FTXは世界中に子会社を抱えた巨大組織だった。FTX崩壊の中、子会社の1つが比較的無傷のままでいるようだ。「FTX Japan」だ。FTX Japanがこのまま生き残ったとして、日本から他の国々が学ぶべきことをいくつか紹介しよう。
FTX Japanは、もともとは日本の暗号資産取引所リキッド(Liquid)だ。FTXが2022年に買収した。FTX関連企業の顧客の大半は先行きが見えない状態にあるのに対し、FTX Japanは、顧客への返金について12月1日に以下のように述べている。
「出金・出庫サービス再開のための基本計画をとりまとめ、本社の新しい経営陣は、当該計画や実施方針について基本的に承認しています。この基本計画のための開発作業は当社のエンジニアリングチームによりすでに開始されており、必要な作業を行っています」
日本人顧客の資産は「これら資産の預託や保管方法および日本の法律における財産権等を考慮したところ」、アメリカでの破産手続きに巻き込まれることはないとFTX Japanは述べている。
一方、バハマにあるFTX International、シカゴにあるFTX US、そしてFTX Australiaの顧客の資産は、破産手続きによって動かすことができなくなっている。
日本のFTX顧客が、他のどこよりも早く自分の資産を取り返せることになるかもしれない理由は何だろう?
簡単に言うと、暗号資産取引所に対する慎重な規制だ。
2014年、マウントゴックス(Mt. Gox)が破綻、2017年にはコインチェックがハッキングを受けたことで、金融庁は暗号資産取引所に対して広範な基準を定め、国内での事業には「暗号資産交換業」の登録を必須とした。
金融庁による規制
暗号資産取引所を監督するための金融庁の枠組みの6つの主要な取り組みを紹介しよう。
1. 分別管理
日本の暗号資産取引所は、顧客の法定通貨と暗号資産を取引所自身の暗号資産と分離しなければならない。つまり、取引所の運営資金を顧客資産と同じ口座やウォレットに入れることはできない。
資産を分けることで、詐欺の可能性を抑えることができる。例えば、FTX Japanの顧客資産がFTX Japanの運営資金と一緒に保管されていたら、バハマにいる幹部たちが顧客資産を濫用することはもっと簡単になっていたはずだ。
2. 顧客の金銭の信託
さらに日本の暗号資産取引所は、顧客の法定通貨を日本の第三者法人である信託会社または信託銀行に預けなければならない。
FTX Japnと顧客の間に第三者の受託人を介在させることで、規制当局はFTXの関係者が顧客のお金に手を出せる余地を小さくした。
信託を義務づけるもう1つのメリットは、破産した場合の保護だ。第三者受託人に顧客資産を保管してもらうことで、取引所の他の債権者が権利を主張できる資産の中に顧客資産が含まれることを防ぐことができる。
他国は、これほど厳格ではない。例えば、FTX USを含めたアメリカの取引所は、州の送金事業者向けの法律のもとで運営されている。送金事業者に顧客資産を信託会社に預け入れることを義務づけている州もあるが多くの州ではそのような義務はない。
このような信託会社というレイヤーの不在が、FTX USの顧客が自分の資産を取り戻せる可能性について、何も良い知らせを聞いていない理由の1つかもしれない。
FTX Japanによると、顧客からの預かり資産は11月21日現在、約60億7427万円となっている。
3. 優先弁済
より厳格な破産保護の規定では、日本の顧客は取引所が破産した場合、一般的な債権者よりも優先して返金されることになっている。
顧客は取引所の債権者だ。しかし暗号資産取引所は、債券保有者、銀行からの融資、サプライヤーなど、他にも債権者がいるだろう。取引所が破綻した場合、これらすべての債権者が残された資産を手にいれようと必死になる。日本では顧客を債権者の最前列に置くことで、顧客を保護している。
FTX Australiaの顧客の窮状は、FTX Japanの顧客の状況とは対照的だ。オーストラリアの顧客は先日、資産をめぐって親会社のFTXトレーディングと競い合っていることが判明した。
4. 95%以上をコールドウォレットで管理
金融庁は日本の取引所に、顧客暗号資産の少なくとも95%をコールドウォレットに保管するよう義務づけている。コールドウォレットはインターネットに接続されていないため、ハッキングや内部の悪質な人間から資産をより安全に守ることができる。
FTX Japanは、コールドウォレットに3194ビットコイン(BTC)、1万6418イーサリアム(ETH)などを保有している(11月21現在)。
規制を受けていない国や地域の多くの取引所もすでに、(顧客資産の95%まではおそらくいかないが)コールドウォレットを利用している。しかし、より小規模な取引所は、自社のコールドウォレットではなく、FTXのような他の大規模な取引所で顧客資産を保管している可能性がある。
3万人ほどの顧客を抱えるオーストラリアの暗号資産取引所デジタル・サージ(Digital Surge)は、FTXに多額の資産を保管していたため、任意管理手続き(日本の民事再生法に相当)に入った。フォビ(Huobi)はFTXに保管していた1320万ドル(約18億円)相当の顧客資産を失い、クリプトドットコム(Crypto.com)も1000万ドル(約14億円)が影響を受けた。
95%以上をコールドウォレットに保管するルールは、そうした損失から顧客資産を保護する。さらに、次の5%ルールも同様だ。
5. 履行保証暗号資産
安全性の劣る(インターネットに接続された)ホットウォレットに保管することが許される顧客の暗号資産の5%以下については、日本の取引所はコールドウォレットに保管された取引所所有の暗号資産で裏付けることが義務づけられている。
例えば、顧客資産のうち、5ビットコインをホットウォレットに保管する場合、準備資産として5ビットコインをコールドウォレットに保管しなければならない。
金融庁はこうした準備資産を取引所の履行保証暗号資産と呼んでいる。つまり取引所はホットウォレットから不正に資産が流出した場合、取引所の準備資産を使って、顧客に返金しなければならない。
6. 分離管理監査
最後に、これら厳格な要件はすべて、外部の監査機関が検証することになっている。
日本の取引所は毎年、会計士が上記の要件をすべて満たしているかを確かめる「分離管理監査」を受けなければならない。つまり監査機関が、顧客資産は取引所の資産とは分離され、顧客の法定通貨はすべて信託され、顧客暗号資産の少なくとも95%はコールドウォレットに保管され、取引所はホットウォレットに適切な準備資産を保管していることを検証する。
FTX Japanの顧客は、まだ資産を取り戻していない。つまり、完全に返金が行われるか、まだ確実ではない。しかし現状では、そうした展開になりそうだ。そうなれば、日本の取引所の顧客のために用意された前述の6つの保護規定の成果ということになるだろう。
FTX破綻を受けて、多くの国や地域ではすでに、暗号資産取引所向けの規制整備が急ピッチで進められている。日本のやり方をしっかり検証するべきだろう。
J.P. コニング(J.P. Koning):カナダの証券会社の元リサーチャー。カナダの大手銀行で金融ライターとして働いた経験もあり、現在は人気ブログ「Moneyness」を運営している。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:TK Kurikawa / Shutterstock.com
|原文:Japan Was the Safest Place to Be an FTX Customer