ビットコインを脅かす法廷闘争

ノルウェーで今週始まる裁判が、ビットコイン(BTC)の未来に深刻な影響を与える可能性があると、原告を支持する人たちは考えている。

ビットコインに特化した雑誌『Citadel21』の編集を担当するビットコイナーHodlonautは、実業家クレイグ・S・ライト(Craig S. Wright)氏を相手取って訴訟を起こした。ライト氏は、ビットコインの生みの親サトシ・ナカモトだと繰り返し主張しつつも、そのことを証明できていない。

この2人の関係がこじれたのは数年前。サトシ・ナカモトを名乗るライト氏を「詐欺師」呼ばわりしたツイートを投稿したHodlonautを、ライト氏が名誉毀損と非難。そこから、複雑な法廷争いが始まったのだ。

ライト氏が裁判に巻き込んだビットコイナーは、Hodlonautだけではない。例えば昨年には、ライト氏は16人のビットコイン開発者に対し、おそらく彼のものではない資産を彼に引き渡すよう要求。

開発者たちは、ライト氏が法的措置を起こすと脅すことによって、他の開発者たちがビットコイン開発に携わることを躊躇していると主張。ビットコインを大規模に普及させるために必要なアップグレードのチャンスが損なわれると懸念しているのだ。

Hodlonautは、ライト氏による訴訟を止めさせる、あるいは少なくとも減速させることでそのような傾向を覆そうと、大きな望みを抱いて今回の訴訟を起こした。

「このコミュニティでの取り組みは、私の訴訟が成功を収めることで、裁判所の判決によって、ビットコイナー、開発者、企業へのこれ以上のいじめに終止符を打つことを目指している」と、Hodlonautはツイートした。

CoinDeskが広報担当者を通じてライト氏に連絡すると、「いじめっ子はHodlonautだけだ」との回答が寄せられた。今回法的措置に打って出たのはHodlonautだからだ。

ちなみに、Hodlonautがノルウェーで訴訟を起こしたのは、ライト氏の弁護士がイギリスで彼に法的通知を送ってきた後。さらにその前には、Hodlonautの身元情報に対し、ライト氏が5000ドルの報奨金をかけていた。

Hodlonautの起こした訴訟は、ビットコインコミュニティで幅広い支持を集めている。150万ドル近くの寄付が集まり、何千人ものツイッターユーザーが、プロフィール写真をHodlonautのアイコンである宇宙飛行士の猫に変更して、団結を表している。

3Dで様々なビットコインアイテムをプリントするクリプトクロークス(CryptoCloaks)は、Hodlonautのための資金集めの一環として、3Dプリントされた宇宙飛行士猫のヘルメットを販売している。

ライト氏の主張

ビットコインの発明者だというライト氏の主張は、疑わしいものだ。2015年に初めて、自らがサトシ・ナカモトだと主張し始めた時には、暗号化技術によって証明できると言っていた。

しかし、暗号化技術者たちはその主張を一蹴。セキュリティ専門家ダン・カミンスキー(Dan Kaminsky)氏はライト氏を、「暗号化技術で証明可能な世界初の詐欺師」と呼び、他の専門家たちもそれに同意した。

雑誌WIREDは、ライト氏が「おそらく」サトシ・ナカモトだとする記事を公開したすぐ後に、「彼は詐欺師かもしれない」と認める別の記事を掲載した。

それ以降、ライト氏が嘘をついていたことが、他の件でばれている。かつてのビジネスパートナー、デイブ・クレイマン(Dave Kleiman)氏の相続人との裁判の中で、ライト氏は特定のビットコインの所有者だと主張した。

しかし、裁判中に、そのコインの実際の所有者が、「クレイグ・スティーブン・ライトは嘘つきで詐欺師で、このメッセージの署名に使われた鍵を彼は保有していない」というメッセージに署名。メッセージに「署名」できるのはコインの所有者のみであり、そのことは暗号化技術で誰でも検証できる。

ライト氏がポッドキャスターのピーター・マコーマック(Peter McCormack)氏を相手に起こした別の名誉毀損訴訟では、イギリスの高等法院判事が、ライト氏は「偽の証拠」を提出したと認定した。

