暗号資産とSEC:みにくいアヒルの子を白鳥に【コラム】

「アヒルのように歩いて、アヒルのように泳いで、アヒルのように鳴く鳥を見たら、私はその鳥をアヒルと呼ぶ」──米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、暗号資産(仮想通貨)に対する見解を聞かれると、詩人ジェームズ・ウィットコム・ライリーの言葉を好んで引用する。

ゲンスラー委員長はこのように「ダック・テスト」を引き合いに出して、暗号資産プロジェクトの大半は実際には未登録の証券であり、そこに曖昧さはほとんどない、と考えていると言おうとしているのだ。

ゲンスラー委員長に言わせれば、ほとんどの暗号資産が、証券かどうかの判断によく使われる「ハウィー(Howey)テスト」の要件にも合致する。

みにくいアヒルの子

興味深い引用ではあるが、例えとして使うのにはベストとは言えないだろう。より有名な話で、第一印象は必ずしも当てにならないと子供たちに伝えるために、アヒルが使われるものもあるくらいなのだ。

アンデルセンの童話「みにくいアヒルの子」では、生まれたばかりの白鳥のひながアヒルの子と間違えられ、ほかのひなたちと比べて地味な見た目だとしてからかわれる。しかし、白鳥のひなは最終的に、美しく優雅な白鳥へと成長するというお話だ。

暗号資産プロジェクトの多くは、登場初期にはかなり醜いものだ。

誕生して4年目の2013年、ビットコインは2つのコードのバージョンを調整することができずに、マイナーたちが知らずに2つの別個のチェーンを構築し始め、誤ってハードフォークに至ってしまった。

それから2年後には、攻撃者がいわゆる「malleability bug(トランザクション展性のバグ)」につけ込んで、ビットコインネットワークに対してサービス妨害攻撃を仕掛ける一方、同じバグにつけ込んで、取引所のマウントゴックスからビットコインを盗む人たちもいた。

そして2016年には、誕生して2年目のイーサリアムが、大きな危機に見舞われた。攻撃者が分散型投資プロジェクト「The DAO」のスマートコントラクトにバグを見つけ、6000万ドル相当のイーサ(ETH)を盗んだのだ。

上記3件ではいずれも、ビットコインとイーサリアム開発者の中核的グループの決定的なリーダーシップによって問題が解決された。1件目と3件目の事例では、ユーザーのコンセンサスを伴って、攻撃後に起こった取引をキャンセルするために、ブロックチェーンがロールバックされた。

このことは、プロトコル発展の初期段階において、ネットワークに明らかにダメージを与えているバグやパフォーマンスの問題が効率的に解決される必要があった時に、ある程度の中央集権化が存在していたことを意味する。

ビットコインとイーサリアムネットワークがはその後成長を続け、どちらもますます分散化した。中核的なコードのアップグレードを調整することは一段と困難になっている。

この事実を象徴するのが、イーサリアム開発者たちがプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)にブロックチェーンを移行させるために、開発作業とコンセンサス醸成に何年もの時間をかけていることだろう。このアップグレードはついに、来月実施が予定されている。

徐々に分散化

SECによれば、このような分散化の進んだ状態によって、現在のビットコインとイーサリアムは証券としての登録を免れることができるようだ。どちらもハウィーテストの中の、投資家へのリターンが、少数の人々の作業にかかっている場合には、投資スキームは証券であるという部分に一致しないからだ。

ビットコインの生みの親や初期の採用者たちはいまや関係なくなっており、イーサリアムの生みの親たちも、かつて持っていたような、一方的に変更を押し切るような影響力をもう持ってはいない。

ここで問題がある。これらの問題に対するSECのアプローチは、ビットコインとイーサリアムが分散化の度合いを深めていったことは、例外であり、一般的ではないと示唆しているのだ。

ゲンスラー委員長は、「私が見てきたすべてのICOは証券だ」と述べた前任者クレイトン前委員長の意見に賛同すると語っている。ICOとは、新規コイン公開のことで、多くの暗号資産プロジェクトが最初の資金調達の手段として使っていた。

ゲンスラー委員長はさらに、分散型取引所(DEX)にもSECに登録するよう呼びかけている。このことは、プロトコル基盤のシステムに課題を投げかけている。ユーザーと開発者たちからなる分散型コミュニティの中で誰が、申請書類を提出するという決定を行うのか?それはどんな権威のもとで行われるのか?

