10年前、ビットコイン(BTC)という名前の奇妙な新しいデジタル通貨を初めて目にしたのは、キプロス銀行危機の最中にその価格が高騰した時だった。キプロス政府は預金引き出しに対して10%の税金を課して国民から大きな反感を買い、期せずして、銀行を介さないデジタル通貨というアイデアに一部の国民を向かわせた。
ここ数週間の出来事と当時の状況に共通点を見出している人は少なくない。
欧米の銀行で高まる緊張状態によって、検閲耐性や仲介者不要といったビットコインの特性に人々は目を向けるようになるとの憶測から、ビットコイン価格は再び上昇した。
しかし現在の状況は、2013年とは大きく異なっている。暗号資産はいまや一般の人たちに──おおむね否定的だが──認識されており、暗号資産業界は金融業界の既得権益との戦いをさらに激化させるような、かつてない試練に直面している。
CoinDeskが毎年開催するカンファレンス「Consensus」に来月、数千人が集まり、暗号資産の課題やチャンスを議論する。暗号資産コミュニティは今、通貨の未来を定義する限られたチャンスを手にしている。
2008年〜2009年の金融危機との類似点
ビットコインブロックチェーンは、2008年〜2009年の金融危機の混沌の中から生まれたことを思い出して欲しい。サトシ・ナカモトは2009年1月3日、その日のロンドン・タイムズの見出し「The Times 03/Jan/2009 Chancellor on brink of second bailout for banks(タイムズ 2009年1月3日 財務大臣は銀行への2度目の救済措置の瀬戸際)」を最初のブロックに刻んだ。
当時の危機は、お金の流れや決済を銀行に依存したことが、銀行の投資と負債の不一致、その結果として預金を守ることができなくなるリスクに経済全体をさらすことを浮き彫りにした。
そして、信用リスクが相互に絡み合っているために「システミックリスク」を生み出した大手銀行が「大き過ぎて潰せない(Too Big to Fail)」というポジション──経済を守るために政府が彼らを常に救済するという考え方──を悪用して、きわめてハイリスクな投資を行っていることを明らかにした。別の言い方をすれば、ウォール街(や他の金融の中心地)が事実上、民主主義を人質にとっていることを示した。
3つの大銀行の破綻によって、何百もの地方銀行が不安を覚えた顧客の預金引き出しに直面。米連邦準備制度理事会(FRB)は2兆ドル(約270兆円)規模の新しい預金保護プログラムを創設した。
今回、スイスの中央銀行はクレディ・スイスに540億ドル(約7兆2900億円)の貸し付けを行った。かつての危機との類似点は数多い。
先週末、FRBと連邦預金保険公社(FDIC)がシリコンバレー銀行に預金を預けた何千ものスタートアップ企業が社員に給与を支払えるよう、預金の全額保護の措置を発表したことは私たちに2008年9月17日のことを思い起こさせた。
リーマン・ブラザーズ破綻から2日後のその日、企業が保有する現金を運用するために使用していたリザーブ社のMMF「リザーブ・プライマリー・ファンド(Reserve Primary Fund)」が額面割れを起こした。同種の短期マネー・マーケット・ファンド(MMF)の崩壊が、主に従業員や契約社員への給与支払いのために使われるシステムに広範な混乱をもたらすのではとの懸念が広がった。
量的緩和と利上げ
印象的なのは、類似性だけではない。危機の原因と結果も印象的だ。シリコンバレー銀行の破綻と、前回の危機を受けて導入された政策は直結している。
FRBは2009年、その後、複数年に及ぶことになる「量的緩和」を開始。大量に流通したドルのおかげで、シリコンバレーのベンチャーファンドは多額の資金をスタートアップ企業に注ぎ込むことができた。
そしてそれらのスタートアップがシリコンバレー銀行にお金を預け、当時は慎重と思われたはずの投資が行われた。シリコンバレー銀行は長期米国債と不動産担保証券に集めた預金を投資した。
問題は2022年1月、FRBはようやく量的緩和がインフレの長期化を招いていると認め、積極的な利上げを開始したことだ。これにより国債市場は低迷、金利のリスクヘッジをしないという致命的なミスを犯したシリコンバレー銀行は多額の損失を抱えることになった。
小規模な地方銀行に不安が広がるなか、預金者たちは大き過ぎて潰せないウォール街の金融機関に殺到。大銀行はさらに大きくなっていく。
こうして、かつてないほどの規模でエリート銀行家たちが経済の門番となっていくだろう。これがすでに影響力の行き過ぎのサインを見せている、中央集権化のパワーだ。
悪者としての暗号資産
ビットコインのレゾンデートル(存在意義)はいつも言われるとおりだ。つまり、決済から仲介者を排除し、ポリシーを予測可能な発行スケジュールにプログラミングすることで、中央銀行が民間銀行と連携して運営する法定通貨の中央集権型モデルへの代替オプションを提供すること。そして、最近の出来事で明らかとなった、凝り固まった脆弱性を緩和することだ。
だが表面的には、ビットコインなどの暗号資産コミュニティにとって、今回の銀行危機は良いニュースにはなっていない。
最初に破綻したシルバーゲート銀行は、低迷する暗号資産企業との深い関わりが破綻の一因だった。そのため、エリザベス・ウォーレン米上院議員など、一部のアンチ暗号資産な政治家は、暗号資産業界に対する厳しい取り締まりを呼びかけ、それがシリコンバレー銀行に対する連座制的な影響を与えた。しかし実際は、シリコンバレー銀行と暗号資産の関わりは極めて小さなものだった。
当局は、暗号資産業界に人気のもう1つの銀行であるシグネチャー銀行も閉鎖。政府は意図的、あるいは間接的に銀行との関係を利用して暗号資産業界に圧力をかけている。破綻した3つの銀行と取引のあった暗号資産企業は、別の銀行に口座を開設しようと必死になっているが、銀行のコンプライアンス担当者に繰り返し門前払いされていると報じられている。
