお金

Web3スタートアップは、コミュニテイの重要性を理解している。彼らは顧客や消費者というのではなく「コミュニティメンバー」に、定期的な関わりに対するインセンティブを与えるために、プリセールトークンやエアドロップなどの特典を提供。テレグラムやディスコードを通じて、共通のビジョンで団結した支持者層を育んでいる。

伝統型スタートアップの創業者たちは、被害妄想に苛まれた悪魔のように、最高幹部たちからさえも株式を集めて溜め込んでいるが、Web3組織は、少しでも忠誠を見せる人たちに対して、バーチャルマネーを惜しみなく与えている。

コミュニティとタダで手に入るマネーへの渇望が、人間の本質の中核にあるのだ。

旧来のブランドは、法的なグレーゾーンで事業を行ったり、ふざけた名前のトークンをめぐって証券取引法に違反するリスクを取ることはできないが、出費にインセンティブを与えたり、忠誠心に対して見返りを提供することはできる。

航空会社やホテルはすでに、様々なポイントシステムという形でこれを実施。ポイントを交換して、さらなる体験のために使うことができる戦略的パートナーシップを伴うインフラが構築されている。企業は何億ドルもの資金をマーケティングや手の込んだPRキャンペーンに注ぎ込むが、すでにメンバーとなっている人たちに、無条件のギフトや体験をプレゼントすることは滅多にない。

人間は出来合いのサービスを買いたがる騙されやすいバカ者か、企業による戦略を拒絶することで自らのリソースを守る進化したハンターだと想定するような、ダーウィン主義的競争として顧客獲得を捉えるのではなく、企業はコミュニティに重点を置き、メンバーと定期的に関わり、一員であることに対してメンバーに直接見返りを与えるべきなのだ。

ミームが広告の主役

詩人のアレン・ギンズバーグは、「イメージを制する者が、文化を制する」と語った。

成功するWeb3スタートアップは、鍵となる企業のナラティブを促進させるという本当の目的をしばしば隠すように、ユーモアを呼び起こすような小さな情報伝達手段の大切さを理解している。ブランドが、新しい世俗の大衆運動として宗教に取って代わったのだとしたら、ミームは信者を集め、ナラティブやイデオロギーを強化するための手段となっている。

ローマ教皇庁は、世界で最も象徴的なミームの集まり以外の何だというのだろう?

Web3の各イデオロギー陣営の中で、それぞれ独自の慣習が存在する。例えば、イーサリアムの共同創業者ヴィタリック・ブテリン氏の支持者は、種子から取れるオイルの摂取を控え、ビットコインマキシマリストたちは、ソーシャルメディアのアバターに、レーザー光線を発する目をフォトショップで加工して追加したりする。

ミームはこのような儀式的慣習を強化し、創業者たちをめぐる神話を生み出す。伝統的企業とは異なり、Web3コミュニティには、自らの経済的健全性をすべて、暗号資産の生死に賭けても良いと考える狂気的なファンがいるのだ。

2006年創業のソウルサイクルは、「魂を見つけよう」という広告を使って、精神的な意味を模索する裕福で若い職業人たちを説得し、フィットネスというライフスタイルを買わせた。

その3年後に生まれたビットコインの開発者たちは、映画『マトリックス』のキャラクター、モーフィアスがその偉大さを称えるミームを使って、新しい国際通貨システムに賭けるよう、国すらも説得して見せたのだ。

乱雑さは善

完璧主義者たちは、新しいアイディアや創造の仕方を発見することを自ら妨げてしまっている。伝統的企業も同様に、企業のヒエラルキー、オフィス内の政治や官僚的形式主義によって身動きが取れず、革新を起こすことができずにいる。

Web3スタートアップはそのように自らを抑制する要素を抱えておらず、インターネット上で超高速で進化する新興資産クラスの追い風に、素早く順応できる。面倒を恐れずに、ミームやインセンティブの仕組みで実験を行うことで、創業者たちはビジネスを拡大し、コミュニティと関わるより良い方法を見出すことができる。

成功しても失敗しても、市場で何度もテストされた企業の宣伝よりも、思いつきで採用された生き生きとしたアイディアの方が、誠実さにあふれている。

デイビス・リチャードソン(Davis Richardson)氏は、Web3メディア・ストラテジスト。ニューヨークオブザーバー、ニューヨーク・ポスト、VICE、Wiredなどに寄稿を行なっている。ビットコイン、イーサリアムなどの暗号資産を保有している。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:What Legacy Brands Can Learn From Web3’s Hyper-Cultish Narratives