そのような疑問によって、SECが行動を止めることはない。一方で、コインベースの元従業員に対するインサイダートレーディングでの告発といった行動は、包括的な「ダック・テスト」的見解においては、ビットコインとイーサリアム以外のすべてのトークンプロジェクトが、SECによる執行行為の対象となるという事実を突きつけるものであった。

SECによる執行行為はいつ起こるかわからない脅威であり、多くの価値あるプロジェクトは、アメリカのIPアドレスを使うユーザーをブロッックするなど、過剰なほどに慎重にならざるを得ない。そうなると、この分野におけるイノベーションが、本質的に制限されるのだ。

白鳥になる可能性

しかし、ビットコインとイーサリアムが白鳥へと成長できるなら、他のプロジェクトが将来的にそうならないとなぜ言えるのだろう?初期のやむを得ない中央集権的な状態から、後に誰も効果的にコントロールのできない分散型の仕組みへと移行していく可能性を、政策は考慮に入れるべきではないのだろうか?

執行行為は、ポテンシャルの高いプロジェクトをダメにしてしまう可能性がある。永遠にみにくいアヒルの子のまま、押さえつけられてしまうかもしれないのだ。

このような分散型移行の可能性こそが、へスター・ピアース(Hester Peirce)SEC委員が暗号資産プロジェクトに対するセーフハーバー規定によって守ろうとしているものなのだ。

暗号資産プロジェクトに証券登録要件を免除される3年間の猶予期間を与え、その間に堅固で分散型の機能を開発できるようにするという提案である。

残念ながらピアース委員の提案は、他の委員の間でほとんど支持を集められていない。

それはなぜなのか問うてみることが大切だ。イーサリアムが証券としての登録を免れているのは、かつてSECで企業金融担当の責任者を務めたウィリアム・ヒンマン(William Hinman)氏の見解にもとづいているようなのだ。

ヒンマン氏は2018年6月、イーサリアムネットワークは時間をかけて「十分に分散化」したものとなり、立ち上げ時の証券的な性質を失ったと述べた。

XRPトークンをめぐるリップル・ラボとの訴訟の中でSECは、ヒンマン氏の「個人的な」見解から距離を置こうとした。しかし、サラ・ネットバーン(Sarah Netburn)判事は先月、リップル側に大きな勝利を届けた。SECのスタッフがヒンマン氏の意見形成を助けたことを示す、ヒンマン氏のスピーチ原稿が、裁判の証拠として認められるとの判断を示したのだ。

では、ヒンマン氏の方針が意味を持つものだと推定してみよう。トークンプロジェクトが十分に分散化できるように猶予期間を与えることに、なぜ抵抗があるのか?

アメリカの規制当局は、分散化にメリットを見ていないからかもしれない。説明責任を持たせる誰かがいて欲しいのかもしれない。そんな人がいなければ、どうやってアメリカ国民を悪者から守れるのだ?

分散化の意義

彼らが見落としているのは、分散化は暗号資産の中核的価値提案の中心となるものだ、という点だ。分散化がなければ、暗号資産に価値はない。

分散化によって、ビットコインは検閲耐性を持つことができ、トークンをピアツーピアで送ることができる。例えば、アメリカの寄付者が、プーチン政権やその他の中央集権的権威の介入なく、ロシアの活動家にビットコイン(BTC)を送ることができるのだ。

分散型金融(DeFi)プロトコルが自動で決済や担保のコントラクトを実行できるような、プログラマビリティも可能となる。第三者がシステムをコントロールできれば、それは介入する力を持っているということであり、自動性が保証されない。プログラマビリティが失われるのだ。

ウォール街の「大き過ぎて潰せない」仲介業者による政治、経済的操作から自由な、より開かれ、流動的で公平にアクセスできる金融システムを望むなら、分散化は価値のあるゴールだ。

最近発生した複数の暗号資産レンディングプロジェクトの失態も、セルシウス(Celsius)やボイジャー・デジタル(Voyager Digital)など、中央集権型金融(CeFi)プロジェクトに集中していた。

一方で、アーベ(Aave)やコンパウンド(Compound)などのおおむね分散化したDeFiプロトコルは、業界の事実上のストレステストを驚くほどよく切り抜けてみせた。

結局は、とてもシンプルなことなのだ。顧客の資産のカストディを握った中央集権型組織があった場合、顧客の利害に反して、その資産を失ったり、ダメにしてしまう可能性がある。カストディがない場合には、資産を失うことができるのは顧客だけだ。その場合、規制するべき対象は存在しない。

規制当局が、イーサリアム基盤のミキシングサービス、トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)を利用したアカウントをブロックするように暗号資産企業に求めるなど、中央集権化に有利なルールを課し続けると、同じようなリスクをシステムに組み込むことになり、価値ある分散化モデルの発展を妨げることになる。

みにくいアヒルの子を、成長させてあげよう。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Let Ugly Ducklings Grow: Why Crypto Needs a Safe Harbor