テイラー・スウィフト初の再録盤アルバム『Fearless (Taylor’s Version)』が、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)化されてリリースされていたらどうなっていただろうと、常々考えてきた。
ご存じない方のために説明すると、人気ポップ・カントリーミュージシャンのテイラー・スウィフトは2019年、レコード会社幹部のスクーター・ブラウン氏に宣戦布告。ブラウン氏が彼女の6枚のアルバムの原盤権を買収したために、自らの楽曲を再録することで対抗したのだ。
最初に再発売したのは、2枚目のアルバムである『Fearless』。自らのレコード会社を通じて発表し、ストリーミングプラットフォームで聞きて欲しいと、ファンに呼びかけた。ブラウン氏からの独立、そしてアーティストとしての自立を宣言するための方法だったのだ。
アーティストとファンの関係
これは、音楽業界における権力の不均衡を象徴する典型的なストーリーであり、音楽NFTで最も話題となるユースケースの説明にも有効だ。ファンとアーティストをつなぐ、という役割である。
暗号資産(仮想通貨)を使うことで、ブラウン氏のような仲介業者は、アーティストに対して行使できる力がはじめから、はるかに小さくなるのだ。
NFTはブロックチェーンに刻まれるデジタルメディアの署名のようなもの。誰が何をオンラインで保有するかを決定的に示す方法であり、無限に複製可能なファイルに固有のデジタルアイデンティティーを与えることもできる。
再録盤はブラウン氏が所有する原盤と内容はほぼ同じであったが、その目的は違っていた。テイラー・スウィフトはすでに保有しているかもしれない音楽をファンに再び購入するよう呼びかけた。ブラウン氏の個人的被害者であるというのが表立った理由だったが、本当は搾取的な音楽業界全体に戦いを挑んでいたのだ。
そして彼女の作戦は成功を収めた。ビルボード誌によれば、再録盤は発売1週間で、その年1年間にブラウン氏が保有する原盤よりも多くの売り上げを記録した。再録盤アルバムとして初めて、ビルボード200のチャートのトップも飾った。
現代の有名人の多くと同様、テイラー・スウィフトはファンに対して大きな影響力を持っている。アルバムを売り、製品を宣伝する力によって、彼女はミリオネアとなった。しかし、ソーシャルメディア時代が始まって数十年経つ今、有名人とファンの間の関係はパラソーシャル(ファンが一方的に有名人と友達のように感じる関係)であり、搾取的な可能性もあるという認識が広まっている。
NFTは、ファンとアーティストの関係を平らにする鍵となる。制作のために直接資金を提供することを可能にし、アルバムがストリーミングされたり、購入されるたびに生まれる富から配分を受けることもできるようになるのだ。
再録盤の『Red (Taylor’s Version)』を発表した時にテイラー・スウィフトは、「Redは再び私のものになろうとしているが、常に私たちのものであり続けていた」とツイートした。しかし本当にそうだろうか?
彼女のヒット曲『All Too Well』の10分バージョンをストリーミングしたファンは、金銭的見返りを受けていない。私もそのひとりだった。率直に言ってしまえば、テイラー・スフィフトのファンとして私たちは、アメリカ運輸保安局(TSA)の爆発物探知犬と同じだ。みんな、お金を受け取ることはないのを知っているのだ。
再録盤がNFTとしてリリースされていれば、テイラー・スフィフトは自らの音楽を奪回するという目標を実現しつつ、ファンと売り上げを分かち合うこともできたのだ。金銭的なインセンティブを持ったファンベースという新しい扉が開くことになる。しかし、テイラー・スウィフトの方に、そうするべき理由はあるのだろうか?
政治的リスク
テイラー・スウィフトも、他のアーティストの大半も、ファンと売り上げを分かち合う必要はないというのが現実だ。TSAの探知犬になぜお金を支払う必要があるのか?
仕事はしっかりこなして、幸せそうで、とても忠実だ。しかもその忠実さは有り余るほどで、近い将来に足りなくなってしまうことはなさそうだ。問題がないのに、直す必要があるだろうか?
