イーサリアム上のスマートコントラクトに制裁を課すという、アメリカ政府の前例のない動きが、予想に反する結果を生んでいる。
全面禁止
米財務省は8月8日、暗号資産(仮想通貨)ミキシングサービス「トルネード・キャッシュ」(Tronado Cash)を全面的に禁止した。あらゆるアメリカ人がこのオープンソースプロトコルとのやり取りを禁じられており、暗号資産の世界に広範な影響をもたらすだろう。
ミキシング:コインを他のユーザーのコインと混ぜ合わせることでその由来をわかりにくくし、取引の匿名性を高めるサービス。
ステーブルコインのUSDコイン(USDC)を手がけるサークル(Circle)は禁止令を受けて直ちに、取引履歴にトルネードとの関わりが見つかった38のアドレスを禁止。他のプラットフォームや企業も、禁止を実行しているようだ。
米財務省外国資産管理局は、トルネード・キャッシュとのやり取りを違法にすることで、暗号資産エコノミーの中心に大きな穴を開けた。最もよく使われるブロックチェーンであるイーサリアム上で取引を秘密裏に行うことが一段と困難になっただけでなく、プラットフォームや個人は今や、トルネードとの関わりを見極め、規制当局による執行措置の可能性を回避するための方策を講じる必要があるのだ。
「憶測するには少し時期尚早だ。これは新しい領域である。今はまだ、何が可能となるのかを確認しているところだ」と、暗号資産関連の政策問題に取り組むNPOコイン・センター(Coin Center)のニーラジュ・アグラワル(Neeraj Agrawal)氏は語った。
今回の禁止の二次的影響はいまだに展開中であり、規制当局がそのような広範な禁止令をしっかりと執行できるのか、暗号資産業界がそれを遵守可能なのかは、まだわからない。
トルネード・キャッシュは、取引履歴を人々の目から隠すことを可能にするオープンソースプロジェクト。米政府は、このサービスが2019年以来、北朝鮮のハッカーを含む人たちによって、70億ドル相当以上の不正に入手された資金のロンダリングに使われてきたと主張している。
そのようなハッカーや特定可能な犯罪者たちを追う代わりに、政府はトルネードの方に全面禁止を課した。分析企業のエリプティック(Elliptic)では、ランサムウェア、詐欺、ハッキングを通じて獲得された約15億ドル相当の違法資産を特定している。
一方、データ企業のチェイナリシス(Chainalysis)は暗号資産ミキサーの月間利用量が今年4月、史上最高を記録したと報告している。様々なプラットフォームを通じて、5180億ドルもの資金がロンダリングされたのだ。
「特定の犯罪者が制裁を課されているのではなく、オンライン取引において自らのプライバシーを守るためにこの自動ツールの使用を検討するあらゆるアメリカ国民が、適正手続きなしに、自由を奪われているのだ」と、コイン・センターのジェリー・ブリト(Jerry Brito)氏とピーター・バン・バルケンバーグ(Peter van Valkenburg)氏は指摘した。
トルネードは、イーサリアムが通貨としての機能を果たすにおいても、重要な要素ともなっている。イーサリアム上で取引の匿名性を高める唯一の方法ではないが、おそらく最もよく使われていたものだった。
イーサ(ETH)に対応するアプリケーションの大半は、ミキシングサービスに関わっていた可能性が高い。イーサリアムの共同創業者ヴィタリック・ブテリン氏も、今年ウクライナに寄付をする前に、トルネードを利用していたことを明らかにしている。
さらにトルネードは現在、犯罪組織に指定されているが、政府がトルネードを閉鎖することはできない。人々がそのコードを利用するのをやめさせることも、制裁対象となっていない新しいアドレスに移転させるのを阻止することもできないのだ。
9日にはあるユーザーが、米TV司会者のジミー・ファロン氏やコインベースCEOのブライアン・アームストロング氏をはじめとする有名な暗号資産保有者たちへと、トルネードのウォレットから少額のETHを送りつけ、政府が禁止を執行することの難しさを証明してみせた。
暗号資産取引は拒否することができず、受取手は、制裁対象のアドレスとやり取りしたことに対して責任があるとみなされるかもしれないのだ。
「取引のプライバシーの問題解決だけに取り組むプロトコルは、この先課題に直面する。そのような重点分野を狭めたことによって、違法金融行為を軽減させたいと考える規制当局の標的となるからだ」と、プライバシーに特化したブロックチェーン、シークレット・ネットワーク(Secret Network)を立ち上げたトー・ベア(Tor Bair)氏は語った。
「初めからこのような可能性について積極的に考えてこなかったプロトコルは、予期せぬ厄介な事態に見舞われている。あらゆる脅威やトレードオフを検討せずに、信頼できて持続可能なプライバシーソリューションを開発することはできないのだ」と、ベア氏は続けた。
影響の波及
トルネード禁止令が業界全体を揺れ動かす可能性を象徴するかのように、メイカーダオ(MakerDAO)のコミュニティーメンバーたちは、トルネードとの関わりを理由に規制当局によって閉鎖された場合に備えた緊急時対応計画に取り組んでいる。
メイカーダオはステーブルコインのダイ(DAI)を手がけており、ユーザーは暗号資産を預け入れることで、米ドル連動型ステーブルコインであるダイが発行できる。
メイカーダオの創設者ルネ・クリステンセン(Rune Christensen)氏は、ステーブルコインを支える「中核的」コントラクトを停止する緊急計画を詳細に語ったが、この計画は過半数の支持を集めているようだ。
特に懸念されるのが、DAIとUSDCの関わりで、USDCは現在、メイカーダオに担保として預け入れられている資産の3分の1以上を占めている。メイカーダオが現在保有するUSDCは、約35億6000万ドル相当にのぼるのだ。
メイカーダオは現在、最大の分散型金融(DeFi)プロトコルであるため、その動きは重要な意味を持つ。各DeFiプラットフォームが全般的に、USDCやその他の問題となる資産との関わりを減らそうと取り組んでいる可能性が高い。現在バランスシード上に保有されるそれらの資産は、時限爆弾のようで、解決するにはコストも時間もかかるが、そうせざるを得ないのだ。
サークルはUSDCを、市場で最も規制に準拠した信頼できる米ドル連動型ステーブルコインだと謳っている。トルネード禁止令の前にも、サークルは警察からの要請に対応するために50近いアドレスをブラックリストに掲載していた。そのためUSDCは、 DeFiセクターで幅広く取り入れられてきたのだ。
ルールに従っていることに対して、サークルに怒りを向けることは、そのルールがたとえ広範過ぎて、暗号資産の仕組みを誤解したものであったとしても、解決策にはならない。
しかし、各プロトコルでは、暗号資産界の重鎮エリック・ボーヒーズ(Erik Voorhees)氏の呼びかけに従って、USDCから離れ、より検閲耐性の高いトークンへとシフトしていくことを検討するべきかもしれない。
この先事態がどのように展開していくかはわからないが、暗号資産の世界の望みと、21世紀の政府の要求は合わないものであるということが、明らかになってきている。暗号資産はそもそも、そのように作られているのだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:What Happens When You Try to Sanction a Protocol Like Tornado Cash