国連は2022年12月、ステーブルコインを使ってウクライナ市民を支援する計画を発表した。キーウ、リヴィウ、ヴィーンヌィツャの3つの都市を皮切りに、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が時価総額第2位のステーブルコインであるUSDコイン(USDC)の直接給付を開始するというものだ。
人道支援にステーブルコイン
「人道支援においてはスピードが肝心」とUNHCRの駐ウクライナ代表カロリーナ・リンドルム・ビリング(Karolina Lindholm Billing)氏は、この計画を発表する声明で語り、「画一的なアプローチでは上手くいかないため、支援を受け取るためのさまざま選択肢を提供することも欠かせない」と続けた。
計画では、バイブラント(Vibrant)と呼ばれるスマートフォン基盤のウォレットをダウンロードして、ステラ(Stellar)ブロックチェーンを通じて送られたUSDCを4500カ所の送金サービス「マネーグラム(MoneyGram)」取扱店でユーロ、ドル、ウクライナの通貨フリヴニャに換金することができる。
真に支援を必要としている人のために技術を活用する方法として、多くの人がこの計画を称賛している。暗号資産を活用した複数の人道支援の取り組みを支持してきたウクライナのデジタル変革担当副大臣オレクサンドル・ボルニャコフ(Oleksandr Bornyakov)氏は、このプロジェクトは「生き残りのためのライフラインとなるかもしれない」と語った。
計画はステラ開発財団と共同で6カ月近くにわたって実施された小規模な実験に続くものだ。同財団は、暗号資産は地理的制限に制約を受けてしまいがちな人道支援プロジェクトを支える方法だと語っている。
ステーブルコインへの逆風
しかし現在、ブロックチェーンテクノロジー、とりわけステーブルコインは、何カ月にもわたる価格低迷と消費者の苦境のなかで検討し直されていることも事実だ。
昨年、業界を襲ったダメージがより広範なエコノミーに拡大していないため、暗号資産業界はある程度ラッキーだったとも言える。何十億ドルもの資本が清算されたが、その影響が及んだ範囲はおおむね、関係者だけに限られた。
ステーブルコインは本質的に、暗号資産経済を実世界と結びつけるための試みだ。このことも一因となって、ステーブルコインという資産クラスの安定性をめぐって懸念が広がっている。ステーブルコインはすでに、多くの経済活動に使われており、現金を使う場面ならどこでも普及する可能性がある。
経済学者たちはここ最近、ステーブルコインと銀行やその他の商業セクターとの結びつきを考察する論文を発表し、懸念事項を指摘している。だが、ますますデジタル化する世界にステーブルコインがもたらすメリットも多くの人たちが指摘している。普及と実験はおそらく加速するばかりで、ステーブルコインの規制、管理、統合の方法について疑問が生じている。
暗号資産はしばしば、経済活動などの基本インフラとなる「マスへの普及」を目標に設定する。テクノロジーの不備を改善している最中なのに、このような目標を設定することは間違っているように私には思える。
とりわけステーブルコインの世界では、完全な透明性を持ち、自己主権型で、検閲耐性を持った取引の世界を完成させることが優先されるべきだろう。とはいえ、これらは定義上、ほぼ周辺的な取り組みだ。
ディスラプションの可能性は低い
国際通貨基金(IMF)は先日、フィンテック(ビットコインやその他の暗号資産を含む)は、非効率、不透明、時代遅れで知られる送金セクターをディスラプトするには普及は限られているとレポートで指摘。フィンテックは期待に反して、マネーグラムなどの既存の送金業に取って代わるのではなく、ますます伝統的金融の世界に取り込まれていると結論づけた。
「ディスラプションの証拠がないばかりでなく、近い将来、ディスラプションが起こる可能性も低い」とエコノミストのTito Nicias Teixeira da Silva Filho氏は『Curb Your Enthusiasm: The Fintech Hype Meets Reality in the Remittances Market』(熱狂を抑えよ:フィンテックの盛り上がりが送金市場で現実に直面)と題された12月発表の論文で述べた。だがフィンテックや暗号資産が送金セクターに競争をもたらし、コストを下げることに役立っていることは認めている。