テイラー・スウィフトが貪欲な人間ではなく、ファンに利益を還元したがっていると想定しても、NFT分野に進出するには評判上のコストがある。彼女のPRチームは、スマートコントラクトの仕組み、その重要性をうんざりするほど繰り返し説明しなければならないのだ。
環境面での懸念や、右派寄りの暗号資産支持者たちが幅を利かせる奇妙な暗号資産コミュニティなど、テイラー・スウィフトにとっては馴染みのない政治的な分野にも足を突っ込まなくてはならなくなる。
キャリア上の自殺とはいかなくても、自らのキャリアを妨害するような行為だ。
暗号資産全般に関する議論にテイラー・スウィフトが参加していないからといって、彼女が音楽NFTを検討したことがないと考えるのは甘い。昨年の強気相場で、多くの有名人の友達が暗号資産を宣伝するのを、彼女も見てきたはずだ。
2019年にNFTのことを聞いたことがなかったとしても、いまだに無知な状態にいるとは考えにくい。彼女が現在所属するレコード会社は先日、Bored ApeのNFTを購入した。さらに彼女の親しい友人の1人ベラ・ハディッドも、自らのNFTコレクションを立ち上げた。2019年には知らなかったとしても、今なら知っている可能性が大なのだ。
しかし、政治的な要素だけでも、NFTに参入しないのに十分な理由となる。
テイラー・スウィフトに公正を期して言うならば、NFTを発行しないというのが、最も簡単な方法だったはずだ。音楽を売って、成功をファンと分かち合いたいだけなのに、なぜリベラルも保守派と同じくらい暗号資産の恩恵を享受できると証明しなければならないのだ?そんなことをしたら、変に誤解されてしまう可能性もある。
再録盤をリリースした頃のテイラー・スウィフトは、配給元やプロデューサーが過剰な権力を握るエンターテイメント業界の現状に異議を唱えていた。しかし、皮肉屋な人なら、自立、利他主義、フェミニズムの仮面をかぶって、売り上げを上げようと犠牲者を気取っていただけと言うかもしれない。
真の見返り
今なら、ポップスターが伝統的な音楽業界に対して信念を持って立ち向かう方法が存在する。ファンであることから利益を上げる方法を導入するのだ。つまり、暗号資産をその意図通りに使う、ということでもある。それが意義ある形でまだ実現されていないと言うのは、驚くことだろうか?有名人たちの性質を考えれば、そんなこともない。
有名人たちは、暗号資産分野に不在な訳ではなく、間違った理由で参入しているのだ。マドンナが30万ドルでBored ApeのNFTを購入するのは、彼女がエルメスのバーキンを買うのと変わらないし、スティーブ・アオキがBored ApeのNFTを10個もコレクションしているからといって、メインストリームへの普及に貢献することはない。
有名人たちが、大衆への普及を気にせずにこのような投資のチャンスを受けていることが、私には衝撃だ。彼らはメタバースへのファーストクラスのチケットを受け取り、彼らを信じてついていった一般人たちは、大きな損害を被っている。
私は2022年3月、ロサンゼルスで開かれたNFTカンファレンスに参加していたが、パネリストの1人で俳優のチャーリー・シーンは、NFTのことなんて全く理解していなかった。
グラミー賞候補になったこともあるR&Bシンガーのメイシー・グレイは、音楽NFTにも手を出しているが、討論会の場で、「暗号資産についてはあまりよく知らない」と認めた。
重要な論点を意味もわからずに繰り返すのが得意な人はいるが、暗号資産がアートの世界にもたらす可能性のある、極めて重要な変化を理解している人はほとんどいない。
終わりよければすべてよし、なのかもしれない。今となっては、暗号資産を知らない有名人はほとんどいないと考えていいだろう。しかし、テイラー・スウィフトのようなアーティストは、スマートコントラクトや音楽NFTに強い不信感を持っているだろうか?それとも、単に気にしていないだけなのか?
私は、そのどちらもではないと考えている。彼女のファンは心の奥底で、再録盤を爆音で聞き続けたことに対して、何らかの見返りをもらうべきだと考えているのか?それとも彼女が成功するのを見るだけで満足なのか?
テイラー・スウィフトがNFTに目を向けなかった本当の理由を知ることは決してできないだろうが、状況が落ち着いて、政治的な付随ダメージを心配する必要がなくなれば、有名人が大挙して暗号資産やNFTを商業化することになると、私は予測している。
クリス・ジェンナーが、「カルダノとパートナーシップを組んで、カーダシアン・コインデジタルコレクション」を発表したり、テイラー・スウィストがついに、「ポリゴンだけで購入可能な、ファンと成功を分かち合う」ためのNFTコレクションをリリースする日が目に見えるようだ。
何年もファンたちを無視した後で、このような動きはガスライティング(心理的虐待)と言えるだろうか?
TSAの探知犬は、報酬を受け取っていないと気づくことは一生ないが、10年後、あるいは5年後には、ファンたちは気づくだろう。そうなれば、音楽とクリエイティビティの新時代が登場するはずだ。
アジズ・アランガリ(Aziz Alangari)氏は、PR企業ワクスマン(Wachsman)のマーケティング担当者。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:テイラー・スウィフト(Brian Friedman / Shutterstock.com)
|原文:Will Taylor Swift Ever Issue a Music NFT?