“暗号資産には近づくな”というメッセージ
ニューヨーク金融サービス局(NYDFS)が、シグネチャー銀行の閉鎖は暗号資産と無関係であり、経営陣への「信頼の危機」が原因と明言したにもかかわらず、支払い能力があったはずの銀行が閉鎖された理由について人々は困惑していた。
シグネチャー銀行の取締役を務める元米下院議員のバーニー・フランク(Barney Frank)氏は、ニューヨーク・マガジンのインタビューで、NYDFSは「“暗号資産には近づくな”というメッセージを伝えるため」に同行を利用したのではないかと語った。その後ロイターは、シグネチャー銀行の買収の条件として、暗号資産事業の放棄にFDICがこだわっていると報道。しかしFDICはこの報道を否定している。
このようなやり方で、法的に認められた業界をブラックリストに載せるようなことは権力の濫用だ。だがもし、NYDFSが連邦当局と連携して行っているのだとしたら、現状、暗号資産業界のリーダーたちにできることはほとんどない。
一方、法定通貨から暗号資産への交換においてきわめて重要な役割を果たすステーブルコインもこの騒動に巻き込まれている。
USDコイン(USDC)を手がけるサークルが、USDCの準備資産の一部はシリコンバレー銀行に預けられていると発表すると、USDCは一時、ドルとの連動(ドルペッグ)を失った。その後、ドルペッグは回復したが、シグネチャー銀行の閉鎖によってサークルは、24時間365日稼働していた即時清算システム「Signet」を使えなくなり、ウォール街の大手BNYメロンの利用時間に制限があるサービスに頼らざるを得なくなった。
パワーの衝突
それでも、エンジェル投資家タティアナ・コフマン(Tatiana Koffman)氏がCoinDeskに寄稿したように、「ビットコインはこの瞬間のために作られた」。人々が預金を安全に保管する銀行の能力に対する信頼を失い続ければ、ビットコインのセルフカストディモデルをめぐるストーリーは強くなるばかりだろう。
FRBが方針転換を余儀なくされて金利を引き下げれば、ドル安につながる可能性があり、ビットコインの魅力はさらに高まる(アメリカのインフレ率が予想外に軟化したとのニュースもあり、その見通しは一段と強まった)。
すべては複雑で多面的なパワーの衝突の中で起きており、最終的に政府は、来るべきデジタル通貨の時代に向けた新しい規制フレームワークの導入を加速させることになるだろう。
銀行の破綻は、危機的な状況に陥りやすい部分準備銀行制度から脱却する必要性を浮き彫りにする。準備資産に完全に裏付けられたステーブルコインは、まさにそのためのソリューションとして設計されている。
USDCが困難に見舞われたことで、ステーブルコイン発行事業者に銀行ライセンスの取得を義務づけ、準備資産を第三者の伝統的銀行に預ける代わりに、FRBにアクセスできるようにすべきとの議論が高まるだろう。
ワイオミング州にあるカストディア銀行(Custodia Bank)は、まさにそれを目指してFRBシステム加盟を申請したが却下された。今思えば、本当に愚かな判断に思われる。サークルもまた、銀行になるという目標を明言している。
伝統的銀行の反応は?
このようなモデルが許可された場合、伝統的銀行はどのように反応するだろうか? 銀行は、新しい暗号資産プレーヤーが預金者を奪うことを望まないだろう。預金者は超安価な資金源であり、預金者がいなくなれば、さらに大規模な銀行危機が起きるかもしれない。
政府は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)による直接コントロールに回帰するだろうか? CBDCを使えば、中央銀行はマイナス金利も含め、ターゲットを絞って異なる金利を適用でき、より高い金利を提供する伝統的銀行に預金し続けるよう動機づけることができると考えられている。
だが政府にとって事態が複雑なのは、預金者は法定通貨を完全に放棄して、預金をビットコインなどの暗号資産に移す可能性があることだ。法定通貨のデジタル化を支配しようとする戦いが進むなか、元祖デジタル通貨であるビットコインは法定通貨の代替オプションとして存在することになるだろう。
それはつまり、決済においてビットコインが法定通貨の真のライバルになるということだろうか? 必ずしもそうとは限らない。
一般市民の認識
今回の不確実性のなか、資金流出に悩む発展途上国がエルサルバドルに続いて、ビットコインを法定通貨と定める可能性はあるが、より規模の大きな国では既存の法定通貨の使用は強固なままだろう(技術的には、ビットコインはまだ、決済メカニズムとしての価値を証明しなければならない)。
それでも、競合としてのビットコインの存在そのものが、特に中国などの国が通貨のデジタル化競争で優位を獲得するなかで、政府に変化を迫る可能性がある。
これらすべてを消し去るパワーを持つのが、暗号資産テクノロジーに対する一般市民の認識だ。昨年の一連の騒動を受けて今、暗号資産のイメージはひどくネガティブなものだ。何百万人もの個人投資家が損失を被り、貪欲に富を集めることに夢中になった詐欺師や自分勝手な人たちが支配的なコミュニティというイメージが広まった。
根本的に、お金は信頼がすべてであり、使用する人々の間の信頼と信用の問題だ。政府やその銀行パートナーに対する信頼は、今回の銀行危機の影響で低下する可能性が高い。しかし暗号資産は今のところ、さらに大きな不信感に悩まされている。
お金を定義する戦いが展開するなかで、暗号資産コミュニティのメンバーは信頼を醸成する行動をとる責任がある。それができれば、未来が手に入るはずだ。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:dickcraft/CoinDesk
|原文:This Crisis Will Define the Future of Money