SECの場当たり的なアプローチ、その弱点を露呈【コラム】

米証券取引委員会(SEC)は3月22日、3重攻撃を仕掛けた。アメリカ最大手の暗号資産(仮想通貨)取引所コインベース(Coinbase)は、ステーキングサービスと、おそらくトークン上場に関連した違反について提訴するつもりとの警告をSECから受け取ったと発表。

それとは別にSECは、暗号資産業界で最もリッチで影響力の強い起業家の1人であるジャスティン・サン(Justin Sun)氏を提訴。さらに、サン氏が創設したトロン(Tron)関連のプロジェクトを宣伝した複数のセレブにも狙いを定めた。

メッセージを送る

コインベースの件は、詳細の多くはまだわからない。コインベースは「ウェルズ通知(Wells notice)」と呼ばれる、法的措置の可能性を知らせる警告を受け取った。先月、ステーブルコインのバイナンスUSD(BUSD)をめぐってパクソス(Paxos)も受け取っている。通知はまだ公開されていないが、SECがついに、暗号資産取引所であるという理由だけで暗号資産取引所に何らかの措置を行うサインと多くの人が理解している。

関連記事:SEC、コインベースに警告──証券法違反の疑い

EthereumMAX(イーサリアムとは無関連)を報酬を受け取って宣伝したことを公開しなかったとして、ソーシャルメディアとリアリティ番組で人気のセレブ、キム・カーダシアン氏を訴えた時と同じように、SECはメッセージを送ろうとしている。ゲンスラーSEC委員長は、セレブやインフルエンサー気取りの人たち全員を追及するリソースは持っていないため、相手を選ばなければならない。SNSのフォロワーが数百万人もいるトップレベルのセレブを狙い、メッセージが広がることを願っている。

ジャスティン・サン氏のケースでは、未登録証券の提供と販売の疑いで、同氏と同氏の会社Tron Foundation Limited、BitTorrent Foundation Ltd.、Rainberry Inc.が提訴された。暗号資産トロン(TRX)のウォッシュトレーディングで価格を吊り上げたり、投資家からの関心を装うために8人のセレブに直接報酬を支払って宣伝してもらったことなどを含め、市場操縦の疑いも持たれている。

関連記事:SEC、トロン創設者サン氏を提訴──未登録証券の販売や市場操作の疑い

女優のリンジー・ローハン氏やユーチューバーのジェイク・ポール氏、ラッパーのリル・ヨッティ氏、ニーヨ氏、エイコン氏など6人のセレブはすでにSECと和解し、罰金、不正利得の返還、利子の支払いの形で合計40万ドルを支払った。資金不足のSECにとっては、勝利と言える。

ゲンスラー委員長はビットコイン以外の暗号資産はほぼすべて証券であると述べ、暗号資産業界全体を管轄下に置いている。ゲンスラー委員長はさらに、報酬を受け取って宣伝をしたすべての人たちは、報酬を公開しなければならないと語っている。

力不足を露呈

しかし、こうした事態が起こり続け、SECが強制措置をエスカレートさせ続けなければならないという事実は、SECの暗号資産への対応力のなさを示すばかりだ。6人のセレブが和解したものの、まだ何人いるのだろうか? 悪質な関係者をすべて把握できたとしても、実際に追及できるのは何人くらいだろうか?

皮肉なことに、暗号資産業界に対する力を誇示しようとしたことで、本質的にその非力さを露呈してしまったことだ。FTX破綻後にカーダシアン氏を訴えたことだけでも、規制期間としての優先順位のお粗末さを示すには十分だった。

人気セレブを提訴したことは、あからさまな暗号資産の宣伝を自己申告することを怠るといった軽微な犯罪を防ぐことすらできないと宣言しているようなものだ。

私が詐欺師だとしたら、不安になるより安心するだろう。あるいは勇気づけられるかもしれない。SECは暗号資産業界に蔓延する、いわゆる「豚の屠殺詐欺(限界まで出資させ、資産をすべて奪う詐欺)」や悪質なプロジェクトではなく、派手なニュースとなるようなターゲットに狙いを定めている。

どのプロジェクトを規制すべきかを恣意的に決定している点は、SECだけではなく他の規制当局も同罪のようだ。強制措置の実施が確率の問題であれば、抑止効果はない。「もしかしたら逮捕されるかも」は、詐欺師の仕事の一部だ。

規制の明確化が不可欠

もちろん、こうしたことに代わるやり方は、規制の明確化だ。ここでは詳細は触れないが、誰もが、そしてゲンスラー委員長もわかっている。問題は、特にコインベースに警告を送ったことで、ゲンスラー委員長が自らを追い込んでしまったことだ。

新しいルールを作る必要も、分散型プロジェクトの仕組みの特殊性を考慮する必要もないと同氏は示唆している。暗号資産、それ自体が悪だと。これは、暗号資産から恩恵を受ける可能性がある消費者、つまりSECが奉仕すべき人々に対する見通しを失っている。暗号資産は取り組むには大き過ぎるし、その大半は悪ではない。

この先の展開はまだわからない。米政府は暗号資産業界に宣戦布告したも同然で、認可済みの暗号資産企業でさえも銀行と取引できないようにし、排除するような措置を取った。

コインベースはおそらく、法廷闘争を選ぶだろう。コインベースがSECの論理に疑問を投げかける根拠を提示できれば、2年後のゲンスラー委員長退任をはるかに超えた長期戦となるかもしれない。しかしゲンスラー委員長はすでに自身の足跡を残した。事態をさらに混乱させることで、詐欺師を増長させることがないことを願いたい。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:トロンの創設者ジャスティン・サン氏(Danny Nelson/CoinDesk)
|原文:The SEC’s Scattershot Approach Shows Its Weakness