多くの市場における課題は、デジタル化から最も恩恵を受けることのできる人々の大半がまだ、主に現金で取引していること。IMFは意外なことに、中央銀行デジタル通貨(CBDC)はフィンテックやステーブルコイン、ビットコインが失敗したところ、ただしデジタルの普及度が低い市場のみで成功するかもしれないと主張している。
利用が伸びないデジタル人民元
これは中国人民銀行の元関係者が、いわゆる「デジタル人民元」の普及具合に失望していると語ったこととも一致している。中国のCBDCは、2022年のオリンピックで利用されたにもかかわらず、利用がほとんど増えていない。
清華大学のXie Ping教授は、すでにウィーチャットペイ(WeChat Pay)、アリペイ(Alipay)、QQウォレットなどの民間決済システムが浸透している中国では、デジタル人民元は現金の代わりと考えられていると指摘。ときにスーパーアプリとも呼ばれるこれらのプラットフォームは、メッセージやソーシャルメディアプラットフォームなども含み、貸付や借入などの金融サービス機能も備えている。
ステーブルコインやCBDCがどれほど競争に食い込めるかは、まだ誰にもわからない。ステーブルコインが既存の銀行システムに大きなリスクをもたらすと主張する論文が毎月のように発表されているが、別の論文によってその主張が覆される状況が続いている。
同じことは、CBDCについても指摘されている。すでに存在している証拠からわかるとおり、複数の決済システムが共存する余地があり、特定のニーズをターゲットとした選択肢は増加するばかりだろう。
リスクとメリット
米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年12月、発行から換金までのステーブルコインの「ライフサイクル」を検証。リサーチャーたちは、安定化のメカニズムに応じて、ステーブルコインのリスクはさまざまと結論づけた。
アルゴリズム型ステーブルコイン以外では、FRBはとりわけ民間企業が発行するステーブルコインに懸念を表明。時価総額トップ2のステーブルコイン、テザー(USDT)とUSDコイン(USDC)はこれに当てはまる。これらのステーブルコインは、流動性のある資金に裏付けられることになっている。つまり発行されたすべてのステーブルコインに対して、相応する資金が銀行に準備されているはずだ。
ウォール・ストリート・ジャーナルの報道を受け、USDTの発行を手がけるテザー社は、USDTを裏付ける準備資産を使った貸付を停止することを約束。2023年末までには、準備資産に含まれる担保付貸付をゼロにすると述べた。
これに先立ってテザー社は、準備資産に含まれる「コマーシャルペーパー」を減らすとも約束している。多くの人はこの「コマーシャルペーパー」は、中国の住宅市場へのリスクの高い投資ではないかとみている。リスクを抑えようとするテザー社の取り組みは、称賛されるべきものだ。あらゆる決済システムにおいて、トレードオフは避けられない。
例えば、CBDCでは、開発者が考慮すべき制約がある。欧州中央銀行(ECB)は、広く普及させることと、中央銀行の政策を満たすことという相反する2つの目標を達成しようとしている。
カナダ銀行は、個人決済におけるステーブルコインのユースケースについてのレポートを発表。ステーブルコインは多くの場合、取引スピードの加速と消費者プライバシー保護につながると主張した。しかし、規制を欠いたステーブルコインは同時に、詐欺のリスクを高め、規制当局が金融犯罪と戦う力を削ぐとも指摘している。
「レポートの結論は、ステーブルコインは今、伝統的決済方法の代替手段として機能することはないが、ニッチなユースケースに応え、メリットに価値を見出し、リスクやコストを受け入れるユーザー層に訴えかけるものであることを示している」と、経済学者ジョン・キフ(John Kiff)氏はレポートの概要に記している。
ニッチは必ずしも、悪いものではないはずだ。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The Niche Application of Stablecoins Is Not a Bad Thing