機関投資家と「Merge」の親和性【コラム】

イーサリアムのプルーフ・オブ・ワーク(PoW)コンセンサスメカニズムからプルーフ・オブ・ステーク(PoS)への移行という待望のアップグレードが遂に、今月実施される予定だ。

「Merge(マージ)」と呼ばれるこのアップグレードは、暗号資産(仮想通貨)の歴史の中でも、最も重大なブロックチェーンプロトコルへの変更となる。投資家にとっては、イーサリアムのネイティブトークン、イーサ(ETH)の市場が、この重大なシフトを価格に織り込んでいるのかが問題だ。

価格に織り込んでいない、と私は考えている。その主な理由は、機関投資家がゆくゆくは、「イーサリアム2.0」に大きな価値を見出すことになるからだ。ちなみに私がイーサ価格の値上がりを見込んでいるからといって、イーサリアム2.0が分散化の純粋な原則に完璧に沿ったものになるとは限らない。これら2つは別々の事柄だ。

その前にまず、マージへの期待による短期的な値上がり分を帳消しにした、ここ数週間でのイーサ価格の値下がりの要因を見てみよう。弱気筋の主張を分析するのに役立つはずだ。

要因1:疑念

イソップ寓話『オオカミと少年』に登場する村人たちのように、イーサリアムの投資家たちは長年の経験から、今回のMergeが本当に実施されることに疑念を持たざるを得ない。

さらに、Mergeが実施されたとしても、極めて複雑な今回のシフトでは、問題や不具合が生じる可能性が高い。そうなれば、イーサリアムを基盤としている分散型金融(DeFi)プロトコルやその他のシステムにも、マイナスの影響が波及するかもしれないと、分散型アプリ(Dapp)データを提供するDappRadarは警告している。

しかし、集団の知を尊重するべきは確かだが、特にその考えがあてはまる集団が存在する。このプロジェクトを長年支えてきた、イーサリアム開発者の大きなコミュニティだ。

分散型金融(DeFi)に関するニュースレターを手がける「Bankless」の創設者デビッド・ホフマン(David Hoffman)氏が指摘した通り、「Mergeの詳細についての専門家である開発者たちは、(この問題に関してのツイッター上での投票に)参加している(より広範な)人たちよりも、Mergeの成功に対して強気」なのだ。

むしろ、繰り返しの延期によって、成功の可能性は高まっていると言っても良いだろう。開発者は、取り憑かれたように慎重でリスク回避型の人間であり、だからこそ何度も延期されたのだ。彼らが今、実施に踏み切ろうとしているということは、極めて高水準の品質保証が行われたことを示唆している。

要因2:規制上のリスク

米財務省が8月8日に、ミキシングサービスのトルネード・キャッシュ(Tornado Cash)を制裁対象に加えたことは、イーサリアムコミュニティに大きな不安を生じさせた。イーサリアムを基盤としたサービスを提供する企業や組織はすばやく、トルネード・キャッシュを通過したトークンに接触したウォレットをブロックする動きに出たのだ。

そのような反応によって、ステーキングプールサービスを提供する企業も、汚染されたオンチェーン取引をブロックから排除するようにとの規制当局からの圧力にさらされるのではという懸念も高まった。こうなれば、検閲耐性という重要な原則に終止符が打たれる。

これらは、現実的で重要な懸念である。だからこそ前述の通り、私は価格と原則を区別する。しかし、制裁対象となった組織と関連した汚染されてしまったトークンに対する制限というのは、規制遵守に必死の機関投資家にとっては、イーサ購入の動機となる可能性もあるのだ。

そして、取引にプライバシーを求める人が多くいることを考慮すれば、米財務省の動きによって、あらゆる代替ソリューションが登場してくることになるだろう。

要因3:マクロの状況

イーサがここ2週間下落しているのは主に、外因的な理由からだ。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が、利上げが人々が望んだよりも長期間続くと、警告したからである。これによって投資家たちは、あらゆる「リスク資産」を売却したが、彼らの考えでは、暗号資産も現在このカテゴリーに含まれる。

しかし、マクロ要因に引きづられて値下がりしている他の資産と、イーサの値動きが切り離されているという話を聞きたいとしたら、Mergeの出番だ。

まず出発点は、伝統的金融(TradFi)機関だ。より引き締め的な通貨政策を前にした彼らは、「リスクオフ」の本能からデジタル資産を売却。現在の暗号資産の冬を悪化させている。しかし彼らが、春へと連れて行ってくれるだろう。

市場の停滞にも関わらず、多くのヘッジファンド、ファミリーオフィス、ベンチャーファンド、さらには年金基金までもが、暗号資産をポートフォリオに含める長期的メリットを真剣に検討している。

以下に、Merge後のイーサが、彼らの資産分配において主要なものとなる可能性がある理由を紹介しよう。

機関投資家にとっての魅力

  • ESGコンプライアンス:多くの環境保護主義者の間で広がる、アンチビットコインの態度では、再生可能エネルギー推進派がマイナーとパートナーを組んで、よりグリーンな電力網を可能とするソリューションを資金調達、開発するチャンスを逃すことになる。

    しかし現実には、そのようなソリューションが広がるまでは、ビットコインのPoWシステムは、膨大な温室効果ガスを排出し続け、ESGの基準を満たそうとする企業からはのけ者とされ続けるだろう。

    主要企業は、社内の投資委員会、そしてまもなく米証券取引委員会(SEC)が発する規制によって、ビットコインに投資することを制限される。イーサリアムがエネルギー負荷のはるかに小さいPoSメカニズムにシフトすることで、イーサは対照的に、はるかに魅力的な投資先となるのだ。
  • 「固定」収入としてのステーキング:PoSシステムでは、トークン保有者がブロックチェーンのバリデーションに参加することで、受身的に、予測できる形でトークンを稼ぐことができる。

    イーサのドル建て価格は変動を続けるが、そのような収入モデルは、機関投資家の間で浸透している債券の固定収入のパターンに大いに類似する。高度なDeFiヘッジングやステーブルコインソリューションが登場する中、機関投資家たちは、ポートフォリオに頼りになるリターンをもたらす新しく独自の金融商品を活用することになるだろう。そうなれば、ステーキングブームの到来だ。
  • 希少性:現在のイーサリアム2.0の仕様によれば、Mergeに伴って、新しいイーサ発行のスピードは、数年間をかけて段階的に大幅に減速することになる。こうなればイーサはこれまでよりも希少なものとなり、それによって市場価値が支えられることになる。機関投資家は、その長期的な見通しを好ましく思うはずだ。
  • ポジティブなナラティブ:やればできるという、心理的側面も見逃すことはできない。異質なオープンソース開発者たちからなるせわしないコミュニティが、総額約2000億ドルの価値を支えるブロックチェーンの運営を続けながら、この大きなアップグレードを完了できれば、それは本当に驚異的なことだ。

    革新と協働を成し遂げる人間の力がひどく過小評価されている一例と言っていいだろう。Mergeが計画通りに進めば、イーサリアムへの信頼を高めるポジティブなストーリーとなり、新しく投資する人たちや、古くからの投資家たちを惹きつけることになるはずだ。

私が間違っていたと証明される可能性もあるだろうか?それはもちろんある。私が紹介した強気の主張には分散化への課題が伴い、PoWよりもPoSを支持する頑固なESG上の理由を受け入れてしまうことになる。それでも、Mergeが価格に織り込み済みだとは、私には思えないのだ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:TradFi Investors Will Love Ethereum’s Merge