ジャオCEOのセルフカストディ攻撃はバイナンスを救えない【オピニオン】

FTX破綻の余波の中、多くの人たちが暗号資産(仮想通貨)取引所の支払い能力について懸念を抱いていることは無理もない。米当局の起訴状によると、FTXの顧客資産、約80億ドルが姉妹会社のヘッジ・ファンドであるアラメダ・リサーチに送られ、失われた。もちろん、サム・バンクマン-フリード氏の怪しい暗号資産帝国は例外的な存在かもしれない。

しかし、暗号資産価格の低迷、密接な関係にあった会社間の貸付、何十億ドルもの資産を動きが取れない状況に陥れた複数の破産申請を受けて、中央集権型でほとんど監査を受けていない暗号資産取引所に、本来存在するべき準備資産が存在するのか疑問に思うことは無理もないことだ。

止まらない引き出し

だからこそユーザーはここ数週間、暗号資産を引き出し続けている。特に業界有数の中央集権型取引所バイナンス(Binance)は預かり資産が大幅に減少した。ジャンプ・トレーディング(Jump Trading)など、大口顧客の一部も暗号資産を引き出した。引き出しの急増を受けてバイナンスは、一時的にUSDコイン(USDC)の引き出しを停止している。

バイナンスのチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)CEOは今週、このような動きを「普段通りのこと」と呼んだ。さらに従業員に対して、この先数週間は「困難なもの」になるかもしれないと警告したとも報じられた。

バイナンスは先日、監査法人Mazarsが実施した「プルーフ・オブ・リザーブ」レポートを発表。レポートによると、数字の取り方次第でビットコインの準備資産は不足、あるいは超過していた。

FTXと必要以上に比較するつもりはないが、ジャオ氏のコメントは、バンクマン-フリード氏が11月初旬に、破産申請前の「取り付け騒ぎ」の間に人々の恐怖心を抑えるために発言していた姿を思い起こさせる。

バンクマン-フリード氏は11月7日、顧客の資産は安全で、預金に裏付けられているとツイート。FTXが大幅な赤字状態にあることが明確になった後にツイートは削除された。ジャオ氏自身もFTXの経緯は意識している。

信頼の再構築を図るジャオ氏

「バンクマン-フリード氏の逮捕を受けて、人々はいろいろと語るだろう。1つの銀行に痛い思いをさせられたら、すべての銀行を悪と考える。1人の政治家が腐敗していたら、すべての政治家が腐敗していると考える、といったように」とジャオ氏は指摘。

「しかし実際には、1つの銀行が悪だからといって、他のすべての銀行が悪とは限らない。1人の政治家が悪人だからと言って、すべての政治家が悪人だとは限らないのだ」と続けた。

もっともだことが、暗号資産取引所は銀行ではない。暗号資産取引所からの引き出しが語られる際に最近、「銀行の取り付け騒ぎ」という言葉が誤って使われている。

確かに、似たような現象であり、引き出しがさらなる引き出しを呼び、支払い不能にまつわる懸念がさらに深刻化していく。しかし銀行とは異なり、ユーザーは取引所を運営する会社が顧客資産を流用したり、失ってしまっていないと信頼するしかない。

中央集権型暗号資産取引所は、ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)などのトラストレス・プロトコルが金融から排除するはずの「信頼」という要素を復活させてしまう。めったにないとはいえ、ハッキングや引き出しの凍結、その他の運営上のリスクをユーザーは負うことになる。

つまり、不安感が高まっている時期には、ジャオ氏の主な任務はバイナンスへの信頼を再構築することになる。

バイナンスは確かにプラットフォームに資産を引き留める努力をしている。暗号資産に批判的なBitfinex’edは14日、バイナンスがステーキングされたテザー(USDT)に対して50%のAPR(年換算利回り)を提供していることを示すスクリーンショットをツイートした。

セルフカストディを批判

ジャオ氏は同じ日、Twitter Spacesで暗号資産のセルフカストディを批判。自分の秘密鍵を自分で管理することになれば、資産を「失うことになる人たちが(中略)99%にのぼるだろう」と述べた。

間違いなく今はジャオ氏にとって試練の時。ロイターは12日、米司法省が数年にわたるバイナンスの捜査を終えようとしていると報道。バイナンスに対しては他にも世界の複数の当局が捜査を行っている。

司法省は最終的にジャオ氏とバイナンスの幹部をマネーロンダリングで告訴するかもしれない。この懸念もバイナンスからの引き出しを加速させた要因の1つとなった。

セルフカストディについての懸念を煽るジャオ氏のコメントにはまったく根拠がない。なによりも、セルフカストディを「基本的人権」と呼んだ、わずかひと月前のジャオ氏自身の発言と矛盾している。

イノベーションを犠牲にするべきではない

バイナンスに対する信頼を再び勝ち取り、資産の引き出しを食い止めるために、人々が「自分の銀行」になるという、暗号資産の大きなイノベーションを犠牲にするべきではない。

FTXの破綻は、かつては最も信頼された暗号資産企業の1つだった会社の驚くような命運の転換だった。バンクマン-フリード氏は、業界のJ・P・モルガンからバーナード・マドフ氏(史上最大の金融詐欺事件の首謀者)へと転落。暗号資産の広範な評価に回復不能なダメージを負わせた。

バイナンスも業界において極めて大きな役割を果たしており、第2のFTXとならないことを願うばかりだ。

しかしジャオ氏が自身の取引所の評判を救うために、暗号資産の根本的な性質に卑劣な攻撃を仕掛けなければならないとしたら、バイナンスは破綻しても当然だろう。

ジャオ氏の昔の発言を借りるなら「言わない方が良いこともある」のだ。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:バイナンスのチャンポン・ジャオCEO(CoinDesk)
|原文:Changpeng Zhao Won’t Rescue Binance by Selling out Crypto Self-Custody