Hodlonautに対する法的措置をイギリスで始めたのはライト氏であったが、Hodlonautはその後ノルウェーで、自分の身を守るためにライト氏を相手に訴訟を起こした。「自分のツイートは合法であり、言論の自由によって守られ、ライト氏に賠償する責任はないとする宣言的判決を求め」てのことだ。

ビットコインへの影響

Hodlonautを支持する多くの人たちにとってのより大きな懸念は、ライト氏が法的措置で脅かすことによって、開発者、ジャーナリスト、企業など他のビットコイナーたちが、訴訟を恐れてビットコインに携わりたくないと感じることだ。

ビットコイン・コア(Bitcoin Core)の元開発者グレッグ・マクスウェル(Greg Maxwell)氏は掲示板「レディット(Reddit)」で次のように語った。

「彼の行動によって、最も貢献度が高く、最も長く携わってきた開発者の少なくとも4人が、ビットコインへの関与を止めるか、大幅に控えることになった」

マクスウェル氏は、イギリスでライト氏が標的にした16人の開発者の1人。しかし、金融関連メディア、ブロックワークス(Blcokworks)によれば、裁判官はライト氏の主張を却下している。

ビットコイン・コアの開発者たちは、ビットコインの基盤となる主要ソフトウェアに取り組んでおり、プライバシー、セキュリティ、ユーザーエクスペリエンスなど、幅広い点で改善を生み出している。その取り組みの最も有名な最近の例はタップルート(Taproot)。ビットコインでのプライバシーを大幅に改善させるアップグレードだ。

ライト氏によって法的措置に巻き込まれたことで、開発者たちはビットコインの向上に注力することができなくなっている。さらに他の開発者たちも、ビットコインに近寄るのを躊躇するようになっている。

「(Hodlonautと)ライト氏が標的にしている他の人たちが、大いに不利な状況だ。複数の国でライト氏が繰り広げているバカげた主張は、略式判決で取り下げが可能なはずだった。そうなっていれば、訴訟コストは何百万ドルにものぼらず、10万ドルほどで済んだはずだ。しかし、ライト氏には失うものがないため、できるだけ訴訟を長引かせるために必要な嘘をどんどんついていくだろう」と、マクスウェル氏は指摘。

「ライト氏は訴訟相手を(その多くが偽造である)何十万枚もの書類攻めにしており、訴訟コストを何百万ドル、何千万ドルまで吊り上げることが可能だ」と、マクスウェル氏は続けた。

厳しい戦い

支援者たちは、Hodlonautの勝利がライト氏の妨げになることを願っている。それでも彼らの多くは、Hodlonautの裁判によって、ライト氏の法廷争いの戦略を完全に台無しにすることができると幻想を抱いている訳ではない。

「(Hodlonautが)訴訟を続けられるように助けるだけでは十分ではない。(Hodlonautの)完全な勝利でも、ライト氏を止めることはできないだろう。ただその動きを遅くすることができるだけだ」とマクスウェル氏は認めた。

このような状況の中、開発者たちがライト氏などからの訴訟に自分だけで対応しなくて済むよう、少なくとも2つの基金が立ち上げられた。ツイッターの共同創業者ジャック・ドーシー氏は1月、開発者を法的措置から守るための法的防御委員会を開設。NPOのOpenSatsも先月、同様の基金を立ち上げた。

しかし、このような助けがあっても、訴訟には力を奪われる可能性があると、匿名のビットコイン開発者はCoinDeskに語った。

「開発者たちは素晴らしい弁護士たちに代理人を務めてもらっているが、訴訟は時間や心理的エネルギーを消耗する」と、匿名の開発者。「個人的に私は、訴訟にあまり影響を受けないが、他の開発者たちにとっては、ビットコインへの関与を減らしたり、完全にやめてしまう多くの理由の1つになるだろう」と続けた。

ライト氏との戦いが厳しいものでも、マクスウェル氏は希望を捨ててはいない。

「ライト氏の偽証は、ビットコインへの攻撃だ」とマクスウェル氏。「憶測や仮定の攻撃ではなく、すでに大きなダメージを生んでいる本当の攻撃だ。人々がビットコインのために立ち上がり、戦っていくと確信しており、ビットコインはこの攻撃を生き延びることができると自信を持っている」と続けた。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Bitcoin’s Health May Hinge on a Legal Feud in Norway